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044:西霊府

 馬車は西霊府をめざして進む。周囲は見渡す限り鬱蒼たる木々と緑の下生え。張り出した枝葉が左右から空を覆って、昼なお暗い森の道。

 クレアたちエルフ娘三人とは、結局あの場で別れた。家が近いということで、立ち寄るようしつこく誘われたが、こちとら急ぎの旅だ。今日中に西霊府にたどり着いておきたい。


 去り際、クレアからフィンブルに関する話を聞いた。良くも悪くも相当な有名人らしく、そこそこ詳しいところまで知ることができた。

 フィンブル。現在二百五十歳くらいという。人間に換算すれば、だいたい四十代のおっさん。もう少し若いようにも見えたが、意外に年食ってるんだな。エルフの中でも飛びぬけて高い魔力キャパシティを擁する希代の大魔術師。とくに雷撃の魔法に長け、ただ一撃で竜一頭を黒焦げにしたこともあるという。現在の地位は中央霊府の防衛責任者。軍事面における長老の片腕ともいうべき地位だが、いっぽうで魔法兵器技術者を自称しており、普段は研究所に篭って役立たずのガラクタばかり作っているという。ようは防衛責任者という立場を利用して、趣味で思いつきの武器だの器械だのを好き勝手に作っているマッドサイエンティストというわけだ。


 クレアから聞いた話は、だいたいこんな感じ。ただ、この情報は少し古いのではないか、という気もする。少なくとも、あのゴーレムもどき──ロックアームは、俺の見立てでは、けっしてガラクタとはいえない出来栄えだった。魔王城にあるオリジナルのゴーレムと遜色ない程度にはきちんと動作していたし、なにより、あの青い球体。あれは単なる動力源ではなく、遠隔操作用のインターフェースをも兼ねているように感じられた。ああいう複雑なカラクリは、魔族あたりにはなかなかできない発想だ。あれに改良を重ねて、ボディの構造ともども洗練させていけば、最終的にはイイ線いくんじゃないか。長年の累々たる失敗を経て、フィンブルは強力な新兵器の開発に成功しつつあるのかもしれない。まだ断定はできないが。

 あいつが中央の防衛責任者というなら、いずれ嫌でもまた会うことになるだろう。今度は明確な敵として。なにせ、俺は中央霊府に殴り込みをかける予定だからな。魔術師ごときの魔力など俺にとっては問題にもならんが、実際戦うとなれば、瞬間移動だけは厄介だ。対策を考えておかねばならんな。


「このあたりが、霊府の入口になります。集落が見えてきましたよ」


 ルミエルが告げる。道の両側はみっしりと木々が立ち並んでいるが、その隙間から、丸太小屋だの藁のテントだのがぽつぽつと見えている。なるほど、見た目は本当に未開の部族の集落って感じだ。四方からは、枝葉のざわめきとともに、小鳥どものさえずる声が、かまびすしく響いてくる。実に平和な情景だ。


「……宿泊場所はあるのか?」

「ええ。温泉旅館がありますよ。交易商人だけでなく、エルフの旅行者もけっこう来るんです。ここは湯治の名所として知られてますから」


 おお、温泉か。あまりのんびりしてる場合じゃないんだが、たまにはじっくり湯に浸かってみたいもんだ。移民街の温泉宿には泊まりそこねてしまったしな。

 次第に道幅が広くなっていく。霊府の中枢部に近づいているようだ。道行くエルフたちの姿もだんだん増えてきている。男も女も、遠目に見るだけでも美形揃いだ。こいつらの大半が、ガチのアレだなんてなあ。勿体無い話だよ。


 ふと見渡すと、地上の小屋やテント以外に、樹上にも、あちらこちらと、鳥の巣箱みたいな小屋がしつらえられている。それらはいずれも、出入口から空中に板を張り渡して相互に繋がっており、まるで樹上の道とでもいうように、自由に往来できるようになっている。こういう地上と樹上の立体構造がエルフの集落の特徴というわけか。あまり便利そうには見えんけどな。限られたスペースの有効活用ってことなんだろう。

 急に前方の視界が開けた。霊府の中枢にさしかかったようだ。


 そこは森の中の広場という風情。およそ二百メートル四方のぽっかりとした空間だ。丸太小屋や、藁葺き屋根に土壁といった、洗練にはほど遠い、どちらかといえばみすぼらしい建物が、そこここと無秩序に散在している。あちらこちらと炊煙が立ちのぼり、うららかな田舎村という感じ。どの建物の脇にも、かならず小さな畑があり、いかにも農夫っぽいエルフが、地面に向かってなにやら呪文を唱えたりしている。見たところ、ネギやトマト、ナスなどを栽培しているようだ。よく見ると牛舎とか豚舎なんてのもある。

 砂利の地面を鶏がとてとて歩き、牛が寝そべり、エルフの女たちが井戸のそばで談笑している。俺らの馬車が通りかかっても、あまり関心もない様子。俺らがマフラーで顔をすっぽり覆い隠してるせいもあるだろうが、そもそも旅行者などたいして珍しくもないのだろう。


 にしても、ここが霊府の中枢……。想像以上にしょぼい。

 腰のアエリアが鞘をカタカタと鳴らした。なんだ、起きたのか。


 ──ヤラナイカ。


 開口一番それかよ!


 ──ダーリン、タイクツ?


 まあな。てかもうダーリンで固定なのか。別にいいけど。


 ──コロス?


 こんな田舎じゃ暴れようがないだろ。


 ──コロコロスル。


 意味わからんわ!


「この区画はおもに農家の居住地になっていて、府庁舎もここにあります。旅館はこの区画の奥ですよ」


 ルミエルが説明する。


「……エルフの集落ってのは、どこもこんな感じなのか?」


 俺が尋ねると、ルミエルはちょいと首をかしげつつ答えた。


「ここは五大霊府のなかではいちばん田舎なんですよ。他の……たとえば北霊府あたりは、移民街みたいなキチンとした町並みになっています。ただ、なにかと騒がしいところで、私はあまり好きではないです。ここはのんびりしてて、いいところだと思いますよ」

「中央霊府はどうなんだ?」

「いえ、あそこは残念ながら、まだ行ったことがないんです。宿に着いたら、旅行者の方々などから、そのへん伺ってみましょうか」

「ま、そうだな。温泉に浸かりながら、じっくり情報収集といくか」


 馬車は広場を突っ切り、旅館前へとさしかかる。木造二階建ての、割合こじんまりとした建物。まさにひなびた田舎の温泉宿そのもの。

 今夜はここで一泊だ。



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