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250:隠されし秘宝


 その夜。

 夕食後、市長公室にメルとハネリンを連れ込み、あらためて二人と向かい合った。


 エルフの森広しといえど、俺が魔王であることを知るのは、現時点ではこの二人のみ。市長公室は俺専用の執務室で、余人がむやみに出入りすることはない。ここなら安心してスーさんを招くことができる。

 窓の外はいつの間にやら雨模様。メルが言ったとおりの天気になったな。べつに誰も覗いたりしないだろうが、念のためカーテンも閉じておく。


 これで万全。俺はおもむろに天井に向かって呼びかけてみた。


「おーい、スーさん。見てるんだろ? ちょっと来てくれんか」


 ほどなく、物音ひとつ立てずに、突如、金髪のエルフ美少女の顔が、俺のすぐ眼前に出現した。


「うおっ! 近すぎるよスーさん!」

「……あ、申し訳ございませぬ。陛下じきじきにお呼びいただき、あまりに嬉しくて、つい」


 金髪エルフなスーさんは、ちょっぴり頬を染めつつ俺から離れて、恭しく跪いた。いや俺もちょっとドキッとした。やっぱ何度見ても反則級だわその美少女着ぐるみ。そういや、俺のほうから神魂を通じてスーさんを呼びつけるのって、これが初めてかもしれない。スーさんいつも唐突に来るしな。

 そんなスーさんへ、メルが声をかける。


「ほほう。おぬしが、魔族の宰相のスーさんか。これはまた、うまく化けたものじゃのう。どこから見ても普通のエルフじゃ。ちと、田舎くさい感じじゃが」


 なにがどう田舎くさいのやら、俺にはさっぱりわからん。エルフの独特の感覚ってやつなのか。


「さよう。私めがスーでございます」


 スーさんは表情を引き締めて、鋭い目線をメルに向けた。スーさんには珍しく、少々険しい顔つきだ。


「あなた様のことは、それはもう、よーく存じておりまするぞ。先代長老どの」


 そういえばこの二人、直接の面識はないにせよ、もとは仇敵どうしといっていい間柄なんだよな。ことにスーさんにとっては。

 メルも、すぐにそのへん察したらしい。さすがに長生きしてるだけあって、そういう機微には通じてるんだろう。


「……昔のことは、とやかく言うてくれるな。今のわらわは隠居の身で、勇者どのの愛人。ただそれだけの女じゃ」


 穏やかに告げるメル。スーさんも、すっと表情をやわらげ、微笑を浮かべた。


「むろん、委細承知しておりまする。もはや過ぎたことは申しますまい。今後ともよしなに……」

「うむ。世話になるぞ」


 二人は笑みをかわしあった。どうやら仲良くやってくれそうだな。

 内心、ちょっとホッとした。こんなところで陰険合戦とかやられてはかなわんからな。確かに過去の戦争では色々あったろうが、七百年前の因縁なんぞを今に引きずることもあるまい。意外にこの二人、馬が合いそうじゃないか。





「で、スーさん。だいたい用事はわかってると思うが」


 俺が言うと、スーさんは、真面目くさった顔で応えた。


「翼人の薬……でございますな」


 わざわざスーさんを呼びたてたのは、ハネリンのいう、翼人の精神薬──具体的にどういう成分やら、まだよくわからんが──を持ってきてもらうためだ。こんなことを頼めるのは瞬間移動できるスーさんしかいないからな。

 ハネリンは魔王城ハーレムの自分の部屋に、その薬をいくらか保管していたらしい。ということは、少なくとも十数年、放置したままってことだ。腐ってなきゃいいんだが。


「えっとね、ハネリンの部屋の奥に、タンスがあるでしょ。たしか、それの上から二段目の引き出しの、一番奥だよ」

「承知しました」


 スーさんはうなずくや、シュインッとその場から姿を消した。


「瞬間移動か。便利なものじゃのう」


 メルが感歎したように呟く。


「エルフにも瞬間移動の魔法はあるだろう。フィンブルが使ってたじゃないか」

「あれは、あの者のオリジナル魔法じゃ。余人にはとうてい模倣できん。わらわも、やりかたを聞いてみたことがあるが、おそろしく複雑な術式でなぁ。さっぱり理解できんかったわ」


 そういうもんなのか。確か以前にも、瞬間移動魔法はフィンブル自ら編み出した特殊なものだとはどこかで聞いた憶えがある。先代長老でさえ理解できんとは、よほどひねくれた術式を組んでたに違いない。

 ほどなく、スーさんが執務室に再び姿を現した。白いタンスごと。


「探してみましたが、色んな物が詰まっていて、どれがどれやら……」


 そう言ってスーさんは苦笑を浮かべた。それでタンスごと持ってきたってのか。


「えー? すぐわかると思ったけどなー」


 ハネリンはガラリと二段目を引き出し、中をがさごそ漁りはじめた。


「んー……あれれ? これでもないし……これも違う……」


 首をかしげつつ、引き出しの中のものを掴んでは、ぽんぽん床へ放り投げていく。ひからびたパンとか、変色した干し肉とか、どどめ色の液体が入った小瓶とか、なんというかこう、女のタンスの中身にしちゃ、色気もへったくれもないというか夢も希望もないっつうか。そもそもタンスに食い物とか入れてんじゃねえ。


「おっかしーなー、二段目だと思ったんだけど」

「ええい面倒な。全部出してしまおう」


 俺とハネリンでタンス七段全てを引き出し、全員で手分けして中身を漁ってみた。いちおう服や下着なんかはきちんと畳んで重ねてあるな。


「おおう、これは……!」


 メルが何か見つけたようだ。

 なんかこう、薄い肌色で、材質はゴムっぽく、長さ二十数センチくらいの、やわらか棒というかなんというか。形状は、あれだ、どっかで見た感じの、……そう。ドクツルタケ。あれに似てる。


「ふーむ。これは何につかうんじゃろうなー?」


 メルがにやにや笑みを浮かべて呟く。


「ひょああああああああああーっ! みみみっ見ないでぇー!」


 たちまち奇声絶叫をあげるハネリン。顔を真っ赤にして、大慌てで、そのドクツルタケ似のやわらか棒をメルの手からむしりとり、ささっと懐に覆い隠した。


「うう……ここにしまってたの、すっかり忘れてたぁ……」


 ハネリンは涙目でぽそりと呟いた。なるほど。翼人最強の光の守護者も、ときには寂しさのあまりドクツルタケと戯れる夜もあるのだろう。多分。

 ……結局、スーさんが一番下の七段目から、お目当ての薬瓶を探し出した。どこが二段目だ。この脳筋キノコ娘め。



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