029:魔法のボディ
夜更け。
スイートルームのダブルベッドで、俺はルミエルを猛烈に激しくとことん徹底的にくすぐりまくって完膚なきまで失神させ、ひとり宿を抜け出した。
夜時間ということで、天井の照明光は完全に消えて真っ暗になっている。ただ、辻ごとに小さな街灯のようなものが設置されており、最低限の明かりは確保されていた。
暗い夜道を歩き、例の竜ステーキ専門店の裏手に回る。すでに閉店後。勝手口から、変装スーさんが微笑みながら出迎えてくれた。
「陛下、こちらでございます。いま、店内は無人ですので」
見た目も声も、あの黒髪の可憐なお嬢様だが、口調はいつものスーさん。どうも調子狂うな。
スーさんはテーブル席の椅子をひとつ引っ張り出して俺にすすめ、俺が座ると、そっと、その前に跪いた。
「お呼びたていたしまして、申し訳ございませぬ。いくつか、お伝えすべき事柄がございまして」
「別にかまわんが、なにかあったのか。こっちの事情は把握してるんだろう?」
「はい。それはもう。ただ、神魂が申すには、エルフの結界内には神魂も力を及ぼせぬとのこと。ゆえに、ひとたび陛下が結界に入られますと、以後、我らは陛下の動静を伺い知ることができなくなりまする。私の瞬間移動をもってしても、あの結界だけは抜けられませぬゆえ、エルフの森では、我らは陛下のお役に立てませぬ。どうか十分にお気をつけ下さいませ」
なるほど。完全に孤立無援になると。まあ……ぶっちゃけ、俺のほうでは、魔族の援助はとくにアテにしてないんだが。スーさんたちにしてみりゃ、心配なんだろうな。
「わかった。気を付ける。そういうことなら、なるべく早めに結界を解除するなり、ぶっ壊すなり、やっておくとしよう」
「は。それと、いまひとつ。これはチー殿からの言付けでございます」
「チーから?」
「はい。ウメチカで陛下の覚醒に使われた、ダイヤモンド・アイというリングについてでございます。古文献の記述から、あれは賢者の石の模造品と判明いたしまして。完全物質ではないものの、それに近い構造を持っておるそうです。これは陛下のお役に立つアイテムかと」
ほう。あの王様の指輪がな。そりゃ興味深い。俺自身はしいて完全物質の助けを必要としないが、それでも手許にあれば何かと便利な道具になりそうだ。
「わかった、手に入れるとしよう。ただ、今はまだ、そこまで手が回らん。まずエルフどもを制圧せんとな。その後だ」
「なんでしたら、私が奪ってまいりましょうか?」
おお、その手があったか。……と思ったが、いくら瞬間移動できるからといって、スーさんにそんな危険を犯させるわけにはいかん。あれは勇者覚醒の儀式にのみ用いられる秘宝のはず。保管場所もわからないのに、単身で潜入活動なんて危なっかしくて任せられない。瞬間移動にも回数制限があるしな。
「……いや、どうせウメチカには後で戻ることになるからな。そのときに王の方から正式に差し出させてやる。ウメチカの王位ともどもな」
俺が宣言すると、スーさんは眩しそうに俺を見上げ、微笑んだ。うひぇ、なんつう可愛らしさ。もとサキュバスとはいえ、そんじょそこらの美少女どもが束になってもかなわんぞ、この魅力。
「さすがは陛下。では、チー殿にもそのように伝えておきまする」
「で、スーさん。ひとつ訊いていいか」
「はい。なんでございましょう」
「……なんで、こんなとこでウェイトレス?」
「ええ。実は前々から、一度やってみたかったのでございます」
スーさんは嬉しそうに笑った。いやだから、ほんとやばいってその笑顔。何がやばいって俺の理性が絶体絶命大ピンチ。
「昨日、この新型ボディの完成にあわせ、試しにウェイトレスの格好をしてみましたところ、王宮でも大変評判がよろしく。これはぜひ陛下にも一度ご覧いただきたいと、今朝がたより、ここでアルバイトをしながら、陛下のご到着をお待ちしておりました」
「新型ボディ? もしかして、この間言ってたやつか」
「はい。これは先日のものと異なり、単なる着ぐるみではございませぬ。チー殿のご協力を仰ぎ、さまざまな魔法技術を投入して作り上げた、限りなく本物の女体に近い魔法のボディでございます。五感すべて忠実に再現可能で、胸の鼓動、熱い柔肌、あふれる体液、そして下腹部の挙動、感触にいたるまで、どこまでも自然で完璧なつくりに仕上がっておりまするぞ。私とチー殿の共同製作、魂の結晶でございます」
なんの魂だ。なんの。おまえら何を遊んどるのか。
「……陛下。お試しくださいませ」
うっすら頬を染めて、スーさんが――黒髪の美少女が、懇願するように上目遣いを向けてくる。なんという――なんという愛くるしさ。いかん。これは着ぐるみだ。ニセモノだ。いくらよくできてるといっても。俺は理性を総動員して抵抗する。
だが。
お嬢様スーさんは、跪いたまま、つと手を伸ばし。俺の膝あたりを、そろそろとまさぐりながら。
俺の太股へ、そっと頬をすりよせて。切なげに、ささやいてきた。
「陛下……私、ずっと……ずっと……お慕い、申しておりました……」
俺の理性は瞬時に消し飛んだ。
がばあっと飛び込むように押し倒し、以下自主規制のあんなシーンやこんなシーンへと一気に突入してゆく。お見せできないのが残念。
店内の時計は夜明け前を指している。もう何ラウンドこなしたか、数えてすらいない。ほぼ無限の体力を持つ俺様が失神寸前に追い込まれるほど、スーさんはとことんまでに俺を吸い尽くし、心底満足げに俺に寄り添った。
これ、常人なら間違いなく死んどるわ。スーさんの魅力と魔法のボディの強烈コラボ、恐るべし。
「陛下……。エルフの森では、本当にお気をつけくださいませ。あそこは我々にとって、まったく未知の領域。何が起きるかわかりませぬゆえ……」
「ああ。心配性だな。スーさんは」
「私は、いつだって心配しております。陛下をこの世界に召喚したのは、私なのですから。あれからずっと、陛下のことを気にかけない日はございません。陛下……愛しい魔王陛下。かならず願いを果たし、城へご帰還くださいませ。ずっと、待っておりますから」
ささやきながら、スーさんは俺の胸に頬をうずめてきた。
俺は無言で、その髪を、そっと撫でてやった。




