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059:魔女っ子と湖

 その夜。俺たちは箱車の中に入り、敷物をしいて、寝る準備をはじめた。

 ルードが持ち去った銀貨は、サントメールから直接受け取った賞金の一部。あくまで当座の資金として馬車に積んでおいたもので、今の俺たちの感覚からすれば端金にすぎん。移民街で商人どもから受け取った莫大な金額の手形が未換金のままだからな。


 ルードのやり口は見方を変えれば睡眠強盗だが、もし実際そうなら馬車ごと持っていくだろう。ルードはあくまで楽士として技量を披露し、当人としては相応の対価を受け取って去っていっただけ。そう思えば、たいして腹も立たん。もともと、こっちから対価を払うと言い出したんだしな。

 問題は──いくらルードに超絶の技量があるとはいえ、たかが竪琴ひとつで、この俺様があっさり眠らされてしまった、という点だ。目が醒めた直後は、あまりそのへん深く考えなかったが、後になって冷静に振り返ってみて、少々背筋が寒くなった。


 もし奴が敵であったなら、俺は眠っている間に殺されて、またどこかで強制復活する羽目になっていただろう。無敵のはずの勇者に、こんな弱点があったとは。わが事ながら意外だし、ショックでもある。ルードのような楽士がこの世にそう多くいるとも思えんが、念のため、なにか対策を考えておくべきかもしれん。耳栓でも買うか。

 ルミエルは、ルードが銀貨を持っていったことに少々腹を立てている。


「無断で人のおカネを持っていくなんて……まるで泥棒じゃないですか」


 いや、おまえがいうな。


「それに、お別れの挨拶もなしだなんて。やっぱり失礼ですよ」


 おまえも教会に無断で出奔した身だろうが。

 ともあれ、すっかりご機嫌斜めだ。ほっとくと一晩中ルードへの呪詛を呟きかねない。ルードを気に入ってたぶん、いったん気持ちが裏返ると、反動も強いんだろう。少しなだめておかんと、うるさくてかなわん。


 こうなったら、ひたすら可愛がって、何もかも忘れさせてやるに限る。寝る用意を済ませた後、俺はいつも以上に気合を入れて徹底的に(自主規制)してやった。


 ……翌朝、目をさますと、隣りにルミエルはいなかった。箱車の外から物音がする。たぶん朝メシの準備だな。

 窓から外を見やれば、爽やかな晴天。遠くの麦畑まで青々とよく見渡せる。陽光はキラキラと地面に注ぎ、下生えの草々もみずみずしく朝露を輝かせている。平和な朝の風景だ。


 駅亭の大屋根の下、ルミエルは焚火のそばにしゃがみ込んで、なにやら食材を次々と串に突き刺しながら、ふんふんと鼻歌をうたっていた。どうやら機嫌は直ってるみたいだ。



 ──そうよ魔法も使えるの

 しあわせをよぶ 勇者さまの声 いつでも聞こえてる

 悪人罪人貧乏人 勇者さまにかわって成敗よ

 凍結爆裂撃滅 魔法のパワーでなんでもおまかせ

 わたしはわたしはシスター 魔女っ子ルミエル

 わたしはわたしはシスター 魔女っ子ルミエルぅー



 俺に見られてるとも気付かず、鼻歌を続けるルミエル。

 ……何も見なかったことにしよう。





 それから三日ほどは特に何事もなく、旅は順調に続いた。麦畑から平原へ、赤土色の街道を駆け、橋を渡り、丘を越え、駅亭で休息し、日が暮れれば焚火をかこんで肉を焼いて食い、箱車の中でルミエルと眠る。ときに通りすがりのエルフの少女をくすぐったり、ときに川で水浴びしてるエルフの熟女をダブルピースさせたりしながら、次第に馬車は西霊府を遠く離れ、湖沼地帯へ。


「おお。あれがビワー湖かな」


 緑の草原の向こう、陽光のもと、視界に広がりはじめる、輝く水面。

 地図と照らし合わせると、これがビワー湖で間違いないようだ。街道はこのビワー湖の西岸から東岸へ、いわゆる沿岸道路として湖畔を北まわりにぐるりと迂回し、そこからさらに北東のルザリクへと伸びている。船でも使ってまっすぐ渡ったほうが早い気もするが、こんな大型馬車を渡せるような船なんてそうそうないだろう。素直に街道を進むとしよう。


 昼下がり、馬車は、ついにビワー湖の西岸へとさしかかった。


「本当に大きい湖ですねえ……」


 手綱を握りつつ、ルミエルが感歎の声を洩らす。西霊府までは何度も来た事があるルミエルも、ビワー湖は初めてだという。馬車の窓からも、湖岸の風景が見えている。おだやかな青空。小さな波が寄せては返す白い砂浜。青い湖面の彼方、遥かにのぞむ水平線。対岸などまったく見えない。まるで海みたいだ。


「……お。あれ、集落じゃないか?」


 ゆるやかなカーブを描く街道の先、湖岸の一角に、茶色い建物がぽつぽつ並んでいるのが見える。岸には桟橋がかかっていて、小さな船が何艘か繋がれている。どことなく、田舎の寂れた漁師町っぽい雰囲気。

 地図を見ると、ダスク、という地名が刻まれている。ひょとしたら、あそこで新鮮な湖の魚とかが食えるかもしれん。


「ルミエル、ちょっと寄ってみよう」

「え? ですが、それでは……」


 ルミエルは、ちょっと困ったような顔をした。ここまでの道程は、少々当初の予定より遅れてしまっている。おもに、俺が道すがらエルフ娘たちを誘惑しまくったせいだが。


「……魚、食べたくないか?」

「食べたいです!」


 即答かい。

 あっさり話はまとまった。ルミエルは浮き浮きと手綱を操り、馬を急がせはじめた。


 馬車は一路、ダスクの集落へ。



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