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041:道を阻むもの

 移民街から西霊府までは、ほぼ一本道。乾燥した平原の田舎道で、途中に河が一本横たわっている。やや河幅はあるが、しっかりした木造の大きな橋がかかっていて、馬車での通行に支障はない。

 その橋の半ばに駅亭がひとつ、ぽつねんと立っている。河の流れを見おろしながら休憩できるようになってるわけだ。なかなか気が利いてる。


「少し休むか。軽く何か入れとこう」


 移民街を出発して小一時間ほど。俺はルミエルに声をかけ、馬車を止めさせた。

 駅亭のベンチに二人並んで腰かけ、組合本部で作ってもらった竜肉サンドイッチとミルクで軽食タイム。この竜肉は俺が退治した竜から切り分けた肉の一部で、あのときの商人たちが厚意で提供してくれたものらしい。それを本部の女性職員らが調理して、俺たちに持たせてくれた。ステーキほどではないが、こんなものでも、庶民にはまず手が出ないほど高価な食い物だ。


 ひとくち噛めば、口のなかにじゅわぁっと広がる肉汁と、柔らかくコク豊かな旨み。一緒に挟まれたキュウリが軽快な食感と爽やかさで絶妙なアクセントを加えている。まさに絶品。


「いけるな……これ」

「ええ……。ほんとにおいしい……」


 ルミエルも幸せそうに頬張っている。目が陶然と潤んで、すっかり夢中の様子。

 眼下には陽光をきらきら反射させながら滔々流れてゆく河の水面。風はおだやかに心地よい涼気を運ぶ。


「ルミエルは、西霊府に行ったことはあるのか」


 サンドイッチを平らげ、ミルクをグイッと飲み干してから、俺は尋ねた。ルミエルもちょうど食べ終えたところのようだ。心から満足げな顔つきで応える。


「ええ、何度か。最後に行ったのは半年ほど前になりますね」

「どんなところだ?」

「静かでおだやかで、よいところですよ。ただ、エルフの集落というのは、どこもそうですが、若い人間は同性にも異性にもモテモテですから、マスクなどで顔を隠したほうがいいでしょうね。あまり注目されると動きづらくなりますし」

「ああ。確かにそうしたほうがよさそうだな。異性にもてるのはいいが、同性はきついからな……」


 ふと、二人同時に空を見上げた。よく晴れた午後の青空。ゆっくり流れてゆく綿雲。


「……アークさま」


 ルミエルは、俺の肩に、そっともたれかかってきた。


「英雄、色を好むといいますから……アークさまが、これから、誰とどんなふうになっても、私は何も言いません。そんなことを言える立場ではないのもわかっています。ただ、これからも、おそばにおいてください。何番目でもいいですから……」


 うーむ。急に何を言い出すかと思えば。

 この旅に出る前後から、俺があちこちで女に手を出しまくってることは、ルミエルも一応承知してるんだろう。女の嗅覚ってのは鋭いからなぁ。


 俺は機会さえあれば、どんな女でも平然と手を出す。まして、これから俺たちが赴く場所は、美形揃いのエルフの集落。今後、俺がエルフの魅力に目を奪われて、自分は見向きもされなくなってしまうのではないか──そんな不安が脳裡をかすめたのかもしれない。だから、こんなことを言いだしたんだろう。しかも、何番目でもいい、なんてのが、けっして本音ではないことも俺にはわかる。こいつはそんな甘い女じゃない。

 だが、俺にしてみれば、そもそも女に順位も特別もへったくれもない。強いていえば、スーさんは特別な存在だといえるが、それは男女の関係というのとは違う気がする。誰であれ、ひとたび俺のものとなった女は、みな同等に同列に愛している。それが偽らざる本音だ。チーやハネリンや、ハーレムの女ども、最近ではあのミラなども。むろんルミエルもだ。今後、エルフの女どもにも手を出す機会は当然あるだろうが、それに溺れて他を忘れるなんてことはありえん。


 俺はルミエルの肩をしっかと抱き寄せた。


「心配するな。これからも可愛がってやる」


 そう優しく囁いてやる。

 ルミエルは、ちょっぴり安堵したように微笑んだ。





 馬車が橋を越えると、なだらかな上り坂にさしかかりはじめた。

 道の左右にはブナや樫といった木々がぼつぼつと立ち並んでいる。進むごと、次第に周囲の緑の密度が濃くなっていくようだ。そろそろ森林部へと近づいてきてるんだろう。


 前方、揺れる木漏れ日のなか、複数の人影が見える。関所というわけではないようだ。たんなる通行人だろう。俺とルミエルは顔の下半分をマフラーですっぽり覆い隠している。これなら無闇に注目されることはあるまい……と思ったが、その通行人らが前に立ちはだかって、なにやら声をかけてきた。

 三人。いずれも若いエルフの女だ。シンプルなワンピース姿で、腰に小さな片手弓をさげている。裾はかなり短め。細い生足がむき出しだ。こう、チラッチラッと、なんか白いものが見えたり見えなかったり。


 顔立ちは──もう、ビュゥーッティッフォォォゥッ! としか言いようがないな。いずれも、完璧な目鼻の造形といい、透明感のある白い肌といい、この世にこんな美形があるものか、というほどの美少女っぷり。しかもそれが三人も。一人はゴージャスなブロンド巻毛で、あとの二人はつやつや輝くストレートの金髪。

 ただ、三人とも、なにやら肩で息をしている。表情にも落ち着きがない。必死に何事か呼びかけてくる様子。ルミエルが馬車を止めて応対しようとしているが、どうも要領を得ない感じだ。


「何をそんなに慌てている? 落ち着いて説明してみろ」


 俺は馬車から降りて、声をかけた。


「ここから先は、行っちゃダメです! 危ないんです!」


 巻毛の娘が応えた。


「あたしたちも、逃げてきたんです! あ、あんな大きなものが……」


 何かこの先に危険なものがあるようだな。こういうときは、具体例を引いて誘導するのがよさそうだ。


「大きな、なんだ? 猪でもいるのか」


 巻毛の娘は、ぶるぶると首を振った。


「違います! 大きな……人の形をした、岩が……!」


 人の形? ……岩?


「それに襲われて、逃げてきたんだな?」

「はっ、はい。そうです。この先にいて、通せんぼしてるんです。あたしたち、お家に帰りたいだけなのに……」


 涙目で訴える娘たち。話を聞くと、この娘たちは川沿いまで狩りに出かけ、兎や鴨などを狩って、集落に帰る途中だったという。そこを、人の形をした、巨大な動く岩塊に阻まれ、驚いてここまで逃げ戻ってきた、と。


「動く岩の塊……ですか?」


 ルミエルが首をかしげる。俺もちょっと考えたが、すぐ答えにいきあたった。


「……そいつは多分、ゴーレムだ」

「ゴーレム?」


 ルミエルとエルフ娘たち、四人の視線が一斉に俺に集中する。よせやい、照れるぜ。とかいってる場合じゃないな。


「古い魔法技術だ。無機物に特殊な魔力を封じ込め、操り人形として使役する」

「じゃあ、何者かが、そのゴーレムを操って、通せんぼしていると……」

「おそらくな」


 ゴーレムの製造法は、実は魔剣とほぼ同じ。違うのは、霊魂のかわりに、エネルギーとなる特殊な魔力を対象物に注入する点だ。魔剣にせよゴーレムにせよ、その製造技術は魔族しか持っていないはず。エルフがゴーレムを作り出した例など今まで聞いたことがない。

 そのゴーレムが、なぜ魔族には入り込めないエルフの結界内にあるのか。これは事情を確かめる必要がありそうだ。


「おまえたちは、そこを動くな。ちょっと確かめてくる」


 そう言い置いて、俺は森の奥へと走り出した。なにか嫌な予感がする。



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