032:キャンプファイヤー
最後の宿場は、馬車を繋ぐスペースと簡易宿泊所だけのシンプルな構成。出店もない。しかし意外と人も馬車も多い。
「いつもは、もっと閑散としてるんですけどね。たいていの旅行者はここを素通りしてしまうので」
ルミエルが軽く首をかしげる。確かに、こんな何もないところに、わざわざとどまる理由もないような気がするが。俺たちも、ここは素通りして、今日中に地下通路を抜ける予定だ。
宿泊所の前まで通りかかったとき、何人かの男たちが慌てて駆け寄ってきて、前にたちはだかり、声をかけてきた。姿格好から、旅商人のようだ。
「おぉい、あんたら! あっちの宿場から来たのか?」
「あっちのほうはどうなってるんだ、教えてくれ!」
口々に訊いてくる。ルミエルが手綱を引き、馬車を止めた。
俺は窓から顔を出し、商人どもに訊き返した。
「……何の話だ?」
「盗賊だよ、盗賊! あっちの宿場までの道で、ブラストが待ち伏せしてるって噂で、みんなビビって進めなくなってんのさ! あんたら、盗賊に遭わなかったのかい?」
俺とルミエルは顔を見合わせた。俺は軽くうなずき、ルミエルに説明を託す。
「賞金首のブラスト・ルーバックは、さきほど、こちらのアークさまが討伐なさいました」
「……え? 討伐?」
商人どもの顔に驚嘆の色が浮かぶ。
「ほ、本当かね?」
俺は箱車から、木桶を持って通路へ降り立った。
「こいつが証拠だ」
桶の蓋を開け、中身を商人どもに示してみせる。塩漬けにして防腐処理を施したブラストの生首だ。
俺にしてみれば、こんな気色悪いもんを馬車に積みたくなかったが、なんせ高額賞金がかかってるってことで、ルミエルが熱心に持っていくことを主張したのだ。ならばと、魔剣の試し斬りもかねて、ブラストの首をサクッと切り落とし、ここまでテイクアウトしてきた次第。
「おお、この顔の傷跡……こりゃ確かにブラストだ! こいつは凄い!」
「たいしたもんだ! あんた、こりゃ大手柄だよ!」
商人どもの声を聞きつけ、遠巻きに見守っていた他の旅行者たちまで、わっと一斉に駆け寄ってきて、俺に賛辞を浴びせはじめた。
「あのブラストを退治しちまうなんて! 凄いなあんた!」
「おおっ、ブラストの魔剣だ! そいつも持ってきたのか! あんた平気なのかい?」
「これで安心して先に進めるな! あんたのおかげだ!」
あーもーうるせー。あんなカス一匹潰したくらいで騒ぎすぎだおまえら。
「あんた、アークとかいったか? よっぽど腕のいい剣士みたいだな! ブラストとはサシでやりあったのかい?」
確かにサシっちゃサシだが……水平チョップ一発で終わったとか言っても信じないだろうな。
「そのへんは、ご想像に任せるよ。俺は降りかかる火の粉を払っただけだ」
うう、なんか自分で言っててムズ痒い。こういう台詞はどうにもキザったらしくて、俺の性にあわん。
──そうだ。俺自身にはさっぱりそんな実感はないが、こいつら庶民にとって、ブラストの討伐がそれほどの大手柄という認識なら、これはちょいと利用できるかもしれん。
「なぁ、あんたら、詳しい話とか聞かせてくれよ!」
「そうそう、どうせ急ぐ旅でもないだろ? 少しここで休んでいきなよ。酒と食い物くらい、俺らの積荷から出してやるからさ」
商人どもが熱心に引き留めてくる。たんに交易路の安全が確保されたことを喜んでいるだけではない。ようは、ブラストとの血湧き肉踊るような戦いの顛末を、若き英雄の口から直接聞きたい、と。どいつもこいつも期待に目を輝かせている。実際、こんな機会、そう滅多にあることじゃないだろうしな。
よしよし。ならば、その期待に応えてやろうじゃないか。
「へええ。そんなに大変だったのかい」
「ああ。ブラストは強かった。俺は必死に奴の斬撃をかわし続けた。本当に危なかったが、ギリギリのところで一撃当ててな。これが逆転の糸口になったのさ」
夕方。駐車スペースのど真ん中に火を焚き、居合わせた旅行者たち全員が、その周囲に集まって、みな俺の武勇談に聞き入っている。さながらキャンプファイヤーだ。酒と食い物もふんだんに用意され、すっかり宴会になってしまった。
「……手傷を負わせ、ブラストの動きが鈍くなった。ここだ! と、俺は一気にブラストを追い詰め、渾身の一撃を叩き込んだ。それで、さしものブラストも、とうとう膝をついた。口から血を吐きながらな。このときブラストは、ようやく正気に戻ったんだ」
ほぉー、とギャラリーの溜息が洩れる。
──なんで俺様がわざわざ、こんな口からでまかせを吹きまくってるかというと。
この旅行者たちは、これからウメチカへ向かう。連中は必ず、ブラスト討伐のニュースと、ここで語られる英雄譚を、嬉々として知人縁者に伝え、ひいてはウメチカ中に広めようとするだろう。そこに、ある情報を付随させる。これまでウメチカの庶民が知らされてこなかった、ある事実を。
ルミエルは俺の傍らでニコニコ微笑みながら酒を呑んでいる。俺のデタラメ話に一切突っ込みやフォローを入れないよう、あらかじめコッソリ言い含めてあるため、ひたすら黙って、ときおり相槌を打つ程度だ。
「で、ブラストは何と?」
ギャラリーのボルテージはいよいよ最高潮だ。
「……自分は魔剣に取り込まれ、堕落してしまった。だが、おまえが勇者ならば使いこなせるはずだ、と言ってな。俺に、この魔剣を託して、ついにブラストは事切れた」
おおおぉー、と潮のごとく、感嘆の声が沸き起こる。うぅーむ、自分でも呆れるくらい、いい加減なホラがどんどん口をついて出てくるぞ。場の雰囲気とか空気とかが、そうさせるんだろうな。飲み屋や宴席で盛り上がったおっさんが気宇壮大なホラを吹きたがるのと同じだ。だが、なにげに必要なキーワードは盛り込んでおいた。
「なあ、勇者ってなんだい?」
さっそく質問が飛んでくる。よしよし。素早い反応だ。
ふと傍らを見ると、ルミエルの顔色に若干の変化が生じていた。
勇者の伝説は、王家に近しい人々だけが知る秘密。それをここで洩らすのは──と、その表情が語りかけている。
俺はあえて気付かぬふりで、質問に答えた。
「勇者は、聖痕を持ち、魔王を倒す使命を帯びて生まれてきた人間のことだ」
「ま、魔王を? 倒すだってぇ?」
俺はすかさずシャツの襟首をぐっと引っ張って、右の肩口をあらわにしてみせた。
「……これが、聖痕だ」
ギャラリーに、ひときわ大きなざわめきが生じた。
これでいい。勇者の伝説の詳細や、その実在について、彼らに完璧に信じてもらう必要はない。重要なのは、勇者とは魔王を倒す正義の味方であり、その勇者を名乗るアークなる人物が、大悪党ブラストを討ち、交易路に平和と安全をもたらした、という事実だ。
彼らは、この情報をウメチカの市井へともたらし、せっせと流布につとめるだろう。
王宮がこれにどう反応しようが、ブラストが死んだ事実は消えないし、人の口に戸を立てることもできない。
これが布石となる。後々、俺がよりスムーズにウメチカを掌握するためのな。




