042:ロックアーム
大急ぎで森の道を駆け抜ける。少しひらけた広場のような場所に、そいつは立っていた。
道を阻む巨大な影。見上げれば、まさに人型の岩の塊だ。大きさは六、七メートルほどか。胴まわりは細いが、両腕がやたらめったら太い。
腰のアエリアが、ふと目を覚ました。あまりやる気はなさそうだが。
──……コロス?
疑問形かよ。まあ、無機物だしなぁ。斬っても血も出ない相手じゃつまらんか。
こんな程度の相手に空を飛ぶまでもないし、剣で斬るより素手で叩くほうが早いような気がするな。というわけで、寝てていいぞ。
──フニャーイ。
どんだけ眠いんだよおまえ。
ゴーレムは俺の姿を確認するや、ドムンドムンと足音を響かせて歩み寄ってきた。いちおう人型だが、頭はでかい丸い岩が載っかってるだけだし、全体として、適当にパーツを削り出してくっつけました、という外観。ゴーレムの基本形というべき代物だ。
ひょいと太い腕を振り上げ、振りおろしてくる。まあまあ素早いかな。俺は軽くバックステップして初撃をかわし、側面に回り込んだ。ゴーレムは、打ちおろした腕を上げながら、のっそりと、こちらへ向き直る。このへんの挙動はかなり鈍い。やはり、こんなものか。
ゴーレムの製造技術は古くから魔族の秘伝として存在している。しかし、俺が魔王となった頃には、まったく作られておらず、稼働していたのもわずか一体。製造におそろしく手間がかかる割に、動きが鈍く、パワーもさほどではない。しかも、材質はただの岩なので、一見頑丈そうでも実はけっこう脆い。
こんなものでも、大昔は何かの役に立ったのかもしれないが、現在では、ほぼ無用の長物といって差し支えないだろう。
力仕事なら巨人やオーガあたりにやらせたほうがよほど手っ取り早いし、兵器としても耐久力がなく、消費魔力が大きすぎるため稼働時間も短く、まるで実用性に欠ける。魔王城に現存する一体も、たんに骨董品として置いてるだけだ。
ただ問題は、なぜこれが魔族の勢力範囲から遠く離れたこんな場所で、当たり前のように稼働しているのか、ということ。製造技術は魔族にしか伝わっていないはずだ。どこかでエルフに技術を洩らした者がいるのか。それとも……エルフがまったく独自に製作に成功したのか。
ともかく、こいつをぶっ壊して、構造などを調べてみよう。
ゴーレムが体勢を立て直し、再び腕を振りおろす。俺は足を止め、いままさに俺の頭上迫るその腕をぶん殴った。カウンターで炸裂した俺の拳が、見るも鮮やかにゴーレムの右腕を粉砕する。
続いてゴーレムが左腕を横ざま振り回してくる。俺は慌てず騒がず、右の裏拳を叩きつけて、これを打ち砕いた。
両腕を喪失したゴーレムが、ズンズンと突進してくる。俺を踏み潰そうってか。
俺は軽く地面を蹴って跳躍し、ゴーレムの横っ腹に脛蹴りを食らわせた。グギャゴゲガラン、とかいう音とともに、胴体部がばらばらに砕け散り、ゴーレムはあっさり崩れ落ちた。あっけない勝負だったが、ま、こんなもんだろ。
崩壊した岩の破片のなかから、青く輝く不思議な球体が姿をのぞかせている。握り拳くらいの大きさで、ガラス球か何かのような透明感のある材質。きわめて強い魔力を帯びているのが感じられる。どうやらこれがゴーレムの動力源みたいだが……妙だな。
俺が知る限り、ゴーレムというのは、人型に形成した岩塊そのものに直接魔力を注入して、術者が遠隔操作するものだ。こんな妙な動力源を内蔵したゴーレムなど聞いたことがない。少なくとも、魔族には、そういう技術は存在しないはずだ。
ふと、何者かの視線を感じた。さきほどまで、そんな気配も何もなかったのに。同時に、青い球体が、ふわりと宙に浮いた。何事だ?
どこからか、ぱちぱち手を叩くような音が響いてくる。拍手?
慌てて振り向くと、ひとり、樫の大樹の枝に腰かけ、高みから俺を見おろしている奴がいる。いま拍手したのはあいつか。若いエルフの男のようだ。白衣なんぞ着込んで、眼鏡をかけている。いかにも学者って風貌。なんだか珍しいな。この世界で白衣なんて初めてお目にかかったぞ。
その白衣のエルフが右手を伸ばす。例の青い球体が、すーっと空中を漂って、そいつの掌に収まった。
「さすがは伝説の勇者。ぼくの自信作を、こうもあっさり潰しちゃうとはね。いやお見事お見事」
球体を白衣のポケットに突っ込みながら、そいつが笑いかけてくる。顔つきは穏やかで、あまり敵意のようなものは感じられないが、なんつうか──こう、いけ好かない雰囲気というか。虫が好かんというか。なんとなく、ヤな奴って感じだ。
「こいつはお前の仕業か」
俺が尋ねると、そいつは当然とばかりうなずいてみせた。
「そうさ。昨日、伝説の勇者が移民街に現れたって話を聞いてね。ここを通るのを待ってたんだよ。ぜひ試作品の相手になってもらおうと思って」
「試作品? このゴーレムがか」
「……ゴーレム? そんな旧時代の遺物と一緒にしないでもらいたいな。こいつはロックアームっていうのさ。ぼくが作ったんだ。まだプロトタイプの段階だけど」
ロックアーム? 聞き覚えがないな。だがゴーレムの存在を知ってるところを見ると、どうやらこれは、魔族の技術をベースにしたものと考えて間違いないようだな。
「もちろん、勇者にかなわないのは最初からわかってたけどね。各種データを取っておきたかったのさ。おかげで改良のヒントも得られたし、まあ満足すべき結果だね。ご協力、感謝するよ」
白衣のエルフはニッと笑った。うう、なんという嫌味な笑顔。表情からまるで内心が読めない。得体が知れなさすぎて気色が悪い。マジで気に食わん。
「……お前、何者だ?」
俺は身構えつつ訊いた。俺のジャンプ力なら、跳ね上がってあいつに一撃食らわせるくらいはできる。もしふざけた返答をしようもんなら、本気でその顔面、吹っ飛ばしてくれるわ。
そいつは、まるで動じる様子もなく答えた。
「問われて名乗るもおこがましいけど、教えてさしあげよう。ぼくはフィンブル。ごらんの通り、一介の学者さ」
「学者? ……何のだ?」
「兵器関連のね。これでもけっこう名は通ってるほうだよ。中央霊府にぼくの研究所があるから、よかったら訪ねておいで。お茶くらい出してあげるよ。それじゃ、また会おう」
その言葉を最後に、フィンブルは突如、その気配ごと、忽然と姿を消した。何らの痕跡も残さずに。
──俺はわが目を疑った。なんということだ。
間違いない。今のは瞬間移動だ。
まさかエルフに、そんなものを使いこなす奴がいるなんて。




