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026:不死の護り人

「なんなんだテメェは! デコピン一発であたしの首飛ばすとか! 強いってレベルじゃねぇーぞ! 非常識にもほどがあんだろー!」


 ほう。この女、俺のデコピンが見えてたのか。それだけでも常人離れしてるが、その飛んだ首を自分で拾いに行って付け直して戻ってくるような奴に、常識がどうとかいわれたくないな。

 面倒なんで、俺は無言で、ぎゃあぎゃあうるさい女の襟首を両手でがっしと掴み、甲冑をベキベキベキベキィっと引き裂き、引っぺがした。いかに頑丈な鋼の鎧甲といえど、俺にかかれば薄絹も同然。


「なっ、な……!」


 いきなりの事態に、何が起きたかとっさに理解できず、間抜け顔でうろたえる女。顔や髪はすっかり血で汚れているが、首筋には傷跡ひとつない。完璧にくっついて治ってしまっている。途轍もない回復力だ。いやそれ以前の問題か。

 顔立ちは割と整ってて、ちゃんと汚れを洗い落とせばけっこうな美人だろう。二十歳前後に見えるが、どう考えても常人じゃないし、そこはまだ判断できん。鎧の下は素っ裸だ。筋肉質で、しっかり引き締まってる。胸がちょい物足りんが、腰のくびれが見事。


「てっ、テメェ、いったい、何を……」

「暴れ馬には、ちょいとお仕置きしておかんとな。大丈夫、すぐ癖になるから」


 俺はそう優しく囁きながら、甲冑を失った甲冑女の肩を掴んで、押し倒した。


「えっ、て、てめぇっ! 何すん――」


(以下自主規制により誠に遺憾ながらお見せできません)





 ……激しいお仕置きを済ませると、甲冑女もさすがに少々しおらしくなった。もはや戦意は完全に萎えているようだ。そりゃそうか。


「あぁ……、酷いよあんた……あたし、はじめてだったのに……」

「それにしちゃ、悦んでたな」

「うう。イジワル……」

「で、オマエ、いったい何者なんだ。どう考えても、人間じゃないよな」


 俺はあらためて訊いてみた。

 甲冑女は、素っ裸のまま、あぐらをかいて床に座り込み、ぽつりと答える。


「……ガーディアンさ。あたしは」

「ガーディアン? この宝玉のか」

「宝玉? ……あー、最近はそう呼ばれてるんだっけな。以前は、エリクサーって呼ばれてたんだ」


 エリクサー?

 んー、どっかで聞いたな。なんだったか……。


 おおう、思い出した。以前、チーが言ってたな。エリクサー、賢者の石、仙丹。超古代の技術で製造された完全物質だと。

 俺は、ふと立ち上がって、そのエリクサーを柵ごしに眺めやった。確かにこの赤い輝き、賢者の石に似てるといえなくもない。


「これも完全物質ってことか」

「へえ。完全物質について知ってるのか。……ああ、それ以上、こいつに近づかないでくれ。こいつ、あんたにびびってるんだよ。それであたしが呼び起こされたんだから」

「びびってる? どういうことだ。こいつ、自意識があるのか」

「意識ってほどハッキリしたもんじゃないけどな。防衛本能みたいなもんだよ。こいつは、純粋な力に反応するんだ。凡人レベルなら問題ないけど、あんたみたいな強い力を持ってる奴が近づくと、びびっちゃってね。自分が傷つけられるのを恐れて、なんとかそれを追っ払おうと、この下で眠ってるあたしを呼び覚ますんだ。この赤い霧も、その防衛本能の産物だよ。よほど魔法に耐性のある奴以外は寝こけちまうんだ」


 防衛本能ねえ。どうもこいつは、同じ完全物質といっても、賢者の石とはまた異なる特性があるようだな。なにか自律機能みたいなものを備えているのかもしれない。もしそうなら、こいつは自発的に魔力を練成し、周囲に放出し続けているということになる。それが無尽蔵の魔力の正体か。


「安心しろ。別にこいつをどうこうするつもりはない。見物に来ただけだ」

「……本当か?」

「完全物質は、もう俺には必要ないものなんでな」


 俺はすでに賢者の石の力で勇者のポテンシャルの天井まで極めてしまっている。これだけの力がある以上、強いて新たに完全物質を求める理由はない。珍しいお宝ではあるから、まったく欲しくないといえば嘘になるが。

 甲冑女は、素直にうなずいてみせた。


「わかった。あんたを信用するよ」

「ああ。んで、そもそも、オマエはなんで、こんなとこでガーディアンなんてやってるんだ」


 尋ねると、甲冑女は小さく息をついた。


「いやあ。話せば長いことなんだけど」


 甲冑女は、ミラという名前で、もともとは普通の人間だったらしい。先代魔王が健在だった頃の生まれというから、最低でも数百歳にはなる。

 かつてミラは王国の女騎士だったという。剣技と馬術にかけてはひとかどの実力者で、そこそこに名を馳せていたが、あるとき勅命を受けて、部下たちを引き連れ、この地下遺跡の調査へ赴くことになった。目的は、伝説の完全物質エリクサーを探し出し、持ち帰ること。当時、ここは単なる地下迷宮で、交易路としてルートが確立され、リフトや宿場などが整備されるようになるのは、ずっと後のウメチカ成立以降のことだ。


 ミラ率いる調査隊は、遺跡の複雑な構造に散々迷わされ、幾日も内部を彷徨い続けたあげく、物資が底をつき、一人、また一人と、力尽き倒れていった。ミラはたった一人、ようやくこの大広間にたどり着き、エリクサーを発見したものの、近づいて手を触れた瞬間、電流のような衝撃に全身を灼かれ、気絶してしまった。


「あ、死んだ、って思ったね。でも、気がついたら、あたしはまだ生きてた。ただし、こいつのそばから離れて、広間の外に出ると、途端に身体が腐りはじめて、動けなくなっちまう。しかも、こいつの防衛本能が発動すると、寝てても起きてても、あたしの頭の中に、追っ払え、追っ払えって、うるさく呼びかけてくるんだ。ようするに、あたしはこいつにアンデッドにされて、ガーディアンとして使役される身になっちまったってわけさ」


 ミラは軽く肩をすくめ、自嘲気味に笑った。

 つまりミラは、エリクサーに強制的にデータを書き換えられ、不老不死のアンデッドに練成されてしまったわけだな。ただ、通常のアンデッドは、自分の身に宿る魔力を用いて、最低限、活動可能な程度に肉体を維持しているが、ミラ自身はほとんど魔力を持たないため、エリクサーの魔力に頼らなければ存在を保つことができないのだろう。


「んでまあ、結局出るに出られなくなっちゃったんだけど、とにかくここ、なんにもなくて、退屈でしょうがなくてね。普段はもう寝てばっかりさ。たまーに呼び起こされて、赤い霧が効かない侵入者と戦うのが唯一の楽しみって感じで。いままで四、五十人くらいは斬り殺してやったな。負けたのは今回で二度目さ」

「ほう。俺以外にも、そんな強い奴がいたのか」

「ああ。もうずいぶん前のことだけどな。そいつは、自分は勇者だと言ってた」


 む。これはちょっと興味深い話だ。たぶん先代魔王を討った二代目勇者のことだろう。

 俺はミラのそばに腰をおろした。ぜひじっくり聞いてみたい。


「その話。もう少し詳しく聞かせてくれんか」


 俺が促すと、ミラは、「おっ、聞きたい?」と、俄然楽しそうに語りはじめた。



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