表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
602/856

602:釜茹で


 水仙のメビナ――と名乗った、顔だけは絶世のエルフ美女。中身はどうも残念な人っぽい。いや人ですらなく石か。


「あー? 誰が残念ッスか。ナメとったらシバキ倒しますよ?」


 ほんわか人懐こい笑顔から一転、いきなりクワッとメンチ切ってくるメビナ。なんたる顔芸師。こいつ、もしかしてアグニと同じサトリか?

 メビナはまたコロリと表情を変え、穏やかに微笑んだ。


「そーそー、アタシもその能力あるんスよー。んでもってアタシぃ、アグやんより強いッスよ? 火と水なら、水のほうが強いに決まってるッス」


 アグやんて……。面白すぎるなコイツ。慇懃無礼を地でいくアグニ、ロックお兄さんのビョウ、そして残念美人のメビナか。七仙ってのは実に個性的なのが揃ってるな。あと誰か忘れてる気がするけど思い出せん。

 ザックの中から、ぽそりと呟く声。


「なんでかわかんねーけど、今アタイの存在が思いっきり否定された気がする」

「気のせいだぞ地味子」

「地味いうなー!」


 キャクは天性のイジられ芸人だな。地味だけど。かわいい奴め。

 横からアグニの声が告げる。


「実際のところ、メビナと私はどっこいどっこいですよ。どちらが強いということはありません」


 火と水が衝突すればどちらが勝つか。火の熱量がまされば水は蒸発する。それに及ばなければ火は水に呑まれて消える。アグニとメビナの場合、魔力は互角らしい。双方共倒れになって仲良く消えるってオチになりそう。

 メビナはあざ笑うような顔つきでアグニの声に応えた。


「アグやん、いつまでも互角なんて思ってたら大間違いッスよ? アタシぃ、これでも、いろいろ修行とかやってるんスよ。ほら、なんていうの? 男子三日会わざればカツ丼食ってみろっていう」


 おまえは男じゃねーだろ。いや石だから、厳密には性別すら無いのかもしれんが。カツ丼は好きだけどな。

 ともあれ、随分自信があるようだ。俺もちょうど昨夜、アグニやビョウから、なにやら上位存在と化してパワーアップしてる可能性を聞いていたところ。せっかくだから、試してみよう。


「……では、その修行の成果とやら、俺が見てやろうじゃないか」

「おー、望むところっスよ! ギッタンギッタンに畳んでヒィヒィいわせたるッスよ!」


 メビナは雪の上に両足を張って立ち、青い長衣をばばばっと翻して、ビシッと身構えた。おお、よくわからんが、すごく凛々しくて強そう。こいつは俺も油断できんな!





 現在地は、ザグロスの山頂へと続く大斜面の手前。その脇に、ぽつねんと佇む小さな山小屋。頂上へ至る登山ルートの最後の休憩所になっているそうだ。標高はおよそ二千五百メートル。

 すでに日は傾きはじめている。今日は吹雪で半日以上、足止めをくったからな。それから出発して、日暮れまでにここへ辿り着けたのは幸いだった。やっぱあの崖登りで、かなりショートカットできたのが大きかったようだ。ビョウいわく、今回の試練の進行ペースは歴代最速らしい。そりゃそうだろうな。


 俺は山小屋に入り、囲炉裏に薪を積んで火を掛け、備え付けの鍋に湯を沸かし、充分に煮立ってきたのを確認すると、そこに小さな青い石をポチャンと放り込んだ。


「いゃあぁー! ああああ熱いっスー! やめてくださいッスゥゥー! ああっ、謝ります! 全力で土下座して、詫び入れますから、もう、ご、ごカンベンしてくださいっスー!」


 鍋の中からメビナのヒィヒィいう声が響く。俺はにべなく告げた。


「直火にかけられないだけ有難いと思え」


 ……いうまでもなく、早々にメビナとの勝負はついている。

 いきなり俺の眼前で、メビナが巨大な竜に変身したのには少々驚かされた。それも水の竜。どのように制御しているのか、まずメビナの肉体が巨大な一本の水柱に変化し、それがざばりざばりと空中に広がり、ナーガに似た巨竜の姿を取った。さらにそのまま見ていると、ほどなく全身がピキピキと凍り付き、ついに真っ白い氷の竜と化した。氷のナーガとでもいえばいいだろうか。なにせここは標高二千五百メートルの雪山だ。気温は氷点下を遥かに下回っている。極寒の環境と水の魔力の合わせ技で、メビナは巨大な氷竜へと変身を遂げたわけだな。


 いよいよ戦闘準備を完了すると、氷竜メビナは雪を蹴散らして突進してきた。おそらく十数トンという氷塊が猛然と俺のもとへ迫り来る――。

 俺は慌てず騒がず、地面を蹴って跳躍し、右掌をひょいと翻して、突っ込んできた竜の横っ面を、軽くひっぱたいた。ほんとに軽ーく。


 このビンタ一発で、氷の巨竜はあっさりとバラバラに砕け散り、メビナは本体の小石に戻ってしまった。これまた親指大で、勾玉みたいな形状の青い石だ。

 ……そんなわけで、いま俺は、生意気な口を叩いてくれた礼として、メビナを釜茹での刑に処している。


「あああっ、あつぅ、熱いでしゅぅぅー! アタシぃ、おお、おかしくなっちゃうれしゅううぅー! んほぉぉー!」


 むしろ喜んでるような気もするが。

 俺は箸でメビナをつまんで、鍋から出してやった。おお、ほこほこと暖かげな湯気をたてて、すっかり茹であがっとるわ。石だけど。


「い、いっときまスけどぉー、アタシ、別に弱くないッスよぉ? 勇者さまが異常なだけっスからね? 鉄より硬いアタシの顔面をビンタ一発で砕くなんて、もう化け物の所業っスよ?」

「そうかもしれんが、魔力の大きさという点では、おまえもアグニと大差なかった気がするぞ」

「えー? そんなことは……アタシ、これでも頑張って修行してたんスよー?」

「相変わらずお馬鹿ですね、メビナは」


 横からアグニの声が割って入った。


「何をどう修行したか知りませんが、そもそも我々は無機物です。成長の余地など最初からありません」


 ぴしゃりと切り捨てるアグニ。そういやそんなこと言ってたな。つまりメビナの修行とやらは、まるっきり無駄な努力だったと。

 やっぱこいつ残念な奴だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ