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050:暗殺者、走る

 府庁舎は木造三階建て。いかにも田舎の村役場! といった風情のたたずまいだ。それが轟々と黒煙を噴いて炎上している。

 すでに多くの野次馬が周囲に集まって、口々になんやかやと囁きあったりしながら状況を見守っていた。


 まだ消火活動も始まっていないようだ。建物の正面玄関とおぼしき出入口から、何人か逃れ出てきた。ここに勤務するエルフの役人たちだろう。


「お、おい、大丈夫か?」

「まだ残っている者はいるのか?」


 野次馬たちの一部が、逃げてきた連中のもとへ駆け寄り、声をかけた。役人エルフのひとりが、肩で息をしつつ、喘ぐように言う。


「は、はやく火を消してくれ。長が──オーガンさまが、まだ中におられるんだ」


 庁舎の火勢はいよいよ募ってきている。野次馬の中から数人、前へ進み出て、なにやら呪文をとなえはじめた。おお。エルフの魔術師たちか。

 魔術師たちが前へ手をかざすと、鮮やかな蒼い光が閃き、たちまち空中に水しぶきがほとばしった。おびただしい魔法の水流が複数、透明な大蛇の群れが一斉に宙を駆けるように、燃えさかる庁舎めがけて飛び込んでゆく。これがエルフ流の消火活動か。


 しかし、なお火の手は衰えない。なんせ木造だしなぁ。こりゃ全焼までいくんじゃないか。


「あのー、アークさま」


 ルミエルがぽそっとささやいてくる。


「もし、オーガンさんがお亡くなりになったりしたら、賭けの清算ができなくなるのでは……」


 ああ、そういやそうだ。それに庁舎が全焼しちまったら、オーガンが寄越すはずの「いいもの」とやらも燃えて無くなっちまうかもしれん。

 ……が。


「ま、そんときはそんときだ。たいして惜しいわけでもなし」


 炎を見上げつつ俺は応える。もとより、オーガンごときがどうなろうが知ったことではない。賭けの清算といっても、貰えるもんなら貰っといてやろう、という程度のことだしな。


「それもそうですね」


 あっさり納得するルミエル。まったくもって俺がいえた義理じゃないが、おまえやっぱシスター向いてないわ。

 エルフたちの懸命の消火活動も甲斐なく、紅蓮の炎は四方に火花を散らしつつ、ますます燃え広がってゆく。


 玄関口の梁が、炎のなかでガクンと傾くのが見えた。いまにも焼け落ちそうだ。そこへ、奥からゆっくりと姿をあらわす人影ひとつ。

 オーガンだ。両腕で何やら大きな荷物を抱えつつ、よろめくように玄関から歩み出てくる。


 たちまち野次馬たちがどよめきをあげた。


「おおっ! オーガンさま! 生きておられた!」

「自力で脱出なさったのか!」


 ちぃっ、オーガンめ、生きてやがったか。無駄に悪運の強い中年だ。

 と思ったら、玄関を離れたところで、オーガンがパタリと倒れた。石につまずいて転んだようにも見えるが、そうではない。ナイフだか短剣だかが、額と胸、二箇所に深々と突き刺さっている。いままさに、二本の投げナイフがオーガンのもとへ飛んで、同時に急所を貫いたのだ。


 俺の動体視力は、凶器の出所と軌道をはっきりと捉えていた。凡人の目には到底見えなかっただろうが、俺の目はごまかせん。この群集にまぎれて、ひそかに凶器を放った奴らがいる。二人。見覚えのある顔だ。あいつら──どういうことだ?

 倒れたオーガンの周囲に血だまりがじわじわ広がっていく。野次馬たちが悲鳴をあげはじめた。ようやく何事が起きたか理解したようだな。自分たちの目の前で、西霊府の長が殺された。もはや火事見物どころではない。


 この恐慌寸前の群集のなかで、下手人たちが、そっと場を離れようとしている。別に放っといても大過ないんだが──さっきから、腰のアエリアがカタカタやかましい。血なまぐさい気配を感じ取って、興奮しているようだ。


 ──ダーリン、タタカイ! コロセ! コロセ!


 そうだな。ちょいと朝の運動をしようか。


「ルミエル。しばらくここにいろ」

「……え?」

「理由は後で話す。今はここを動くな。俺はちょっと、イタズラ娘たちにお仕置きしてくる」

「……はい。わかりました」


 ルミエルに見送られつつ、俺は群集を離れ、下手人たちの後を追った。





 下手人たちは、まったく何食わぬ顔で、連れだって野次馬の列を離れ、悠々と温泉宿のほうへ向かっている。俺はしばらく遠まきに尾行を続け、周囲に人気がないのを確認してから、可能な限り気配を消して、ひそかに二人の背後へ近寄った。

 常人ならまず俺の気配には気付かないはず。だが二人は気付いた。よほど修練を積んでいるのだろう。二人は大慌てで同時に左右へ飛びすさり、身構えつつ、俺のほうに向き直った。二人とも、シンプルな麻のワンピース姿。腰に短剣を帯びている。


「ジーナ……と、リリカ、だったか。ナイフ投げの妙技、なかなか見事だったぞ」


 声をかけると、二人は返答がわりに俺を鋭く睨みつけ、同時に短剣を抜いた。

 そう、下手人は他でもない、巨乳のジーナと黒先端のリリカ。昨日、露天風呂で出会い、仲良くなったカッポーだ。まさか暗殺者だったとは。庁舎に放火したのもこいつらだろうか。なぜオーガンを狙ったのか、その事情まではまだわからんが。二人とも昨日の朗らかな様子からは想像もつかないほど険しい顔つきになっている。どちらが本来の顔なんだろうな。


「さて。俺が何者かは、もう知ってるはずだな。抵抗しても無駄だが、好きなだけあがいていいぞ」


 俺はアエリアを抜き放ち、一歩前へ進み出る。二人は、俺の見えざる圧力に耐えかねたように、じりじりと後ずさった。


「さあ、二人まとめて、我が腕の中で息絶えるがよい」


 どう考えても勇者の決め台詞じゃないが、だって魔王だし。やっぱ、こういう台詞のほうが、気分盛り上がるし。

 といっても、命まで取るつもりはない。じわじわと嬲り、いたぶりながら追い詰め、最後は二人まとめて押し倒し、くすぐりまくってくれる。せいぜい頑張って抵抗してほしいもんだ。楽しみだなぁ。


 リリカとジーナは、さっと目くばせをかわしあい、いきなり俺に背を向け、全力で駆け出した。ってこら、逃げるんかい!

 二人とも、あきらかに常人レベルを遥かに超越したスピードで、必死に走る走る。まさに脱兎のごとく。


 しょうがない。追っかけっこがお望みなら、付き合ってやろうじゃないか。



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