003:冥闇の銀雷
「……ならば、その力、見せてもらおうか。さあ、わが腕のなかで息も絶え絶えに喘ぎ悶えるがよい!」
あ、なんか台詞間違った。悶えさせてどうする。まあいいか。周りの部下どもがちょっと引いちゃってるけど、気にしない。
人間どもが一斉に弓をつがえて、俺様に矢を放ってきた。物凄い量だ。イナゴの大群が襲い掛かってくるみたいな感じ。いや実際そんな目にあったことはないが、なんとなくな。
残念ながら、俺の周囲には結界が張ってあって、矢は全部、あさっての方向へそれてゆく。
例のボクちゃんも、なんかいわくありげな弓を抱えて、びゅんびゅんと不思議な矢を放ってくる。一発ごと、かなり強い魔力を帯びてるようで、まともに当たれば、俺でもけっこう痛いだろうなこれ。万一、眉間とかに突き刺さったら俺死ぬかも。だが、結界を突き破るほどの力はないようだ。残念。
あーあれ、閃炎の魔弓とかいうレア品じゃないか。エルフの秘宝とかいわれてるやつ。くそエルフども、やっぱり人間どもに肩入れしてやがったか。どうせあれだろ、エルフの長老とかから、これで魔王を倒してください! とかいって押し付けられたんだろ。で本人もその気になって、これならいける! って思ったんだろうなあ。本当に色々と残念な奴だ。
矢の次は、石とかデカい岩とかがびゅんびゅん飛んできた。投石器を使ってるようだ。手作りにしてはなかなかの精度。だが当たらなければ、どうということはない。
「どうした? 汝らの力は、この程度か」
例の怖い声で挑発してやると、今度は黒ずくめのローブ着た集団が前に出てきた。ざっと見て百人くらい。暑苦しい格好してんなぁ。あのローブの下、なんか汗でグショグショになってそうだぞ。
黒ずくめ集団が一斉に手をあげる。それぞれの手に、小さな火の玉がぽんっと浮かんだ。そいつを俺めがけて投げつけてくる。なるほど、こいつら魔術師か。しかし、これまた残念なことに、魔王には人間ごときの魔法は一切通じない。いや、当たるには当たるんだが、当たっても痛くないんだよな。むしろ吸収しちゃう。しかも気持ちいい。
矢石もダメ、魔法もダメ。さすがに人間ども、焦りはじめたようだ。いいねえこの感覚。まさに絶望へのカウントダウンって雰囲気。
ボクちゃんが剣を振り回して叫んだ。
「ひるむな! みんな、進むんだ! 城門を突破すれば、かならず活路は開ける!」
それって、この巨大魔王さまめがけて、正面から突っ込むって言ってるのか? おい、そりゃ無策すぎるだろ。もう少し考えて喋れよ。後ろの人間どもも、うぉーっ! とか応えてんじゃねえよ。ちょっとは頭使って戦おうとか思わんのか。
もういいや。そろそろ頃合だな。
俺はおもむろに、両手を天に差し上げ、どこへともなく呼ばわった。例のおどろおどろしい声で。
「来たれ――冥闇の銀雷!」
どっから湧いてきたのか、黒雲が四方から上空をサーッと覆ったかと思うと、いきなり数千条の稲妻が、光の滝みたいに人間どもの頭上へ落ちかかった。炸裂する閃光、地を揺るがす轟音とともに、城外一帯を物凄い勢いで電流が駆け抜けていく。
別にこんな技名とか叫ばなくても、ちょっと念じるだけで、雷くらい普通に落とせるけど。あれだ、気分っていうか、演出っていうか。冥闇の銀雷ってのは、いま適当に思いついた名前だ。
人間どもの軍勢は、この一発だけで、ほとんど消し炭になっちまった。他愛のない奴らだ。例のボクちゃんも、まだバチバチと電流の残滓弾けるなか、馬ごと黒焦げになって、モヤモヤプッシューっと煙を噴きながら転がってる。あっさり即死とは。最後まで残念な奴だ。
さて、兵隊どもは全滅したが、一応、まだ生き残ってるのがいる。わざと外してやったんだがな。陣の後ろのほうにいた女どもだ。兵隊たちの女房とか愛人とか娘とかだろう。あと女魔法使いとか女僧侶とか女賢者とか。ちょうど二千人くらいはいるな。たとえ女子供とて、ひとたび俺に牙を剥いた以上、情けは無用。
「城門を開けよ!」
部下どもに指図すると、待ってましたー! とばかり、部下どもが門を開け放って、ウギョログボハゲヘヘェーとか、なんとも表記しづらい奇声を発しながら城外へなだれ出ていった。およそ二千匹のオーガやらコボルドやらの魔族どもが、一斉に女どもへ飛び掛かって、たちまち阿鼻叫喚の巷。といっても殺しはしない。あの女どもには今後、繁殖奴隷として魔族を産み殖やすという新しい人生が待っている。せいぜい強く生きろよ。
……で、なんとも楽しそうに繁殖にいそしんでやがるな、あいつら。あー、なんかこう、俺も参加したくなるわ。でも部下どものを横どりするのもな。ハーレム行くかー。
「ふんっ!」
と気合を入れて、巨大化を解き、しゅるしゅるっと元の身長に戻る。スーさんがアゴをカクつかせながら近寄ってきた。
「さすがは陛下。一撃でございましたな」
「はっはっは。もっと褒めろ」
「いよっ、陛下! 世界最強! 天下無双!」
「わはははは」
「この鬼畜! ド腐れ外道!」
「わはははは!」
普通なら悪口なんだろうが、なんせ魔王だしなぁ。ド腐れ外道なんて最上級の褒め言葉だよ。さすが魔族一番の腰巾着、俺をおだてさせたら右に出る奴はいないな。いや、スーさんは単なるたいこもちじゃなくて、これで色々凄い能力を持ってる魔族の宰相なんだけど。
「あ、スーさん、俺ちょっとハーレム行ってくるから。後始末は頼むわ。レア品の弓が落ちてるんで、回収して蔵に入れといて」
「かしこまりました」
俺は王宮へとひとり引き返した。徒歩で。のっしのっしと。
実は瞬間移動って一日一回しか使えないんだよね俺。女子寮に入り込んで下着盗んでも、じゃ出るときどうすんだっていう。あと巨大化も一日一回だし。魔王も万能ってわけじゃないんだな。