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057:美楽士、飄々と

 雨足がますます強くなってきた。降りつのる雨滴のつらなりが、駅亭の屋根を激しく打ち叩いている。

 黒髪の男は、焚火のそばに腰をおろし、膝に竪琴を抱え込むようにして座った。俺があぶった干し肉を一切れ差し出してやる。男は「ありがとうございます」と、嬉しそうに受け取った。伝承歌とやらも興味があるが、まずは腹ごしらえをしないと。


「私はルードといいます。今日ここでお会いできたのも、きっと何かのご縁でしょう。よろしければ、名をお聞かせ願えませんか」


 三人そろって簡単な食事を済ませたあと、男はおだやかに名乗った。意外と気さくな感じだな。炎に照らされ、浮かび上がるその白貌は、まるで古代の芸術品のような完璧な造形。ただ表情はあくまで柔らかい。少々とぼけてるような、ほんわかとした暖かさを感じる。ちょっと天然っぽいというか。


「ああ。俺はアーク、こっちはルミエルだ。ウメチカから来た」

「ウメチカですか。訪れたことはありませんが、噂は聞いたことがありますよ。石造りの地下の街、たいそう賑やかなところだとか」

「ま、たしかに賑やかだが……地上との往来が不便すぎるのが難点だな。で、あんたは、どこから?」

「中央霊府からです。ここしばらく、エルフの長老に召し出されて、あそこで楽士をつとめていたのですよ。今は一介の浪人ですが」

「浪人? ってことは……クビになったのか」


 尋ねると、ルードは、少し楽しげな笑みを浮かべた。


「ええ。長老のご機嫌を損ねてしまいまして。追放を言い渡され、やむなく故郷へ戻る途中です」


 追放された身にしちゃ、あまり落ち込んでる様子じゃないな。むしろ嬉しそうにすら見える。なんとも飄々とした奴だ。


「故郷って、移民街か」

「いえ。移民街から、さらに西へ進むと、ポルクスという小さな街があります。そこが故郷です」

「ポルクス……」


 ルミエルが軽く首をかしげる。


「あそこは、確か結界の外側ですよ。二十年以上も前に、魔族に滅ぼされたと聞きましたが」


 おお。そんなこともあったかな。移民街のさらに西で、結界の外なら、かつて俺が率いてた魔族軍の侵攻ルートの端っこくらいに入っていたはず。ポルクスという名に聞き覚えはないが、おそらく俺の記憶にも残らないくらい小規模な街だったんだろう。


「再建されたんですよ。王国が滅んだ後、生き残りの住人たちの手で。さいわい辺境なので、魔族が再び襲ってくることもなく、今もみな、自給自足の暮らしを営んでいます」


 俺様の蹂躙攻撃を受けて、後に再建できるほど生き残りがいたとは意外だ。大半は侵攻時に叩き殺し、生き残った男は殺すか労働奴隷、女は繁殖奴隷。あとにはペンペン草一本も残さない、ってのが魔族の通例なんだが。あるいは地下にでも潜って隠れてたのかもしれんな。さすがに、そんなことまでいちいち確認する気にはなれんが。もう昔のことだし。それにしても、人間ってのは本当にしぶとい生き物だ。


「それで、あなたがたは……これから中央へ向かわれるのですか」


 今度はルードが質問してきた。

「そうだ。長老に用事があってな」

「そうですか。ならば、北の湖賊に気を付けてください」

「湖賊?」

「ええ。このまま馬車で街道を進むと、二、三日くらいでビワー湖のほとりに出るはずです。この湖の北岸に、盗賊たちが根城を築いているのです」


 ビワー湖……なんかどっかで聞いたような気がする名前だ。やっぱり大きいんだろうか。


「エルフにも、そういう盗賊のたぐいがいるのか」


 ルードは小さくうなずいた。


「エルフの森は広いですから。霊府の統制が及ばない地域では、様々な集団が好き勝手に跋扈していますよ。賊ばかりではありませんが……ビワー湖の集団は、みずから湖賊を名乗って、旅人から略奪しています。実は、私も襲われたくちでして」

「……ほう。よく命があったな」

「命と引き換えに、馬車も荷物もすべて召し上げられてしまいましたけどね。この竪琴だけは、とっさに地面に埋めて隠したので、無事だったのです」

「その竪琴、そんなに価値のあるものなのか?」

「いえ、古いだけで、価値のほうはさほど。ただ商売道具ですので」

「あの……もしかして」


 ルミエルが横からルードへたずねた。


「ビワー湖からここまで、無一文のまま、歩いてこられたのですか?」

「ええ」


 ルードは笑ってうなずいた。そりゃまた苦労したもんだな。にもかかわらず、なんでそんな楽しそうなのか、よくわからん。


「まあ……。それは大変だったでしょう」


 心底同情したように言うルミエル。おまえなー、美形相手だからって、こんなときだけ善人っぽく振舞うなよなー。外道シスターのくせに。


「アークさま。その……」

「ん?」


 ルミエルが俺の隣に移動し、そっと小声で耳打ちしてきた。


「……おう。なるほど。そりゃいい」


 俺はルードの方へ向き直った。


「さっき、いにしえの勇者がどうとか言っていたな。伝承歌だとか……」

「ええ」

「ぜひ、それを聴かせてくれ。できれば、その竪琴の演奏つきで」

「もちろん、そのつもりでしたが……」

「歌と演奏に、こっちも相応の代価を支払おう。路銀くらいにはなるはずだ」


 ルミエルの思いつきというのは、ようするに、気の毒なルードに何か施しをしたいが、相手は物乞いではなく、プロの楽士。ならば、その技を披露してもらい、対価として銀や食糧をわけてやればいいんじゃないか、ということだ。


「なるほど。わかりました」


 俺の提案を聞くと、ルードはにっこりとうなずき、承諾した。取引成立だな。


「それでは……」


 雨はやや小降りになってきた。ルードは、そっと銀の竪琴を抱えなおし、うたいはじめた。



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