040:パレード
日暮れ頃。
街の住民どもが、竜退治の英雄だか天使だかをひと目見ようと組合本部を取り囲み、勝手にお祭り騒ぎを繰り広げている。大人気だな。正直鬱陶しいが。
とはいえ、こういう状況も積極的に利用するのが政治家ってものなんだろう。
日没直前。サントメールは、わざわざ壇をしつらえて群衆の前に立ち、勇者の伝説について大っぴらに公表したうえ、さらに熱弁を振るった。
──この記念すべき日を、街の祝祭日と定め、未来永劫、偉大なる勇者の業績を称え続けようではありませんか!
ノリノリで煽る煽る。宣伝してくれるのはいいが、必要以上に住民どもをヒートアップさせんでくれ。
「これじゃ外に出たくても出られんじゃないか」
客間にまで住民どもの熱狂ぶりが伝わってくる。俺はちょっと溜息をついた。この街には豪華な温泉旅館があるらしくて、今日はそこで一泊するつもりだったんだがなぁ。
ルミエルが提案する。
「仕方ありませんね。この建物にも一応、宿泊設備がありますから、あとで伯爵さまに相談して、寝室をお借りしましょうか」
「……そうだな。一晩経てば、この熱気も収まるだろう」
甘かった。
その後、住民どもは文字どおり夜通しどんちゃん騒ぎを続けたらしい。なんというお祭り気質。
翌朝。寝室の窓から外を眺めれば、まだ何千という群衆が、本部周辺にゴザを敷いたりテントを立てたりして居座っている。花見客かよ。おまえら実は理由はどうでもよくて、たんに集まって騒ぎたいだけじゃねーのか。酒や食い物を売る屋台なんかも数多く出ていて、補給体制は万全の構え。
俺とルミエルは連れ立って寝室を出た。こうなったら、サントメールに解散を呼びかけてもらうしかない。それでもダメなら、組合職員を総動員してでも群衆をかきわけ、突っ切って出発しよう。すっかり忘れてたが、俺たちは急ぎの旅の途中だ。あまりのんびりしてる場合じゃない。
本部ロビーへ降りると、サントメールが待っていた。
「昼までお待ちください。無理に彼らを解散させるのではなく、あなたがたを見送るためのイベントにしてしまえばよいのですよ。これから準備に取り掛かりますので」
さすがというか、なんというか。扱いを心得てる感じだな。
「去り際まで、しっかりと好印象を残しておいていただきたいのです。……今後のために」
いちいち発想が生々しい。いやそこが取柄なんだろうけど。俺も、ささやかながら地下通路の交易商人たちに同じような手を打ってるしな。
いずれにせよ、移民街は、その経済力と特殊な立ち位置ゆえに、エルフの森とウメチカの双方を支配するための中心拠点となりうる重要な土地だ。早い段階で住民の支持を得ておくにこしたことはない。
「承知した。そちらは貴公に任せる。こっちはこっちで出立の準備をしておこう」
俺はサントメールに告げて、ルミエルとともに組合内の食堂へ向かった。準備の前に、腹ごしらえをしとかんとな。
俺がこの世界の魔王となって間もない頃。
人間と魔族の戦争は、互いの存亡をかけた生存競争だった。とくに絶滅寸前まで追い込まれていた魔族側にとって、人間は不倶戴天の仇敵、徹底的な破壊と殺戮の対象だった。捕虜は奴隷とし、街も城も集落も一切容赦なく蹂躙した。そうしなければ魔族は勝てなかった。非情の措置も、勝ち残るために必要なことだった。
今は事情が違う。魔族はこの世界の最大勢力となり、もはやその地盤は揺るがない。他種族と生存を賭けてまで争う必要はなくなった。それでもなお俺が世界制覇を望むのは、端的にいえば俺個人の欲望を満たすため。この世界を支配し、頂点に君臨すること。それこそ俺の最大の欲望であり願望だ。それゆえに、破壊も蹂躙もほどほどに。限度を越えてはならない。支配すべき対象が絶滅してしまっては意味がない。廃墟でひとり凱歌をあげても虚しいだけだ。
どうしてもまつろわぬ者、気に食わない連中は、むろん全力で排除する。一方で、種族に関わらず、従順な者、俺を支持する者、利用価値のある者などは生かしておいて、相応に扱わねばならない。かつての翼人との戦争で、俺も多少なりと、そういうやりかたを学んだつもりだ。
昼過ぎ。組合本部から移民街の東門へと続く大通りは、盛大なパレード会場となった。主役はむろん俺だ。
箱馬車は楽隊やら儀杖隊やらを引き連れて、楽の音も賑々しく大通りを進む。御者をつとめるのは、なぜか赤いドレスを着込んでおめかしモードのルミエル。こういうとき、女はやたら派手に飾りたがるよな。晴れ舞台って感じで。
俺は馬車の窓から、通りの左右を埋めつくす群衆へ鷹揚に手を振ってやる。ただし挙措は重厚に。支配者たるもの、軽々しい振舞いは禁物だ。表情もあまり変えずに。しかし無愛想と見られてもいけない。微妙なバランス感覚が要求される場面だ。
馬鹿馬鹿しい茶番ではある。だがサントメールの企図するところもよく理解できる。この街の連中には大いに利用価値があり、ここで人気取りをしておくことが、後々、より大きな利益へと繋がっていく。俺個人だけでなく、俺の臣下たる魔族や翼人どもにも益となることだ。
群衆は俺の会釈に応え、熱狂的な声援を送ってくる。進路を阻んだり、後を追いかけたりといった迷惑な行動に出るものはいない。組合職員や街の有志らが総出で整理誘導してくれているおかげだが、それにしても、なかなか統制がいきとどいている。サントメールの手腕もたいしたものだ。
そのサントメールには、本部を出る前に、ちょっとした依頼をしておいた。俺が移民街を出立した後、エルフが翼人に対して黒死病を流布させようとしている、という情報を公表すること。併せて、俺がそれを押しとどめるべく行動しているという宣伝を大々的に実施すること。これによって、俺が少々エルフに対して厳しく臨んでも、移民街の住民だけは俺を支持し続けるように仕向けるのだ。一種の離間策だな。これはエルフの森だけでなく、後々ウメチカを掌握するための布石ともなる。
馬車は次第に東門へさしかかる。ここを抜ければ、西霊府まで半日とかからない。これから、いよいよ本格的にエルフの領域へと乗り込むことになる。
楽隊と儀状隊が足を止めた。楽の音もやんだ。パレードはここまでだ。それでも歓声はなおやまず、俺たちを熱く包み込んでいる。
すべては、今日のこの茶番から始まる。真の世界制覇へ向け、踏み出す最初の一歩。
門をくぐると、ルミエルは「行きます!」と一声かけて、馬に鞭を当てた。
馬車は勢いよく駆け出しはじめた。目指すは西霊府。




