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031:魔剣は囁く

 ありあまる力をセーブしながら、いかに効率よく敵をさばいていくか。

 その微妙な感覚と匙加減を、ある程度までは掴めた気がする。そういう意味で、けっこう有意義な戦闘経験だった。戦闘つうか、ほぼ一方的に虐殺しまくっただけだが。


「このブラスト・ルーバックという人、有名な賞金首ですよ」


 いつの間にか馬車から降りてきたルミエルが、ブラストの死体を前に説明する。


「昔はウメチカ王宮の騎士で、あのアクシードさんの同僚だったそうです。王国最強騎士の称号まで授けられた凄腕でしたが、なぜか突然、出奔して、この地下通路で盗賊団を組織して、商人や旅行者を襲うようになったんです」


 王国最強騎士? この勘違い親父がか。なんの冗談だそりゃ……いや、俺様が規格外に強すぎるだけか。確かに人間基準なら、そこそこの使い手だとは感じたしな。


「もとは真面目で高潔な人柄だったそうですが、魔剣を手に入れてから、すっかり人が変わって残忍な性格になり、平気で人を斬り殺すようになった、といわれています。魔剣の闇の魔力に魅入られ、取り込まれてしまったのではないか、と」

「魔剣ってのは、これか?」


 俺は足元に落ちていた剣を拾いあげた。さっきまでブラストが握ってた黒い長剣だ。名前はなんつったっけ。バカヤロウとかいってたかな。いや、逆だ。ウロヤカーバだ。誰だ、こんなふざけた名前をつけた奴は。


「あっ、ダメです! むやみに触れては──!」


 ルミエルが慌てて声をあげる。つっても、もう遅いが。

 剣の柄を通して、かすかに、妙な力が流れ込んでくるのを感じる。同時に。


 ──コロセ。

 ──コロセ。


 と囁く声。

 おお、このタイプか。これなら魔王城の蔵にも、同じようなのがいくつか保管してある。魔剣というのは、悪霊──おもに死亡直後の魔族の霊魂──を無理やり封じ込めた、一種の呪いの剣だ。様々な種類があるが、使用者の肉体や感覚を多少なりと強化する性質のものが大半だ。


「心配無用だ。そんな大層なもんじゃない。ちょっとした呪いがかかってるだけだな」

「え……大丈夫なんですか?」

「俺は問題ない。ただ、ルミエル、おまえは間違ってもこいつに触れるなよ。耐性のない凡人には危険な代物だ」

「は、はい。わかりました」


 魔剣の鍛造技術は魔族の専売特許で、魔族以外はまともに使いこなせない。いや、使えないことはないが、たいてい悪霊が発する魔族特有のさまざまな負の衝動に耐えられず、本来の人格を押し流され、いわゆるダークサイドに堕ちてしまう。このブラストとかいう間抜けのようにな。俺の場合、肉体は人間でも、もともとの精神構造がアレなもんで、とくに影響はなかったりする。

 封じ込められている悪霊の質によって、魔剣の効果はかなり違ってくる。多くはオークやゴブリンといった低級魔族の霊魂を封入鍛造しただけの粗悪品だが、稀に高位魔族の魂が封じられている場合もある。そういう剣からは、当然、かなり高い効果を得られるし、最上位のものともなれば、状況に応じてリーチや形状を自在に変化させる能力すら備えている。このウロヤカーバとかいうのは、どうなんだろうな。


 ──コロセ。

 ──コロセ。


 剣は、まだ囁いてきている。しかし、あまり熱心な感じではない。


 ──コロシ。

 ──コロセバ。

 ──コロストキ。


 ……意外にお茶目な奴だ。


 ──……。

 ──……。


 おや、静かになった。


 ──オヤスミ。


 寝んな!

 ……どうもこの剣、握った感じでは、一応、かなり力のある魔族の魂が宿ってるようだ。割とレア品だな。ただ、なんか怠け者っぽい。自分の力を所有者に与えるのを面倒くさがっているふしが感じられる。ブラストが思いの他弱いと感じたのもそのせいだろう。持ち主にさほど恩恵を与えず、精神だけ堕落させるとか、ある意味、悪霊の鑑みたいな奴だ。ちょっと気に入ったぞ。


 強化効果は得られなくても、刃はなかなか見事に研ぎ澄まされているし、切れ味はよさそう。普通の剣として、じゅうぶん実用に耐えるだろう。こいつは貰っていくとしようか。

 俺は、剣を鞘に収めて、腰にさげた。これで俺もソードマスターってか。素手でも戦えるが、剣で斬るほうが手が汚れずに済むしな。


 おい、ウロヤカーバとやら。今から俺が所有者だ。拾ってやるんだから少しは感謝しろよ。


 ──……。


 へんじがない。ただのなまけもののようだ。


 ふと、物音がして、そちらへ顔を向けると、いつの間にかルミエルが俺のそばを離れて、盗賊どもにひっくり返された馬車の残骸のそばにしゃがみ込み、なにやらゴソゴソやっている。遺体から金品を抜き取っているようだ。


「何かいいものがあったか?」

「……ええ。指輪やネックレスなんかはもう盗賊たちに奪われてしまったようですが、カフスボタンや髪留めが残ってて。宝石が付いてますので、売ればいいお金になりますよ」


 ほくほく笑顔で応えるルミエル。その無邪気っぷりがむしろ怖い。

 こいつは、魔剣なんぞ握るまでもなく、はなからダークサイドの住人みたいだな。



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