表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/856

006:魔王誕生のひみつ

 夢を見ていた。

 人間だった頃の夢だ。


 俺だって、最初から魔王だったわけじゃない。

 俺は普通の高校生だったんだ。


 人より秀でてるところなんて全然なかった。むしろ、全体的に劣ってたんじゃないか。いつだって運動も勉強も、平均値のちょっと下くらいだった。

 学校じゃ一人、しつこく絡んでくるのがいたんだよな。名前は……もう忘れたわ。いつも詰襟の学ランをピシッと着こんでて、なぜか金髪に染めてて、ぱっと見さわやか系イケメンで、なおかつ、けっこうガタイが良くて、女子にはすんげーモテてたっけな。でも俺の学校、制服ってのはなくて、完全私服なんだけど。どういうコダワリがあってそんな格好してたんかね。


 そいつに、よく休み時間にヘッドロックかけられたり、テストの成績をバカにされたりしたんだよな。いじめってほどのもんじゃないし、本人はただじゃれあってるつもりかもしれないけど、けっこうイラっときたり、傷ついたりしたもんだよ。あいつ成績良かったし。

 卒業式の後、あいつに呼び出されて、学校の裏庭にある柳の木の下に行ったんだ。どうせ最後だし、言いたいことがあるなら聞いてやるかって。よく考えたら、学校で俺とまともに会話とかしてたの、あいつだけだったからなぁ。


 ところが、そんな金髪イケメンがいきなり途方もないことを言いやがった。


「ずっと、お前のこと、好きだったんだ……」


 うちの学校の裏庭の柳は、別名を「伝説の樹」といって、この柳の下で告白して結ばれたカップルは永遠に別れることができなくなるという悲劇的伝説が……っていやあああ! なにこのムキムキメモリアル!

 俺は泣きながらその場から逃げだした。当たり前だ、俺にそんな趣味はないんだ。背後から全速力で追いかけてくる靴音がきこえて、俺は振り向きもせず必死に走った。でもあいつ足すげー速いんだよ。まさに文武両道ってやつ? このままじゃ追いつかれる、と思って、俺は裏門から道路へ飛び出したんだ。


 そこへ唐突に暴走トラックが突っ込んできた。あな哀れ、俺の人生はそれで幕を閉じた……。

 と思いきや、俺は見知らぬ異世界にワープしていた。しかも、魔族の王様になっていた。


 あるいは、転生かもしれない。前の世界での俺は、間違いなくトラックに轢かれて死んでるはずだ。なんかこう、ズドーン、グシャッって自分が潰れる感触、確かにあったし。痛かったし。

 聞けば、先代の魔王が勇者に討伐されてから数百年、魔族は統率者不在のまま、日に日に勢力を弱めていて、このままじゃイカンと、あのスーさんが「魔王召喚の秘儀」というのを執り行ったらしい。で、その召喚魔法陣から出現したのが、この俺様だったというわけだ。


 身長およそ二メートル、筋肉質のいかついガタイ。頭にはでっかい二本の角。赤黒い肌とルビーの眼。どういうカラクリでか、前の世界の俺とは似ても似つかぬ姿になってたが、こうなっちまったもんは仕方ないわな。俺は結構あっさりと状況を受け入れてしまった。心のどこかで、前の世界の人生そのものに嫌気がさしてたんだろうな。あんなことがあった直後だし、なおさら。

 前世では何事につけ劣等感があって、色々ためこんでたもんで、その反動から、俺は好き放題に振舞うようになった。なんせ魔王様だ。怖いものなしだ。


 昼間からオーガだのミノタウロスだの集めて飲めや歌えの大宴会。夜は夜でサキュバスやヴァンパイアのおねーちゃんたち侍らして、体力の続く限り頑張ってみたり。粗相を働いたゴブリンどもを気まぐれで火炙りにしてみたり。

 俺を召喚した張本人のスーさんは、何も言わず、黙って俺のやりたいようにやらせてくれた。いくら俺がバカでも、すぐに気付く、とわかってたんだろう。


 当時、魔族は人間どもに圧迫されて、もう滅亡寸前といっていいほどジリ貧だった。そんな状況で、いつまでも遊興にふけっていられるはずがない。城なんて山奥の掘っ立て小屋に毛が生えたみたいな山砦だし、従う部下だって、せいぜい数千、おせじにも多いとはいえない。貯蔵物資はすぐに底をつき、酒食にすら事欠きはじめた。こりゃーいかん!

 人間どもは、魔王不在で弱りきった魔族を根絶しようと、しつこく軍隊だの討伐隊だのを繰り出してきている。遊んでる場合じゃない、と、さすがの俺も気付かざるをえなかった。


 俺は一念発起して、少ない手勢をまとめて山をくだり、人間どもへ戦争を挑んだ。部下どもは俺の魔力の影響でパワーアップしているし、俺様自身も地上最強だ。兵力が少ないといっても、負ける懸念は毛ほどもない。次々と人間どもの軍隊を打ち破り、集落や都市を陥落させ、蹂躙しまくった。人間の女どもを捕まえて繁殖奴隷とし、どんどん魔族の個体数を増やして、勢力を盛り返していった。

 俺が人間どもの王国を滅亡させたのは、俺がこの世界に召喚されて、ちょうど六十年が過ぎたあたりだ。魔王っつうか魔族には肉体的寿命ってもんがないから、時間や年月の概念にはあまり意味がないんだけどな。


 ここまで、人間の倫理観でいえば、かなり厳しい所業もやらかしてきたが、そもそも俺が人間だったのって、ほんの十九年足らずのことだからな。魔王としての経験のほうが遙かに長いわけで、人倫やら良心やらなんぞ、クソ食らえ以前にもうすっかり忘れとるわ。蹂躙も、破壊も、殺戮も、公開処刑も、強制連行も、奴隷労働も、魔王として当然の振舞いで、格別どうこう言うほどのことじゃない。


「ぶっちゃけ、陛下って、先代よりエゲツないんですが。先代は割と平和主義者で、人間ともそこそこ仲良くやっていこうってお方でしたからねえ」


 とスーさんは言うが。いやいや、普通だろこれくらい。魔王だからとかいう以前に、戦争ってこういうもんだろう。綺麗事じゃ済まないって。

 先代が平和主義者でも、人間どもは違ったじゃねえか。勇者だの軍隊だの差し向けてきたのは人間どものほうだろ。おかげで魔族は滅亡寸前まで追い詰められたんだぞ。やられた分は、きっちりお返しするのが筋ってもんだ。


 勇者……で思い出したが。先代魔王を討った勇者は、俺がこっちに転生してくる前に死んでるって話だ。いま、この世界に勇者は存在しない。おかげで俺も枕を高くして眠れてるわけだが、もし再び勇者が現れでもしたら、俺も討伐されちまうのかな。嫌だなそんなの。

 せっかくこっちに転生して、地盤も固めて、俺の魔王ライフも、これから本格的に楽しくなるってとこだしなぁ。できれば未来永劫、そんなものとは関わり合いになりたくないな……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ