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609:飲んで効く魔法


 光仙のアンジェリカ。

 仙丹の欠片たる七仙の筆頭格にあたり、火仙アグニ曰く、本来は凪いだ湖面のごとく物静かで穏やかで心優しい、慈愛に満ちた性格であるという。


「っせーんだよアグニぃ! アタシだってなぁ、好きでこんなんなったわけじゃねーよ!」


 そのアンジェリカはいま、蒼い両眼をカッと見開き、なんとも物凄まじい形相で、俺を睨みつつ吼えたてている。これじゃ凪いだ湖面どころか冬の日本海の荒波だ。


「あんのクソッタレ野郎が無理矢理、嫌がるアタシを強引に押し倒して、散々いじくり回して、あんなとこやこんなとこを、ぐっちょんぐっちょんのぬっぷぬっぷのぬっちょぬちょにされちまって、アタシはすっかり変わっちまったんだ! 畜生! アタシの純潔を返せ!」


 いやそれは俺に言われても困るんだが。ぐっちょんぐっちょんのぬっぷぬっぷのぬっちょぬちょって具体的に何が何やらようわからんが、コイツも他の七仙同様、本体は仙丹の欠片……小石に似た無機物のはず。その無機物を、ぐっちょんぐっちょんのぬっぷぬっぷのぬっちょぬちょにしたのか? クソッタレ野郎とやら、特殊性癖にも程があるぞ。誰だか知らんけど。


「それでもなんとか気を取り直して、せめて勇者さまの前でだけはお行儀良く振舞っとくつもりだったのに! いきなり爆発で吹っ飛ばされて地面に埋まって! なんでアタシばっかりこんな目にあうんだよ! 責任とってアタシと結婚しろ勇者ァ!」


 いやーそりゃ災難だったなあ。誰だそんな酷いことした奴は。俺だ。それにしても最後の一言が意味不明だが。


「それはダメです。勇者さまはすでにわたしのものですので」


 ザックから唐突にマテルの声が響く。いやオマエのものになった覚えはないぞ?


「はっ、そんなんアタシの知ったこっちゃねー。だいたいマテル、テメェはもう身体が無えじゃねーか。再構成するにゃ仙丹のとこ戻って、チャージしてもらわねーとな。もちろんアタシが全力で邪魔してやっけどなァ!」


 ほう、七仙ってそういうシステムなのか。いったん身体を失って本来の小石の姿に戻ると、自力では再構成できず、仙丹のところで魔力かなんかのチャージを受ける必要があると。それは不便だな。

 アンジェリカは、ふと表情を緩めて、穏やかな顔つきに戻った。


「ではー、勇者さまっ。これから早速、もろもろの責任を取っていただきますからねぇ? 挙式はどこでやりますかぁ? やっぱり、丘の上の白い教会とか、いいですよねー」


 のんびり口調で、うっとりと微笑みながら熱視線を送って来るアンジェリカ。

 ああ……そうか、やっと気付いた。これって、マテルとほぼ同じような反応なんだな。あるいはそのクソッタレ野郎とやらにメモリを改竄された際に、俺に対するそういう挙動を植えつけられてる可能性がある。だがいったい何のために? ひょっとすると……俺をおちょくってるのかもしれない。あと、丘の上の教会って。そんなもんエルフの森にはないぞ。





 光仙――というくらいだから、アンジェリカが擁している魔法属性も、なにか光と関係のあるものだろう。もっとも、いわゆる魔力球とか照明魔法とかいうのはあるが、あれは特定の属性とは無関係だ。


「アンジェの属性ッスね? その疑問にはアタシがお答えするっスよ!」


 俺の思考に反応し、ザックの中から元気よく声をあげたのは水仙メビナ。なんでこんな口調なんだろう。今更だが。


「アンジェの魔力は光属性。生命力を司る属性っス。治癒魔法とかに使われるやつっスね」


 ああ、それならわかるぞ。治癒魔法は俺も使うしな。光属性って単語はいま初めて聞いたが……そういや、エルフはどんな病気も魔法で治しちまうんだっけ。なら、その手の魔力を光属性という単語で総称しているのかもしれない。


「分解促進って魔法があるっスよね? 身体を清めたり、おトイレを浄化したりするやつ。あれも光属性に含まれるんスよ」


 おお、あの生活魔法とかいうやつか。あれもエルフ特有の魔法だと聞くな。

 それにしても、本来は無機物に過ぎんはずの七仙が、その光属性とやらを操るのか。なんとも不思議な話だ。


「ここから先はぁ、わたしがお話ししますねぇー」


 アンジェリカがにっこり微笑んで先を続ける。


「メビナちゃんが言うようにー、わたしの属性は生命力を司るものですー。ですからぁ、癒しの力も使えますし……その反対のこともできるわけですねぇ」


 ニヤリ、とアンジェリカの相貌にいきなり邪悪な笑みが宿る。声音まで一変、ドスの効いた凶暴そうな声だ。


「アタシの試練は、ちぃっとキッツイぜ? なんせこれから、アタシの病毒魔法をその身に受けて貰うんだからなァ!」


 癒しの力を自在に操れるなら、その反対に、対象を病気にすることも可能……か。これもエルフ特有の魔法といってよかろう。

 以前、ハルバンやフィンブルが翼人絶滅を企図して黒死病魔法の蔓延を実行しかけたことがあった。また、ルザリクでは偽乳特戦隊のスワナ隊長が、自爆同然の病毒魔法を用いてフェイドラを謀殺したこともある。もっとも、スワナ隊長の病毒魔法は、俺にはまったく効果がなかった。


「えーと……その、おまえの病毒魔法を受けるのが、ここでの試練なのか?」


 と訊くと、アンジェリカは得意げにうなずいてみせた。


「正確には、アタシの魔法でいったん病気になってもらって、そこから自力で回復できれば、試練は合格。そういうルールさ」


 ほう、戦闘じゃないんだな。それはまた一風変わったルールだが、なかなか面白そう。


「生半可な魔法じゃ、俺には通用せんぞ?」

「それは承知の上さ。だから……ほら、これ」


 アンジェリカは自分の胸もとを探り、豊かな胸の谷間から、何かを取り出した。どこに何を入れてんだコイツは。まさに巨乳ならではのセルフポケット。

 アンジェリカが俺に差し出してきたのは、小さな白い錠剤一粒。


「こいつは毒薬さ。ただし、そんじょそこらの毒とはわけが違うよ。特製の触媒を粉末にして固めたものに、アタシの愛情たっぷりの病毒魔法をギュッと凝縮してあるからね」


 病毒魔法をわざわざ錠剤にしたのかよ! 飲んで効く病毒魔法。半分は優しさでできてそうだな。



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