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038:俺様は天使じゃない

 俺が着地したのは芝生が敷き詰められた広場の真ん中。おそらく移民街の中央付近だろう。

 それまで歓呼と喝采に沸きかえっていた数千もの群衆は、ふと興奮も醒めた様子で、俺を遠巻きに取り囲み、なお何やかやとざわめきつつ、注意深い眼差しを俺に集中させている。


 警戒してるんだろうな。無理もない。連中、空を飛ぶ人間なんて見たこともあるまい。俺も見たことないし。

 こいつらにしてみれば、俺はあまりにも得体の知れぬ来訪者。竜を退治したからといって、必ずしも自分らの味方とは限らないわけだし。


 ──と思ったら。

 一部の連中がなにやら騒ぎはじめた。


「て、天使……」

「天使さま……!」

「そうだ、天使さまだ! あのお方こそ、天が我らへ遣わされた御使い様に違いない!」

「ああ、なんと神々しいお姿だろう! 太陽のごとき美しさだ!」

「偉大なる天の御使い様のご降臨だー!」

「御使いさま! 御使いさま! 美しき御使いさまぁー!」


 最初に天使だの美しいだの口走ったのは一部のエルフどもだが、つられて人間どもも盛り上がってしまい、すぐさま広場全体に興奮が伝播して、ふたたび怒涛のような歓声が湧きあがった。

 どいつもこいつも、能天気というか無邪気というか。エルフの美的感覚では、俺は絶世の美形に見えるっていうが、天使までいくか。呆れて物もいえんわ。


 とはいえ、このままボサッと突っ立っているわけにもいかん。魔王ともあろうものが、この程度の群衆に気後れしてる場合じゃない。ここは威厳をもって臨まねば。

 そこへアエリアが囁きかけてくる。


 ──コロセ。アイツラ、コロセ。


 馬鹿もん。あいつらはいずれ俺様の奴隷としてコキ使ってやるんだ。大事な労働力をここで殺してどうする。いいから、またしばらく寝てろ。


 ──ワカッタ。


 よし。素直なのはいいことだ。


 ──オヤスミ、マイダーリン。


 誰がダーリンやねん!

 などとやってる間に、群衆の輪をかきわけ、三人の男どもが俺のもとへ歩み寄ってきた。一人は身なりのいい白髪の老紳士。その左右に若い男二人が従っている。ボディガードってところか。いずれもエルフではなく人間だ。


 まだ周囲はざわざわと騒がしい。老紳士は、丁寧に礼をほどこし、自己紹介をはじめた。


「わたくし、この街の代表をつとめております、ジョフロワ・サントメールと申します。まずは、街の危機を救ってくださったこと、民にかわってお礼を申し上げます」


 なるほど。街の代表じきじきに、文字通り突然降って湧いてきた謎の天使様の素性を確かめに来たってわけか。ご苦労なことだ。


「……サントメール。確か、ウメチカの貴族で、そんな家名があったな」

「ええ、おっしゃる通り、わたくしはサントメール伯爵家の現当主でございます。英雄どの、あなたのご尊名を伺ってもよろしいですかな」

「アンブローズ・アクロイナ・アレステル。いっておくが、天使ではない。……勇者だ」

「勇者、でございますか。……はて」


 サントメールは首をかしげた。どうやら勇者についての知識は与えられていないらしい。伯爵といっても、王家とは距離を置いているようだな。


「それは後で説明しよう。一応、ウメチカ王からは準男爵位を授かっている」

「おお、ならば、貴公も貴族でいらっしゃる。ウメチカから参られたのですか」

「そうだ。ところで、サントメール卿。こちらも聞きたいことがある」

「はい、なんでございましょう」

「虹の組合の本部とやらの所在を教えてくれ。急ぎの用があるんだが」


 ブラストの首については、今はどうでもいい。後でルミエルが持って来るだろうし。それよりも、いますぐ、緊急にまとめなきゃならん商談がある。


「ああ、それならば、わたくしがご案内しましょう」


 サントメールは品のよい笑みを浮かべて言った。


「わたくし、虹の組合の理事も兼ねておりますので。すぐ近くですので、どうぞ、こちらへ」


 なんだ。だったら話が早い。さっさと連れて行ってもらおう。





 移民街は、その名の通り住民の大半がウメチカから移住してきた人間。基本的には交易拠点で、商取引のため街を訪れるエルフも多い。また街の警備や防衛を担当する傭兵部隊にも、エルフの魔術師や弓使いが多く在籍している。さきほど竜を迎撃していた連中だ。

 石造りを好まないエルフへの配慮からか、建造物の大半は木造だが、いずれも意外に洗練された外観で、みすぼらしさなどは微塵も感じられない。この街並を見渡して、なんとなく心落ち着くというか、懐かしい気分になるのは、俺がもと日本人だからだろうか。竜の攻撃で一部の建物が焼け落ちてしまったようだが、もう復旧作業が始まっている。なかなか逞しい住民だ。


 虹の組合の本部は、街の中心からやや北寄りの区画。二階建ての、がっしりしたお屋敷っぽい建物だ。

 サントメールの案内で客間へ通された後、俺は虹の組合に所属する商人どもを何人か、大急ぎで呼び出し、連れてこさせた。


 サントメールにせよ、組合の連中にせよ、異常なまでの低姿勢で、なんでもハイハイと従ってくれる。

 一応きちんと名乗って、素性も身分も明かしているとはいえ、こいつらにしてみれば、突然空を飛んできて竜の大群を一人で全滅させたような化物を、一体どう扱ったものやら、まだ戸惑っているようなふしが感じられる。とりあえず持ち上げつつ様子見、といったところだろう。いまだに俺を本気で天使だとか言ってるのは美的感覚がおかしいエルフどもだけだ。


 俺がわざわざ呼び出したのは、竜の関連商品を扱う商人ども。客間へやってきたのは五名。いずれも比較的若い男で、せいぜい平均三十代後半ってとこか。


「確認しておくぞ。竜どもの死骸の所有権は、すべて俺にある。そうだな?」


 ソファに背を預けつつ俺が尋ねると、商人どもは、一瞬、互いに顔を見合わせたが、そのうち一人が答えた。


「その通りです。現在まで、まだ誰も手をつけておりません」


 俺が斬り殺した竜の死骸は、すべて移民街の南門付近に落っこちて散乱している。なにせ単体でも体高十メートル超、重さ二十トンにもなる巨体だ。それがちょうど十三体分。仕留めたのは俺だから、当然、そのすべてが俺の所有物ということになる。

 竜の死骸から取れるのは、肉だけではない。牙や爪には宝石としての価値があるし、皮や鱗も服飾品の素材になる。目玉はエルフの魔法の触媒となる。竜の死骸は、きわめて高価なお宝の集合体なのだ。ま、このへんは全部ルミエルの受け売りなんだが。それだけに、勝手に掠め取ろうなどと考える不埒者が現れる前に、さっさと話をつけて、金に換えてしまおうという魂胆だ。別に金に困ってるわけじゃないが、ありすぎて困るってもんでもないしな。それに竜肉は傷みやすいという話だから、なおさら急ぐ必要があったわけだ。


「よし。すべて、諸君に売ろう。相場はさっきサントメール卿から聞いている。輸送や解体の手間賃を考慮して、相場から一割引きだ。どうだ、悪い話ではあるまい」


 一割引き、というところで、一斉に商人どもが、おおっ……と目を輝かせた。さすがというか、わかりやすい奴らだ。


「あ、ありがとうございます! なんと感謝してよいやら……」

「実は近頃、竜肉の流通量が減って、我々も困っていたのです」

「年々、東霊府や南霊府で竜の攻撃が激しくなり、エルフの防衛隊も、仕留めるどころか追い払うのがやっとという有様でしたので」


 口々に謝辞を述べる商人ども。どうも本気で感激しているようだ。

 たかが一割といっても、元値が半端じゃないからな。連中にしてみれば相当な大盤振舞いと感じたんだろう。


 かくして商談はまとまり、羊皮紙の売買契約書にサインして、俺は商人どもと固い握手を交わした。まさかここまで感謝されるとは思ってなかったが、これも後々使えるコネクションになりそうだ。



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