027:二代目勇者は戻らない
二代目勇者が遺跡へやってきた目的は、エリクサーの破壊。
あらゆる物質を対価無しに練成する完全物質――その悪用を防ぐため、だそうだ。こんなチートアイテムが、もし自分の宿敵である魔王の手に落ちでもしたら、どういうことになるか。ならば先手を打って自分の手でぶっ壊しておこう、と判断したわけだな。まあ気持ちはわからんでもない。
「見た目は可愛いボクちゃんって感じなのにさぁ、もうメッチャクチャ強くてね。つっても、さすがにデコピン一発でケリがついたりはしなかったけど。あたしも頑張って、割といい勝負になったんだ。なんせエリクサーはあたしの命綱だからね。壊されちゃたまらないと思ってさ」
ミラは身振り手振りも交えて熱心に語った。最初のうちは、ほぼ互角の勝負だったらしいが、やがてミラは勇者に太刀筋を見切られ、剣をはじき飛ばされてしまった。その後、勇者はなおも抵抗するミラを組み伏せ、頑丈な鎖で甲冑ごと縛りあげて拘束したという。なんせミラはアンデッドだから、斬ろうが潰そうが即座に復活してしまうからな。なかなか的確な判断だ。
「そうなっちまったら、あたしにできることは、ひとつしかないよ。必死に、もう泣きながら、お願いしたんだ。壊さないでくれって。エリクサーが壊されたら、あたしは腐って死んじまうんだって。そしたら……」
「そしたら?」
「あいつ、すっげー困ったような顔してさ。そんな事情があるとは思わなかった、って。それから、あたしの鎖をほどいて、言ってくれたよ。あたしを人間に戻す方法を探してみる、って」
「ほう……そりゃまたお人好しな」
「だろ? やっぱそう思うよな。でもあいつは、困ってる人を助けるのは当然だ、それが勇者だ、なんて真顔で言うんだよ。あたしは、勇者ってのがなんなのか、よく知らなかったけど、魔王を倒す力を持って生まれた奴のことを、そう呼ぶんだってね」
「まあ、そうだ」
二代目勇者は俺と違って、あの良心回路の影響をモロに受けてたはず。だから本気でミラに同情したんだろうな。
その後、勇者はミラをどうにか救おうと、試しに蘇生魔法をかけたり、手持ちの様々なアイテムを使ってみたりしたが、効果はなく、結局、手の施しようもないまま遺跡を去っていった。去り際、勇者とミラは、ある約束を交わしあったという。
「地上で、あたしを元に戻す方法を探して、またここに戻ってくるって、あいつは約束してくれたんだ。そのかわり、自分が戻ってくるまで、エリクサーが魔王の手に渡らないよう、しっかり守っといてくれ、ってな。念のために、地上にあるエリクサーに関わりのある記録を全部焼き捨てて、エリクサーの存在自体を世間から隠す、とも言ってた」
あー……そういうことか。エリクサーが現在、魔法の宝玉なんて呼ばれてるのは、多分そのせいだろう。記録が失われて、こいつの本来の名称も忘れ去られてしまったんだ。あの魔法アイテムに詳しいチーが、エリクサーの所在を知らなかったというのも納得がいく。
「でもあいつは、いつまで待っても戻ってきてくれなくてさ。いまでも待ってるんだけど。さすがに、もう死んじゃってるかな」
「……その勇者なら、もう何百年も前に死んでるぞ。魔王を討った後でな」
「な、何百年?」
ミラは目を見開いて、素っ頓狂な声をあげた。
「あ、あれから、そんなに経ってんの? そりゃ、けっこう前のことだとは思ったけど……」
ミラは頭を抱えて嘆いた。そりゃ、ずっとこんな地下にいて、ひたすら寝てばっかりじゃ、時間の感覚なんぞなくなっちまうわな。不老不死だし。
二代目勇者の最期については、以前、スーさんから聞かされているし、魔族側の記録も一応残っている。
勇者は、ひとたび魔王を討伐し終えると、途端に天然インチキ能力のすべてを喪失し、ほぼ一般人に戻ってしまうという。身体能力も凡人並となり、この状態で死ねば、もはや復活できない。魔王を倒し、王都に凱旋した二代目勇者は、王命によって拘束され、そのまま反逆者として処刑されてしまった。
人間側の記録では、先代魔王は王国から派遣された討伐隊に討たれたことになっており、二代目勇者などという人物は存在しない。勇者の業績は記録から慎重に抹殺され、王家や、それに近しいごく一部の人間だけが知る秘密の伝説となった。現在のウメチカでも事情は同じで、勇者の伝説は、王様やケーフィルら特殊な立場の者たちしか知らない極秘事項になっている。
人間の権力者どもにとって、勇者は救世主であると同時に、自分たちの権威や権力を脅かす可能性を持った存在でもある。だから、そんな存在をわざわざ民間に宣伝などしないし、用済みになれば即座に処分してしまうというわけだ。やっぱ人間ってのは色々うっとうしいな。魔族のほうがよっぽどサッパリしてるわ。
「あー……これでもう、希望はなくなっちまったか……いつかもう一度、お天道様が拝めるかと思ったんだけどなぁ……」
「俺なら、なんとかしてやれるかもしれんぞ」
「えっ?」
ミラは、はっと顔を上げた。
「……も、もしかして、あんたも勇者?」
「いいや。俺は……」
俺はあえて否定した。いや、いちおう俺は勇者だ。だがそれ以前に。
「通りすがりの魔王さ」
キリッと名乗ってやった。決まったな。
だがミラは、うさんくさげな顔つきで俺を見返した。
「……そんなわけないだろ。冗談きっついって」
「冗談じゃないぞ。俺の力は、おまえも身をもって味わっただろうが」
「でも、どう見ても人間じゃんか。だいたい、魔王はアイツが倒したんだろ?」
「それは先代だ。俺はその後釜でな。三代目の魔王なのさ」
「……魔王って、すげえ悪い奴って聞いてたけど」
「勇者さまは、嫌がる女を押し倒したりしなかっただろ。だが俺は容赦しない。魔王だからな」
「あ……」
ミラは、ふと赤面し、うつむいてしまった。先ほどまでの行為を思い出したようだ。
「……そ、その魔王さまが、なんであたしを助けてくれるのさ」
「そりゃ決まってる。おまえが美人で可愛いからだ」
「へ……?」
ミラは、きょとんと俺を見つめた。
「だからな。ひとつ条件を出す。おまえがそれを呑めるなら、今すぐってわけにはいかんが、必ず近いうちに、おまえをここから出してやろう」
「条件?」
俺は、ミラの両肩にしっかと手を置き、その顔を間近に見据えて、ささやいた。
「俺の女になれ」
しばしの沈黙。
――やがて。ミラは薄く頬を染め、しおらしげに、こっくりとうなずいた。
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