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036:魔剣の真価

 ルミエルの鞭に応えて、二頭の馬が全速力で駆けてゆく。舗装されてない田舎道。猛烈に揺れまくる箱車の中で、俺はブラストの首入り桶の蓋を懸命におさえている。なんせ中身は塩と生首。こんなもんを車内にぶちまけた日にゃ大惨事だ。

 魔剣は相変わらず俺の脳内で大騒ぎしている。嬉しくて仕方ない様子だ。


 ──バカヤロウ。ハヤクイケ! タタカイダ!

 ──キル! ブッタギル! コロス! コロコロスル!


 おまえなあ。そんなだから、ウロヤカーバなんてフザけた名前を勝手に付けられちまうんだよ。本当はもう少しまともな名前があるんだろ?


 ──アエリア。


 ん? なんつった?


 ──アエリア。ナマエ。


 ほう。ちゃんとした名前じゃないか。アエリア……か。おぼろげながら、聞き憶えがあるぞ。たしか先代魔王直属の高位魔族じゃなかったか。はっきりしたことは今はわからんが、魔王城には何かしら記録が残ってるはず。スーさんに聞けば色々わかるかもな。

 よし。じゃあおまえは、今から魔剣アエリアだ。そう呼んでやろう。いいな?


 ──ワカッタ。チカラ、カシテヤル。タタカウ! コロス! コロセ! ヒャーハーッ!


 もと高位魔族の霊のくせに、頭は悪そうだな。


「アークさま! 煙が!」


 ルミエルが声をあげる。窓から顔を出してみると、彼方に白煙がひとすじ、まっすぐ立ちのぼっているのが見えた。


「心配するな。あれは火災じゃない、狼煙だ。おそらく防衛の戦力を集めるための合図だろう」

「えっ、あれ、狼煙なんですか。よくおわかりですね」

「そりゃ、俺は……」


 魔族の軍勢を率いて戦争してたんだからな。と、言いかけて、やめた。俺もかつて、戦場では頻繁に狼煙を使い、部下どもと連絡を取り合ったもんだ。火災と狼煙の見分けくらいはつく。だが、いまは悠長にそんな説明をしてる場合じゃない。


「……竜ども、案外速いな。実際に火の手が上がるのも、時間の問題だろう」


 竜の群れの移動速度が増しているようだ。この調子だと、全速力で向かっても、おそらく間に合わない。馬車が着く頃には、移民街にも相当な被害が出ているだろう。

 仕方ない。こうなったら、打てる手はひとつだけだ。


「ルミエル。止めろ」

「ええっ?」

「止めるんだ!」

「──はっ、はいっ!」


 ルミエルは大慌てで手綱を引き、馬車を急停止させた。


「アークさま? いったい……」

「説明してる暇はない。俺は先に行く。おまえは後から来い。急がなくていいから」


 俺は箱車から飛び出した。ルミエルは、手綱を握ったまま、きょとんとした眼差しを向けている。

 俺は、腰にさげた魔剣へ手をかけ、語りかけた。


「貸せ。おまえの力を」


 ──チカラ。タタカイ。コロセ。コロセ。


「それはもうわかったから、さっさとしろ」


 ──モウ。セッカチナンダカラ。


 いきなり脱力すんな!


 ──ヤッテヤンヨー。


 魔剣の囁きと同時に、俺の全身を、白い薄膜のような輝きが包み込みはじめた。

 身体が軽い。自分の重さを、まったく感じなくなっている。どうやらアエリアの能力がうまく発動してくれたようだ。


 魔剣ウロヤカーバ改め魔剣アエリア。こいつはたんなる怠け者ではなかった。気付いたのは、つい先刻だが。

 アエリアの強化効果は、所有者に飛行能力を付与するというもの。この能力自体は、さほど珍しいわけではない。魔剣の能力は、封じられた霊魂の生前の能力をある程度反映する。ガーゴイルやヴァンパイアといった、もともと飛行可能な魔族の霊が宿っていれば、その魔剣には所有者を空へ飛ばす力がある。


 当然、そういう魔剣の本領は野外でこそ発揮されるわけだが、前の持ち主──あのブラストは、なぜか窮屈な地下通路にこもりっきりだった。宝の持ち腐れってやつだ。アエリアは、たんに怠けていたのではなく、そんな持ち主の阿呆っぷりに嫌気がさして、ずっと不貞腐れていたのだ。

 いま、新たな所有者とともに、アエリアは久々に、本来のフィールドたる広大無辺の空へ駆け上がらんとしている。その歓喜と興奮が、俺にもハッキリと伝わってきている。


 俺は強く地面を蹴った。たちまち身体がびゅんっと大地を離れ、一瞬にして俺は空へと舞い上がっていた。視界一面に広がる蒼空と緑の大地。おお、こりゃ凄い。俺もこの世界に来てから、今まで色々な経験を積んだが、空中浮揚なんて初めてだ。

 気流を感じる。風が頬を撫で、髪をばさばさなびかせる。四方、さえぎるものもなく、心身とも伸び伸びと心地よい。頭の中でイメージするだけで、上下、左右、移動も自由自在だ。


 足元を見おろせば、馬車はもう親指くらいの大きさ。ルミエルが、ぽかんとこちらを見上げている。ま、あいつは、いまは置いていくしかないな。事が済んでから合流すればいい。


 ──タタカイ! タタカウ! ハヤク!


 アエリアが俺の意識をせっついてくる。まったく、どっちがせっかちだよ。だが気持ちはわかる。竜は、エルフの防衛隊が寄ってたかって迎撃しても追い払うのがやっとの強敵という。それが十数体もいる。こいつは、久々に本気で大暴れできそうだ。

 俺は、白煙立ちのぼる東方めがけ、風を切って、飛翔しはじめた。



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