053:清算
「おまえたちは一度死んだ。俺が新たな命を与え、おまえたちは生まれかわった。過去を捨てて俺に仕えろ。俺に忠誠を誓え」
素っ裸のジーナとリリカを左右に抱き寄せ、二人の耳元に囁いてやる。二人は、うっとりした顔つきでうなずいた。
「はい……。よろこんで……」
「ゆうしゃさまに……おつかえ、しますぅ……」
陶然たる声と表情で誓いを立てる。すっかりしおらしくなりおって。可愛いやつらだ。
「詳しい事情は後で聞くとしよう。おまえたちは、まだしばらく、ここにいろ」
こいつらは西霊府の長を殺害し、人質をとって逃亡を図った凶悪な賊徒。俺様の愛と性戯を骨の髄まで叩き込まれ、ようやく改心したとはいえ、いまノコノコと屋外に出ても、ろくなことにはならんだろう。どんな騒ぎに発展するかわからない。とりあえず、オーガンを蘇生させるまで、ここでおとなしく待っていてもらおう。
「は、はい……」
「わかりました……はふぅ」
素直にうなずく二人。逃亡の懸念はない。一度でも俺の手にかかった女は、もはや絶対に裏切ることはない。俺なしでは生きていけない身体になってるからな。
俺はひとり納屋を出て、府庁舎へ向かった。もう建物は完全に焼け落ちて、焦げた枠組みから濛々たる白煙が立ちのぼるばかり。周囲はまだきな臭い。相変わらず野次馬は多い。ルミエルが俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「アークさま!」
「こっちはとりあえず一段落だ。オーガンの死体はどこいった? あまり気が進まんが、あの変態を蘇生させにゃならんのだ」
「あそこで止血処理をしています」
庁舎から少し離れたところに、小さな人だかりができている。役人たちだろう。地面に横たわるオーガンの死骸を前に、何やかやと言い合っている。葬儀の手順でも相談してるのか。俺はルミエルを連れて、そちらへ向かった。
「おまえたち、離れてろ」
ちょっとドスをきかせて役人どもに告げる。蘇生魔法ってやつは結構、集中力が必要だ。あまり周りで騒がれちゃ困る。
「なんだ? 貴様……」
役人どもが睨みつけてきた。ほう。魔王に向かって不遜きわまるその態度。こいつら全員デコピンで頭蓋砕いてくれようか──と思ったが、ルミエルが背後からフォローしてきた。
「勇者さまの邪魔をしてはなりません。天罰が下りますよ?」
フォローじゃなくて脅迫だった。ルミエル空気読みすぎ。いやいいけど。
「ゆ、勇者……?」
「あの伝説の……? ま、まさか?」
役人どもは慌てて俺の周囲から離れた。命拾いしたなおまえら。
すでに、オーガンの身体から凶器のナイフは引き抜かれている。額と胸もとには、それぞれ凍結魔法で止血処理が施されていた。まだ腐敗なども始まっていない。これなら余裕だな。
俺はオーガンの死骸に向けて手をかざし、蘇生魔法の詠唱をはじめた。
祈りと祝福。ささやく。──念じる。
例の白濁光が俺の手から溢れだし、オーガンの肉体を包み込んだ。
オーガンの瞼がヒクヒクと動く。
「う、ううむ……」
ゆっくりと瞼を開く。
「おお……ここは天国なのかな。こんな美しい少年が出迎えてくれるなんて。さあ、さっそく私と愛しあおうではないか」
俺は無言でオーガンの顔面を踏んづけた。
オーガンを蘇生させてやった理由は二つ。ひとつには、むろん賭けの清算のためだ。いまひとつは、暗殺にまつわる事情を聞くためだが、そっちは割とどうでもいい。どうせ政争のたぐいだろうし。ただ、何かこちらに役立ちそうな情報を引き出せるなら、それにこしたことはない。
「いやぁ、わざわざ手をわずらわせてしまって、済まんなぁ。刺客が潜伏中という報告は受けてたんだが、まさか、あのタイミングで仕掛けられるとは」
起き上がったオーガンは、なぜか機嫌よさげに笑っている。顔面にはしっかり俺の靴跡がついてるが。
すでに状況はおおよそ理解しているらしい。何事でもないような態度で、手近の役人に声をかける。
「きみ、あれは、どこにやったかね。私が持ってたやつ」
「は。あれですか。すぐお持ちします」
役人は庁舎の焼け跡へ向かって駆けていった。その後姿を見送りつつ、俺は尋ねた。
「ずいぶん落ち着いてるな。大変な状況だろうに」
「なーに、庁舎など、すぐに建て直せるさ。きれいに全焼してしまったから、かえって作業もはかどるだろう」
「出火の原因はなんだ? やはり、放火か」
「いや……」
オーガンは、ちょっと深刻げに首を振り、声をひそめた。
「実は今朝、私がテラスでクサヤを焼いてるときに、七輪からカーテンに引火してしまってね」
それただの失火じゃねーか! てっきりジーナとリリカが放火したのかと思いきや。しかもクサヤって。職場でクサヤ焼くなっていうか、この世界にもクサヤがあるってのがまた驚きだ。
「あ、これは、ここだけの話にしておいてくれたまえよ。オフレコってことで、ひとつ」
ひとつ、じゃねーよ。どんだけ。
「ま、細かいことは気にするな。私のコレクションもあらかた焼けてしまったが、一番大切なものだけは、なんとか持ち出すことができた」
ああ、そういや、玄関から出てきたとき、こいつ何か大事そうに抱え込んでたっけ。
「持ってきましたー!」
役人が戻ってきた。白い布に包まれた、なにやら細長いものを抱えて。一メートル半くらいある。割と大きい。
「おお、無事だったようだな。よかったよかった」
オーガンはそれを受け取ると、俺に向けて差し出してきた。
「さ、受け取ってくれたまえ」
「ん? 俺に?」
「そうだ。これが昨夜の賭けの景品だよ」
応えつつ、白い布をさっと外す。
金属弓。黄金の柄に複雑な象嵌が施され、あちこちに宝石がはめ込まれている。工芸品としても相当価値がありそうな、無闇に豪奢なデザインの弓だ。というかこれ、どっかで見たような。
──おお、思い出したぞ。俺がトラックに轢かれて勇者に転生する少し前、人間どもの軍勢を率いて城に押しかけてきた、ライルとかいう小僧が持ってたやつにそっくりだ。閃炎の魔弓とかいうレア品だ。あれは確か、スーさんが回収して、いまは城の蔵に放り込んであるはず。
「これは、パリューバルといってな。またの名を轟炎の聖弓という」
「轟炎の聖弓……?」
「そうだ。閃炎の魔弓カシュナバルと対になる、エルフ伝来の宝弓だよ」
オーガンはにっこり笑って言う。なるほど、そういうことか。
「閃炎の魔弓の……あれの兄弟分ってわけか」
「おや、カシュナバルを知ってるのかね? あれは十何年か前、若い人間の騎士が私のもとを訪れて、魔王を倒せる武器が欲しいと言ってきたんで、提供したんだが……。残念ながら、彼には魔王を討つことはできなかったようだ」
あれもオーガンの持ち物かよ! ぶっちゃけ、あの弓はちょっとヤバかった。結界で防いでたからよかったが、もし結界展開前に直撃をくらってたら、多分俺でも、死なないまでもかなりのダメージを受けてただろうな。
「……どうせ俺のときと同じように、賭けをふっかけたんだろ?」
「うむ。あのときはバドミントンで勝負して、私が勝ったんでな。一晩たっぷりとお相手をしてもらって、それからカシュナバルを進呈したんだ。いや、あれは実に素敵な夜だった……」
しみじみ述懐するオーガン。
王国騎士ライル……。本当にどこまでも残念なやつだ。そこまで身を捨てて頑張って、結局一撃で黒焦げとか。さすがにちょっと同情するわ。俺がいえた義理じゃないが。




