028:宿場町の美味
馬車は、次の宿場目指してひた走る。
ルミエルは一心に手綱を操り、動力室で寝こけて遅れた分の行程を取り戻そうと躍起だ。その背中を見守りつつ、俺は箱の中に座って、考えを巡らせ続けた。
結局、再会の約束を交わした後、ミラは祭壇の床下へ戻り、再び眠りについた。いずれ俺が戻ってくるまで、おとなしく寝て待っている、と。やがて赤い霧も消えたので、ルミエルを叩き起こし、旅を再開した次第。
ルミエルには、動力室での出来事は話していない。別にそんな必要もないしな。
ミラを助ける方法は、まだとくに思いつかないが、そう難しいことではなさそうな気がする。チーあたりなら、何か妙案を出してくれそうだ。ただ、いまのところは後回しにせざるをえない。エルフどもの制圧。これが最優先だ。
「もうすぐ宿場に着きますよー」
ルミエルが声をかけてきた。
「お。なんとか出店の営業時間内に辿りつけたか」
俺は車窓から顔を出し、前方を確認した。時刻はもう夕方過ぎ。
地下通路に四箇所ある宿場のうち、ここが三つ目。ルミエルの説明では、ここは地下通路内では唯一、清潔でまともな宿泊施設を備えており、出店も数多く出ているという。定住して商売をしている住民も多く、ちょっとした宿場町になっているとか。理由は遺跡から地下水脈へと通じる水道設備があり、豊富な水をいくらでも汲み上げることができるから。ようは地下のオアシスだな。
馬車小屋に箱馬車を預け、俺たちは宿へと向かった。小さな町だが、天井はかなり高く、圧迫感のようなものはあまり感じない。しっかりした石造りの建物が並んでいて、ちょうどウメチカの中心市街の一区画を切り取ったような風情だ。人込みというほどではないが、往来は賑わっている。やはり交易路らしく、旅商人の姿が多い。
ルミエルの案内で辿りついた宿屋は、あまり飾り気のないシンプルな建物。ところが内部は思いのほか豪華で、広々とした玄関ロビーには、きらびやかな黄金のシャンデリア、大理石の床に赤絨毯。なんと贅沢な。奥のほうには食堂があり、旅商人たちのトレーディングスペースにもなっているとか。
受付で戦士の剣を見せると、手続きの後、貴族専用のスイートルームに案内された。ここもロビーに負けず劣らず高級感たっぷりの内装だ。ルミエルはニコニコしながら荷物を置き、ダブルベッドに腰かけた。
「お金のほうは、心配いりません。教会の予備費を金庫から引っ張り出して、持ってきてますから。そこそこの贅沢はできますよ」
それ横領っていわんか。いや、突っ込むだけ野暮だな。馬車だって教会のものだし。
「宿も確保したし、買い物に出るか。ここなら白パンも売ってそうだな」
「もちろんです。他にも、いい食材が揃っていますよ。あと、ここには名物料理があるんです」
「ほう、どんな」
「竜のステーキです。とっても美味しいんですよ!」
なんと。あの竜を料理して食っちまうのか。その発想はなかった。魔族の連中でも、竜を食材にしようなんて思い付く奴はいなかったし。だが旨いというなら、ぜひ味わっておかねば。
「じゃあ、晩メシはそれでいこう」
「はい、お店はすぐ近くですから。ご案内しますね」
俺たちは急いで部屋を後にした。早く行かないと店が閉まってしまう。
竜ステーキの専門店。店内はテーブルの六席のみで、カウンターはない。こじんまりとしてるが、清潔で感じのいい店だ。客は俺たちの他に七、八人ほど。
俺たちは店内奥の空きテーブルについた。なんとか閉店時間には間に合ったようだ。
価格表を見ると、ステーキの等級が記されているが、最低のものでも、平均的ウメチカ庶民世帯一ヶ月分の生活費に相当する金額だ。最高級となると、その三倍くらいの値段になる。ルミエルは当然のように最高級ステーキ二人前を注文した。いったい教会の金庫から、どんだけちょろまかしてきたんだよ。そこそこ贅沢なんてもんじゃねえぞこれ。
「竜肉が食用として扱われるようになったのって、割と最近のことなんですよ」
料理が来るまでの間に、ルミエルが説明してくれた。
「竜って、以前は、ずいぶん北のほうにしか棲息していなかったんです。それが、ここ十年くらいの間に、暴走した竜の群れが南下して、エルフの森を襲撃するようになって」
「ああ。王様もそんな話をしてたな……」
俺の知る限り、竜は図体はでかいが草食性のおとなしい動物で、他の野生動物を襲うようなことはなかったはずだ。この十年ほどの間に、いったい何があったのか。エルフだけでなく魔族も襲撃を受けているという話だしな。ウメチカ王は魔王のせいだというが、そんなわけあるかい。俺にもさっぱり心当たりがないんだから。
「それでも最初のうちは、たいした被害はなかったらしいんですが、年々攻撃が激しくなってきて、いくつかの集落が壊滅してしまったそうです。それでエルフ側も、本格的に迎撃部隊を編成して対抗するようになったという話です」
「で、返り討ちにした竜を食うようになったってわけか」
「ええ。ただ、竜を仕留めるのはかなり大変だそうですけどね。全身、硬い鱗で覆われているうえ、空を高速で飛び回り、口から火を吐いて攻撃してきますから。基本的には追い払うのがやっとで、たまたま攻撃が当たって弱った個体に、さらに戦力を集中させて、どうにか倒せるということらしいです。竜一体につき、最低でも魔術師と弓使いが十人ずつ、合計二十人は必要になるとか」
この世界の竜って、火を吐くようなトンデモ生物じゃなかったはずだが……。それは本当に俺が知ってる竜なんだろうか。姿が似てるだけの、別の生き物なんじゃないかって気もする。穿ちすぎかもしれんが。
「……てことは、竜肉ってのは相当レアな食材なんだな」
「確かに、かなり貴重な食材なのは間違いありません。それに、竜肉はとても傷みやすくて、すぐに腐ってしまうので、ウメチカまで運ぶのも難しくて、交易品としては扱われていないんです。せいぜい、この宿場までが限度らしいですよ」
「魔法で冷凍とかしてもダメなのか?」
「冷凍すると、風味が大幅に損なわれて、食用に適さないくらい不味くなってしまうそうです」
「そうか。うまくいかんもんだな……」
料理が運ばれてきた。鉄皿の上でジュウジュウと肉汁をあふれさせる白い肉。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、食欲をそそる。見た目は鶏肉っぽいが……?
ナイフを入れると、すすっと切れる。おお柔らかい。フォークで一切れ、そっと口に入れて、噛みしめ――。
――おおおおおっ? とろけるような食感で、口の中に、じんわり、ほわぁーんと広がっていく、この甘み、旨み! 牛肉よりもまろやかで、豚肉よりもコク深く、しかして鶏肉よりもさっぱりと! こりゃーヤバい!
かつて魔王として美食三昧を尽くしてきた俺様にして、いやもう、まったく未知の美味。まさか竜肉がこれほどのものとは。俺は夢中でナイフとフォークを操り、貪り食った。
「お気に召しましたか?」
ふと、横あいから声がかかる。いつの間にやらテーブルの脇にポット片手にウェイトレスが立っている。お茶をつぎ足しに来たようだ。その顔を見て、俺は内心、ギョッとした。
ウェイトレスは、あのお嬢様。変装したスーさんじゃないか。なんでここに?
「……ああ。初めて食ったけど、こりゃ旨いよ」
俺は必死に平静を装いつつ応えた。くそう。そのウェイトレス服は反則だぞ。可愛すぎて俺の理性がヤバいわ。これで着ぐるみじゃなきゃなあ。
「それは何よりです」
お嬢様スーさんは、お茶をつぎながら、そっと俺に向けて掌を開いた。ルミエルには見えないように。小さな羊皮紙のカードに、走り書きのメッセージ。
――後ほど、おひとりで店の裏へおいでください。あなたのスーより。
スーさんは流れるような手際で俺とルミエルのお茶をつぎ終えると、「ごゆっくり」とにっこり笑って、厨房へと立ち去っていった。
わざわざあんなメッセージを見せにきたってことは、こっそり会いたいってことだな。急に何事だろう。
ていうか、あなたのスーって。相変わらずお茶目な骸骨だ。




