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037:天駆ける外道勇者

 エルフの集落なんぞ、竜に蹂躙されようが焼き払われようが知ったことじゃない。俺はもともと、エルフどもをねじ伏せるためにここまで来たんだ。移民街が壊滅して賞金が貰えなくなったら困る。俺がここで戦う理由はそれだけ。

 だが、今は、理由なんかどうでもいいという気分だ。すでに俺とアエリアの意識はほぼシンクロしている。なんせお互い、ガワは違えど中身は魔族。根っこの精神構造はまったく同じ。立ちはだかる敵は討つ。エルフだろうと竜だろうと。それで十分だ。


 ──大気を切り裂くように空を駆け、東を目指す。彼方に広がる濃緑の森林。その上空に、オレンジ色の小さな光がチカチカ閃きはじめた。エルフの魔術師どもが迎撃を開始したようだ。炎の魔法を一斉に放って弾幕とし、なんとか移民街の手前あたりで追い返そうと必死の様子。だが相手の数が多すぎる。

 返礼とばかり、竜どもの口から幾条もの真紅の火線が走り、地上を撃った。たちまち、ぐわっと火の手が四方へ広がり、黒煙が噴きあがる。とうとう始まっちまったか。こりゃさっさと片付けんと、移民街が丸ごと焼き払われちまう。


 空に群舞する十数体もの竜。接近するにつれ、次第にその全容を捉えられるようになってきた。輝く黒銀の鱗に覆われた巨体。ゆうに体高十メートルを越えている。その背には禍々しい黒い翼、無数の鋭い牙をむき出しにして吼えるがごとき凶暴な面相。どこをとっても、俺の知識のなかにある、おとなしい野生動物の姿とは大きくかけ離れている。あきらかに、かつて旧魔王城付近に生息していた連中とは違う。別種か、それとも変異種か。いずれにせよ──手ごたえのありそうな奴らだ。こうでなくては。

 竜どもの巨体に、地上から撃ち出されたエルフの魔法の火炎が続々と炸裂していく。同時に弓矢も放たれているようだ。どちらも、あまり効いている様子はない。


 一体の竜が唸り声をあげ、地上へ向けてその顎を開いた。赤い炎がチラチラと口中にまたたいている。

 俺はアエリアを鞘から抜き放ち、風を巻いて急突進した。同時にアエリアの刀身がギュンっと伸びる。最高クラスの魔剣のみが備える形状変化の能力。竜の巨体にあわせ、アエリアが自らを最適なリーチに調整したのだ。


 眼前迫る凶竜の威容。いままさに火を噴かんとするその竜の首筋めがけ、アエリアを振りおろす。

 音速を越える刃が、ぶ厚い鱗をものともせず、竜の喉元をばっくりと切り裂いた。たいした切れ味だが、ちょいと踏み込みが浅かったな。一撃で首を叩き落とすつもりだったが。空中での立ち回りなんて初めてのことだから、まだ少々感覚が掴みきれん。


 鮮血を四方へ撒き散らしつつ、竜が激しく身悶える。まだ、自分の身に何が起こっているかすら認識できていないだろう。認識できたところで、そのざまじゃ反撃もできまい。

 俺は僅かに高度をとり、竜の後頭部へ回り込んで刃を叩き込み、斬りおろした。今度は十分な感触。竜の首が、ぼろんっと胴から離れ、地上へと落っこちてゆく。続いて首を失った胴体も、四肢をひくつかせながら、まっさかさまに墜ちていった。まずは一匹。


 ここでようやく、他の竜どもが異変に気付いた。一斉にこちらへ顔を向け、赤い瞳に爛々たる瞋恚の炎を燃やしつつ、びっしり牙の並んだおぞましい顎を開いて、金切り声のような咆哮をあげている。よくも仲間をー! とか言ってんのかな。生憎と竜語なんてのは解さないので、正確なところはわからんが。そもそもこいつらにそんな知能があるのかどうか。

 いつの間にか、地上からの攻撃は止んでいる。エルフも人間も、いまごろは文字どおり仰天して、ひたすら成り行きを見守っていることだろう。いずれお前らを支配し君臨することになる俺の力。存分に見ておけ。あと消火活動も忘れるな。


 俺はアエリアの柄を両手にしっかと握り直し、まっすぐに手近な竜の懐へと飛び込んだ。竜は慌てて前肢を振りまわし、その爪で俺を叩き落とそうとする。遅い。そんな音速にも及ばない動作で、俺をとらえられるものか。俺は竜の爪をかいくぐりつつ、横薙ぎにその腹へ斬りつけ、力まかせに刃を振り抜いた。

 またも浅い。胴体を輪切りにするつもりが、半分くらいしか通っていない。それでも、すっぱりと裂けた腹から、噴血とともに、腸やらなにやら、内臓が飛び出してきた。致命傷だろう。口から泡を噴きながら、竜はまっすぐに落っこちていった。


 残りの竜どもが素早く俺を半包囲し、距離をとりつつ、一斉に口から火炎を浴びせかけてきた。ずいぶん統率の取れた動きだ。闘争本能だけでこんな芸当ができるはずがない。こいつら、相当高い知能を備えている。

 ここからが本番──とばかり、四方八面、飛び交う火線をくぐり抜け、俺はがむしゃらに突進また突進、アエリアを右へ左へ振るい続けた。その一閃ごと、竜どもの四肢をはね飛ばし、胴を斬り裂き、頸部を砕く。魔剣の刃は血風を巻いてなお止まず、いよいよ烈々と鋭さと威力を加えてゆく。血を吸うことで、アエリアの切れ味はぐんぐん増していくようだ。


 さんざん暴れ回って竜どものほぼ半数まで滅多斬りに切り刻んで叩き落とし、俺はようやく空中戦の感覚を掴み取った。踏み込むというより、己の重心を敵にぶつけるぐらいの気持ちで飛び込み、突き破る。この感覚だ。

 俺の背後に回りこんだ一体が、前肢を振りあげ、素早く爪を突き出してくる。俺が身をかわした先に、別の竜どもの火炎が飛んできた。見事な連携攻撃。だが俺を討つには不足だ。俺はアエリアを振り回し、超音速の刃から衝撃波を発生させて火炎を打ち消した。そのまま突進し、手近の竜の額めがけ、大上段から一気に斬りおろす。竜は顔面を真っ二つに割られ、おぎょおおおおおとか気色悪い悲鳴をあげながら墜落していった。残り四匹。


 ──竜どもの動きが鈍い。どいつも明らかに戸惑っている。さきほどまで怒りと憎悪でぎらついていた目に、たじろぎの色が浮かんでいた。この爬虫類ども、やっとこさ状況を理解したようだな。

 四体の竜どもは、一斉に俺に背を向け、大慌てで翼をばたつかせ、離脱しはじめた。こいつらにも、恐怖という感情はあるのか。今更逃げようったって遅いわ。俺様に手向かった褒美として、生きながらに一口大まで切り分け、竜の活け造りにしてくれる。


 俺は姿勢をととのえ、アエリアをかざして追撃した。ほぼ一瞬で追いつき追い越し、先頭を飛ぶ一体の側面へ回り込む。その首筋に渾身の刃を打ちおろし、一刀のもとに首を斬って落とした。

 続けざま、残り三体へ打ってかかる。もはや戦意もなく、空中を必死に逃げ惑う竜どもへ、俺は容赦なく刃を突きたて、ところかまわず刺し貫き、えぐり、断ち割り、切り刻んだ。おびただしい真紅の血煙が碧空に華と咲き、キョエエエエエとかピギャアアアとか高々響く哀れな竜どもの阿鼻叫喚と断末魔。


 ついに最後の一匹がバラバラの肉片と化して落下していくのを見届け、俺はようやくひと息ついた。数が多くて手間どったが、なんとか片付いたな。

 アエリアが脳内に語りかけてくる。


 ──オマエ、ツヨスギル。ナニモノ?


 何者だと思う? おまえも、薄々気付いてるんじゃないのか。俺の魂と意識に、おまえは直接触れることができる。懐かしいものを感じなかったか?


 ──……マサカ。


 そのまさかだ。俺は魔王だよ。かつておまえが仕えた二代目魔王の後釜さ。


 ──……。


 どうした、何とかいえよ。


 ──ステキ。ダイテ。


 いまさら媚売っても遅いわ! いいから、さっさと元の大きさに戻れ。


 ──ハイハイ。


 しゅるるんっとアエリアの刀身が縮み、もとのサイズに戻った。鞘におさめつつ、地上を眺めわたす。被害のほうは、たいしたことはないようだな。すでに火災も消し止められている。

 足元を見れば、歓呼に沸きかえる大群衆。何千人いるんだこりゃ。どいつもこいつも、諸手を振って、上空の俺へ向け、喝采を投げかけてきている。


 俺は高度を落とし、ふわりと地上へ舞い降りた。



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