055:飛耳鳥目
ひとまずオーガンと別れ、リリカとジーナが待つ納屋へ戻る。
その道すがら、アエリアが語りかけてきた。
──ダーリン、イキカエラセル?
なんの話だ。生き返り……蘇生魔法のことか?
──ソレ。イキカエリタイ。
なに? お前がか?
──イキカエリタイ。
そりゃ無理だ。あれは新鮮な死体にしか効果がないからな。おまえはそもそも、もう肉体がないじゃないか。
──イキカエル。イキカエル。イキカエル。イキカエル。
人の話を聞けっつうの! そもそも、いまさら生き返ってどうするんだよ。
──アエリアモ、シタイ。サセテ。
なにをだ。
──……。
なにを口ごもってる。
──……ダカレタイ。
その一言と同時に、なんともいえない、モヤモヤーっとした黒い波動がアエリアから伝わってきた。どうも照れてるらしい。
しかし……またよりによって、無茶なことを言い出すもんだ。
アエリアは肉体はないが、霊魂は生きている。だからこの場合、蘇生というよりは、霊魂を剣から別の依り代へ移す、というのが正しいだろう。もっとも、実際にそんなことができるかどうか、俺にはわからん。そんな前例を聞いたこともないしな。
──ダイテー。ダイテー。ダケー。ダケー。ダイテーオー。
あーもーうるせー! ……大帝王?
……わかったわかった。今はどうしようもないが、いずれ魔王城に帰ったら、おまえの蘇生……いや、別の肉体への霊魂転移が可能かどうか、スーさんかチーあたりにでも聞いてやる。だから、今はおとなしくしてろ。
──ワカッタ。
よし。素直なのはいいことだ。
──オヤスミ。ハニー。
今度はハニーかよ!
納屋に入ると、リリカとジーナは、下着姿のまま、なぜか並んで正座し、平伏して俺を迎えた。
「お……お帰り、なさい」
「勇者……さま」
やけにぎこちない声と態度。しかし二人ともちょっと嬉しそうだ。よしよし。ちゃんと律儀に待ってたんだな。
「ほら、忘れもんだ」
俺は二人に服を投げ渡した。逃走中に脱ぎ捨てていったワンピースを、わざわざ拾って、持ってきてやったのだ。
二人は身支度を整えると、俺の前に並んで片膝をつき、恭しく礼をとった。
「これからは、勇者さまのために働きます」
「勇者さまに、この命、捧げます」
キリッと表情を引き締め、誓いを立てる二人。いまや、その瞳は本物の忠誠心に燃え輝いている。俺自身が想像していた以上にお仕置きの効果は大きかったようだ。ま、ずいぶん念入りに躾けてやったからなあ。それでも多少の葛藤はあったはずだが、おそらく、俺がいない間、二人であれこれ話し合って、お互いに気持ちを整理したんだろう。
「そうかしこまらんでいい。楽にしていろ。オーガンから、およその事情は聞いたが、おまえたちからも聞いておかんとな。すべて話してもらうぞ?」
「はい、なんなりと!」
二人は声をあわせて応えた。本当にこいつら息ピッタリだな。
リリカとジーナ。この二人、もともと北霊府出身の孤児だそうだ。幼い頃、路頭に迷っていた二人は、ハルバンに拾われ、北霊府の諜報組織で特殊な訓練を受けた。女忍者──くノ一として、スパイ活動と要人暗殺の技術を叩き込まれたという。
孤児というものは往々にして、この手の仕事に多用される。身寄りがないため、たとえ任務に失敗して死んでも後腐れがない。捨て駒には最適というわけだ。なにも北霊府に限ったことじゃなく、裏稼業の現場なんて、どこでも似たようなもんだがな。
二人はこれまでも、ハルバンに批判的な人物をひそかに暗殺したり、南霊府に潜入して情報収集にあたったりと、忍者としての経験は豊富らしい。今回の任務はむろんオーガンの暗殺だが、まず府庁に潜入して、情報を集めつつ機会を探るつもりだったという。
二人の最初のミスは、昨夜、オーガンが温泉宿に来ていたにも関わらず、それに気付かなかったことだろう。俺たちが卓球してる頃、二人はもう部屋に篭って激しく愛し合っていたそうだ。もしあのとき、二人が遊戯室に来てさえいれば、オーガンの帰路を尾行して、あっさり始末できていたはず。この機会を逃したことで、二人は運に見放されたといっていい。
府庁舎は突如炎上し、予定は台無しに。それでもターゲットを確認して、群集にまぎれてナイフを投げつけ、かろうじて任務完遂──と思ったら、そこに伝説の勇者が居合わせた。間が悪いとしかいいようがない。結局二人とも、俺の下僕として新たな人生を歩む羽目になってしまった。でもまあ、これも何かの巡り合わせってやつかもな。
なんやかやと語り合ってるうち、次第に二人の表情や口調から堅苦しさが抜けていき、昨日のような朗らかな顔つきに戻ってきた。二人とも、やはり本来は、年頃の娘らしい、明るい性格なんだろう。
「だいたい事情はわかった。で、今後のことだが」
説明を聞き終え、俺はおごそかに告げた。
「さっきも言ったが、あらためて、俺がおまえたちの新たな雇い主になってやる。俺の飛耳鳥目として駆け回ってもらうぞ。いいな?」
「はいっ!」
二人元気に声を揃える。いい返事だ。俺に直接仕える忍者か。便利な手駒になってくれそうだ。
「よし。ではまず、中央へ行き、フィンブルに関する情報、それと黒死病計画の進捗具合の情報を、集められるだけ集めてこい。資金や資材は、必要なだけ出してやるから、遠慮なく要求しろ」
いまのところ、エルフの中で、俺の障害になりそうなのはフィンブルぐらいだ。あいつの瞬間移動は厄介だが、スーさんですら回数制限がある大技だ。フィンブルの限界値がどの程度か知っておくだけでも、かなり有利に対処できるようになるはず。そのへんを探ってきてもらおうじゃないか。
「資金については、すぐ計算しますけどぉ……」
ジーナが、ちょっと意外そうな顔つきで応える。
「……情報収集だけでいいんですか?」
俺は鷹揚にうなずいてみせた。
「フィンブルはお前たち程度の手に負えるようなタマじゃない。ひたすら情報収集に専念しろ」
「わっかりました!」
二人はうなずき、立ち上がった。
おっと。外へ出る前に、合流地点を決めておかんと。
「オーガンの話だと、ここから中央霊府までの間に、ルザリクとかいう集落があるらしいが……どんなところだ」
リリカが俺の問いに応えた。
「あそこなら、よく知ってますよー。集落というより、街ですね。中央霊府ほどじゃないですけど、大きな街です。ここからだと、馬車で一週間くらいかな?」
「では、そこで待ち合わせをしよう。おまえたちは先行して中央へ向かえ。俺たちは馬車でルザリクへ行き、そこで、おまえたちが情報を持ち帰るのを待つ。いいな」
「はいっ!」
「無事に合流できたら……そのときは、二人まとめて、またたっぷりと可愛がってやるからな」
優しくそう告げてやると、二人は同時に頬を染め、嬉しそうに微笑んで、こっくりとうなずいた。




