604:重い少女
エルフの森で唯一の高山地帯、ザグロス山脈。
山頂の標高およそ三千二百メートル。
その最高峰を――ついに俺は制覇した。
頂上は、氷雪に覆われた、ごく狭い岩床になっていた。それ以外には何も無い。その上に立ち、俺は大きく伸びをして、白い息を吐いた。
このエルフの森――いや大陸南端に、ここより高い土地はない。この視界を遮る何物もない。見渡せば、どこまでも続く青空。眼下にひろがる起伏豊かな銀の稜線の連なり。その中腹を白い雲海がびっしりと覆い、地上の様子は窺い知れない。
なんというすがすがしい光景だろう。アエリアの魔力で空を飛べば、この程度の高度には一瞬で到達できる。だが自力でよじのぼって登頂を果たしたとなると、まるで達成感が違う。登山家というのは、これを求めて山を登るのだな。山登りって素晴らしい。
「登山暦たった三日で、なにを一人前の冒険家みたいな顔してるんですか。全国の登山愛好家の皆様に謝罪してください」
せっかくいい気分に浸ってたってのに、背後から冷ややかな声が水を差して来た。
振り向けば、赤いラメ入り鋲打ちボディコンシャスな若いエルフ娘が、金髪を風になぶらせつつ佇んでいる。キンキラキンの細いチェーンのブレスレットやネックレスを手足に巻き付け、足もとはすっきり細い黒いロングブーツ。このくそ寒い環境で、短い裾から太股をしっかり露出してるあたりに北海道の女子高生にも通じるコダワリを感じる。長い前髪が顔の半分を覆って目元を隠しているが、風に煽られて前髪が流れると、その素顔は怜悧な瞳の美少女。
全体としては、ビョウとよく似た雰囲気の、ロックだかメタルだか、俺には見分けがつかんが、そういう風体の娘だ。その短い裾の中身も、先ほどキッチリ拝見させていただいた。ちょっと可愛らしいピンクだった。
「今、いやらしいこと考えてましたね? わたしにこんな恥辱を味わわせた以上、あなたには二つの道しかありません」
恥辱って……さっきのは事故だろ。おかげでいいもの見れたけど。
「わたしを恋人、いえ、愛人として受け入れ、未来永劫、わたしを愛し続けるか。さもなくば、ここでわたしに殺されるか……。もし後者であっても心配はいりません。すぐわたしも後を追います。一緒にあの世で添い遂げましょう……」
真顔で無茶を抜かす。面倒くせえ。どこぞの鬼畜女神に仕える女闘士は、素顔を見られたら愛すか殺すかの二択らしいが、たまたまパンツ見たくらいでそんなもん迫ってくんな。そもそもオマエ、無機物だろうが。添い遂げるもへったくれもあるか。
「この七仙、金仙のマテルが問います。わたしとの愛に生きるか、わたしとともに愛を抱いて死ぬか。さあ、選んでください」
目がマジだ。こいつはやばい。なぜ、たかがパンツ見ただけで、これほどまでに。
「だが、どっちも断る」
俺はすげなく応えた。
「珍しいオブジェとして玄関に置いて欲しいというなら、少しは考えてやらんでもないが」
見た目はなかなか美少女さんだしな。とはいえ七仙は無機物。おそらく本来的には性別もないような小石をどうこうしようと思うほど、俺も酔狂ではない。ルザリク市庁舎の玄関の置物くらいでちょうどよかろう。
「それでもいいです」
あっさり応える金仙マテル。いいんかい!
「わたしの大切なものを、あなたは奪っていきました。ゆえに、あなたには責任を取っていただかなくてはなりません。わたしの身柄を引き取っていただきます」
キリッと俺を見据える。責任って。
たまらず俺も言い返した。
「あのな、さっきのはあくまで事故でだな」
「その件ではありません。いえ、それはそれで大変、衝撃的かつ恥辱的な出来事ではありましたが」
「違うというのか?」
「はい」
なにぃ? パンツ見たのは関係ない? ピンクのパンツは無関係だと? パンツは違うと? パンツは?
「わたしはいま、あなたのお姿をひと目拝見し、あなたを深く愛してしまいました。あなたに、心の純潔を奪われてしまったのです」
は?
「絶対に責任を取っていただきます。おそばに置いてくださるならば、どのような形でも構いません。しかしわたしを捨てようとされるなら……」
「どうするというんだ」
「自爆します」
さらりとマテルは告げた。
「わたしの最大魔力で重力崩壊を引き起こして自爆すれば、この山頂は跡形も無く消し飛び、山脈中腹の溶岩層が刺激を受けて大噴火が起こるでしょう。噴煙はエルフの森全域を覆い、陽光を遮って地上に闇をもたらし、気候に悪影響を与え、降り注ぐ火山灰はエルフの森を死の大地へと一変させることでしょう」
淡々と恐ろしいことを言う。重力崩壊を引き起こす魔力ってどんなんだ。
「マテルは重力は操ることができるのですよ。それが金の属性魔力なのです」
と、ザックの中からアグニが説明した。
金仙マテル――外見は「ヘビーメタル」少女。その愛は無駄に重く、属性魔力は、重力操作。
ビョウが事前に警告したごとく、いろいろな意味で「重い」女だった。




