034:美しき超長命種
トンネルを抜けると、片田舎だった。
エルフの森──なんとなく、もっと鬱蒼たる密林みたいなものをイメージしてたが、木々はまばらで、周囲の視界はよくひらけている。舗装もされてない赤土色の田舎道が、雑草の下生えをかきわけるように、うねうね曲がりくねりながら彼方へ伸びている。晴れた青空からは陽光燦々と降り注ぎ、かすかな風がブナの枝葉をかさかさ揺らしている。至極うららかな風景だ。
エルフの警備兵が二人、馬車に駆け寄ってきた。ルミエルが手綱を引いて馬車を止める。
俺は親書を手に、箱から降り立った。
久々の土の地面。久々の太陽。久々に肌に当たる自然の風。すべてが心地よい。
思えば、トラックに轢かれて以来十六年、俺はずっと地下にいた。こんな何もない、うら寂しい景色でさえ、それが地上であるというだけで、何もかも懐かしく感じられる。
とはいえ、いつまで感傷に浸ってる場合じゃない。手続きをしないと。
俺たちの他にも、小さな荷馬車が二台、エルフの警備兵たちに止められ、積荷をチェックされている。
「はい、ちょっと中を拝見させてくださいね」
「すぐに済みますんでー」
警備兵二人が俺に声をかけてくる。意外にフレンドリーな物腰。どちらもひょろっと長身の、若いエルフの男だ。お揃いの薄緑色のローブは、多分制服なんだろう。腰に木製の片手弓をさげているが、他に武器は帯びていないようだ。耳はちょいと長くてとんがっている。エルフの一番の特徴だな。どちらも、キリリッと整った白皙の超美形。輝くような金髪、切れ長の碧眼。彫刻のごとき完璧で洗練された顔立ちに、しかし作り物ではありえない自然で優美な微笑み。これは想像以上の美形っぷりだ。エルフの実物を見るのは初めてだが、正直、圧倒される。
二人の美形エルフのうち、一方が車内をチェックしに馬車の後方へ回り、残った片割れが俺に質問を投げかけてきた。やけに機嫌よさげな、嬉しそうな顔つきで。
「ご氏名と目的地、それからご用件についてお聞かせ願えますか」
「ウメチカの準男爵、アンブローズ・アクロイナ・アレステルだ。あっちにいるのは従者のシスター・ルミエル。……ウメチカ王の使者として、長老への親書を携えてきた。ただし、公式のものではない」
応えつつ、親書の巻物を差し出し、封緘を示してみせる。ルミエルの手で再封印が施してあるため、開くことはできないが、封緘そのものが王家の紋章になっている。内容を確認せずとも、それで本物の親書であることはわかるはずだ。
「おおっ、貴族さまであらせられましたか!」
親書の封緘を確認しつつ、やたら大袈裟に反応してみせる美形エルフ。何だ? そんなに驚くことでもないと思うが。
「なるほど、確かに見れば見るほど、あふれんばかり漂う気品、典雅な物腰。いや、かくも高貴でお美しいお方が、ご使者として遠路はるばる、わが国へとおいでになり、いまこうして間近にお会いできるとは。ああ、なんたる僥倖……」
美形エルフが陶然と語りだす。
誰が高貴で美しいって? 何を言っとるんだこいつは。いやそりゃ俺様は魔王だから高貴っちゃ高貴な身ではあるが。美しいかどうかと言われりゃ、俺なんぞ完璧にお前らには負けるっていうか足元にも及ばないような。単なる大袈裟な世辞なのか、それとも美的感覚が違うんだろうか。
「目的については承りました。通行を許可いたします。……それでですね、もしお急ぎでなければ、あちらで一緒にお茶などいかがでしょう? あなたとは、ぜひ個人的に親睦を深めたいと……」
美形エルフはニコニコしながら、田舎道の脇にぽつねんと建つ丸太小屋を指し示した。警備兵たちの屯所か何からしい。というか、いきなり、どういうことだ。話が見えん。
そこへ、馬車の点検に回っていた、いま一人の美形エルフが駆け寄ってきた。
「あー、ずるいですよ先輩! 僕がお誘いしようと思ってたのに!」
「早いもの勝ちさ。ささっ、まいりましょう! さあ、こちらへ!」
と、美形エルフが俺の手をそっと掴んでくる。うへぇ、なんか気色悪い。
「残念ながら!」
横あいから、ビシッ! と声が飛んでくる。ルミエルだ。なぜか腰に手を当て、仁王立ちで、こちらへ厳しい眼光を向けている。なんだなんだ?
「私どもは先を急いでおります。一刻の猶予もありません。アークさま、行きますよ!」
「お、おお。そうだな、急がねば。……そういうことで、茶はまた今度だ」
俺は握られた手をスルッと振り切り、ルミエルのもとへ歩み寄った。背後から、いかにも残念そうな声がかかる。
「おお、行ってしまわれるのですか。ウメチカへお帰りになる際は、ぜひあの番屋へお立ち寄りください。お待ちしております、美しい人よ」
「あー、僕も手を握りたかったなー。先輩ばっかりずるいですよー」
なんなんだこいつらは。
──ともあれ、俺は箱車の中へ戻り、ルミエルは御者席へ乗り込んで、さっと鞭を振るい、大急ぎで発車させた。まるで逃げるように。
「あぶないところでしたね」
関所を離れ、馬車を進めながら、ルミエルは心底ほっとしたように言った。
「何のことだ」
尋ねると、ルミエルは軽く首を振った。
「……現在のエルフの総人口をご存知ですか?」
「ん? ……四十万くらいだったかな、確か。以前、おまえからそう聞いたぞ」
「はい。エルフは超長命種で、平均寿命は四百年にも及びます。しかし繁殖力、出産率は全体として低く、総人口はこの千年、ほぼ変動していないと聞きます」
「寿命が長いぶん繁殖力が低いってのは、自然界では割とよくある話だと思うが……そうやってバランスを取っているんだろう」
「そのバランスの取り方が問題でして」
「問題?」
「実は……」
一拍おいて、ルミエルはおごそかに告げた。
「エルフは、総人口のおよそ八割が、ガチの同性愛者なのです」
なんじゃそりゃあああああああああ!
「な、ちょっ、待て……ていうことは……まさか、さっきの……」
俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。猛烈な動揺を必死に抑えつつ、おそるおそる確認してみる。
ルミエルは平然と答えた。
「ええ。アークさまのお尻、思いっきり狙われてましたよ」
アッー!




