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054:西と北

 俺とオーガンは広場のはずれへ移動した。人払いして、そこらへんの芝生に二人で腰かけ、とりあえず事情を聞いてみることにする。轟炎の聖弓とやらはルミエルに預け、馬車へ置いてくるよう指図した。あまり使い道はなさそうだが、けっこうレアなお宝だ。貰っておいてやろうじゃないか。


「さて、何から話せばよいやら……」


 オーガンが言うには、現在、エルフの森を統べる霊府の長たちは、長老派と反長老派に分かれて紛糾しているという。やはり、この暗殺騒動は政争の結果か。案の定だな。

 西霊府のオーガン、南霊府のシャダーンは反長老派。東霊府のボッサーン、北霊府のハルバンは長老派、ということらしい。むろん長老自身は中央霊府にあって、味方であるボッサーンとハルバンに強く肩入れしている。


 霊府の長は終身制だそうで、地元民の推挙によって決定されるという。長老とは中央霊府の長のことであり、同時に結界の管理を司る祭祀長でもあるが、権力自体はあくまで中央霊府とその周辺の統治にとどまる。五大霊府の長は、長老自身も含め、政治的にはほぼ同格の存在であるようだ。ただ、制度としては同格でも、地方の長と中央の長老とでは、民衆へ及ぼす権威と影響力に格段の差がある。長老は祭祀長としてエルフ全体の象徴的存在であり、一種のカリスマと認識されているらしい。


「長老の何が気に入らないんだ?」


 俺が尋ねると、オーガンは肩をすくめた。


「長老といっても名ばかりで、若いのさ。年齢もそうだが、それ以上に、考え方も、やり方もな。とにかく性急にすぎる。正直、ついていけんのだよ」

「具体的には、どういう部分だ」

「そうだな。いま特に我々が問題視しているのは、翼人への対処だ。戦争はともかく、あんなやり方は……」

「黒死病のことか」

「……ああ。知っているのか」


 オーガンは、少々表情をこわばらせ、鋭い眼光を向けてきた。


「確かに、黒死病を流布すれば、翼人たちに大きな打撃を与えることができるだろう。……しかし、何事にも、限度とか節度とか、そういうものがあると思うのだがな」

「いきすぎだ、と?」

「私も翼人はあまり好かんし、彼らがどうなろうと、とくに心が痛むわけでもない。だが、翼人のバックには魔族がいるのだ。もし魔族が同じような……あるいは、より過激な方法で報復してきたら、どうなるかね。泥沼ではないか」


 ようは同情とか道義的問題とかの感情論ではなく、その先のことを心配してるわけか。さすがに、霊府の長というだけあって、単なる変態紳士ではないようだな。

 確かに、そういう作戦を魔族と翼人が共同で展開すれば、エルフの森に打撃を与えることは可能だ。魔族には今のところ、触媒と呪文で黒死病を人工的に作り出すような器用な魔法技術はないが、他の疫病──天然痘など──の発生を得意技とする高位魔族が何体かいる。これは魔法ではなく本物の病原体を蔓延させるものだ。魔族はエルフの結界を抜けられないが、かわりに翼人を一個連隊ほど感染させ、結界の内側へ送り届ければ、霊府のひとつふたつは壊滅させられるだろう。エルフが病気を魔法で治せるといっても、対応する治療魔法を編み出すまでのタイムラグで万単位の死人が出るはずだ。


 もっとも、その手の陰湿な戦法は、魔王たる俺自身が容認しないがな。そんなセコいやりかたで勝ったところで、嬉しくもなんともないし。それでもオーガンの心配はもっともだ。巷に流れる噂じゃ、魔王は極悪非道の残虐超人ってことになってるしなぁ。失礼な話だ。

 そのオーガンが続ける。


「で、これまで中央に何度も諫言の使者を出してたんだが。これがどうも、ハルバンを怒らせたようでなぁ。奴が私を殺すために刺客を放った、とシャダーンから情報をもらっていたのだ」


 黒死病の流布について、最初に言い出したのは長老自身だが、これに大喜びで乗ったのが北のハルバンだという。北霊府は翼人の国と境を接し、しばしば紛争の矢面に立たされている。それだけにハルバンも徹底した翼人嫌いで、できれば翼人を絶滅させたいとまで公言しているそうだ。となれば、疫病作戦に反発して、しつこく長老を諫めようとするオーガンを、ハルバンが目の上の瘤と考えるのは当然だろう。霊府の長は終身制なので、オーガンを排除するには殺してしまうしかない、というわけだ。

 リリカとジーナは北霊府から中央経由でここまで来たと言っていた。あの二人の素性はまだ詳しく聞いてないが、相当な訓練を受けたプロの暗殺者であることだけは確かだ。おそらく雇い主のハルバン自身は中央にいて、長老のそば近くに身を置き、リリカとジーナを北から呼び寄せ、あらためて任務を与え、西へ送り出したのだろう。結局失敗に終わったがな。


 オーガンの説明から、おおよそ状況は見えてきた。エルフの森は、到底一枚岩といえるような状態ではない。付け入る隙はいくらでもありそうだ。なかなか面白い話が聞けたな。わざわざ蘇生させてやった甲斐があったというものだ。


「んで、あんたは今後、どうするんだ」


 尋ねると、オーガンはニヤっと笑った。


「何も。後は、きみに任せたい」

「なぬ?」

「きみは中央へ向かうつもりなのだろう? 目的は知らんが、まさか観光ではあるまい。長老に用事があるのではないかね」

「……俺に、長老を止めろと?」

「そうだ」

「では、長老を殺すことになるかもしれんな」

「かまわんさ。他でもない、伝説の勇者が、それが必要なことだと判断したのならな。むろん混乱は起こるだろうが、ひとたび事態が定まれば、もはや誰も勇者に逆らえやせんよ」


 またずいぶん思い切ったことを言う奴だな。オーガンも、リリカやジーナと同様、勇者が善人だと信じきっているからこそ、そこまで言えるんだろうが、それにしても……。

 はからずもオーガンは、中央霊府へ殴り込みをかけ、力ずくでこれを制圧するという俺の目的に、ここで承認を与えたことになる。移民街の代表に続き、五大霊府のひとつ西霊府の長までもが、利害の一致から、俺と手を結ぶというのだ。オーガンも、変態とはいえ意外と頭は切れるようだし、手持ちの情報も多い。南霊府とのパイプまである。色々と使えそうだ。ならばここは、せいぜい話に乗ったフリをしておいて、恩を着せてやろう。後々のためにな。


「いいだろう。長老を止めてやる。……タダではないがな」


 俺が応えると、オーガンは深々とうなずき、微笑んだ。


「そうか、やってくれるか。見返りは……そうだな、私が一晩、きみのお相手をするということで」


 俺は無言で右手を伸ばし、オーガンの顔面にチョップを入れた。



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