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025:赤い宝玉

 翌日から、俺たちは馬車の速度を上げた。

 半日で二つめの宿場を素通りし、いまはさらに次の宿場めざして爆走中。さすがに箱がガタコト揺れまくって、少々気持ち悪い。だがルミエルはノリノリだ。二頭の馬を巧みに制御しながら、右へ左へ、この複雑な迷路を確実に走破していく。


 現在位置は第六層。ここらが地下通路の中心部付近になるようだ。

 前方にリフトが見えてきた。その手前で、何台かの荷馬車が行列をつくって順番を待っている。俺たちは馬車のスピードを落とし、列の最後尾について停車した。


 手綱を離し、ほっと息をつきながらルミエルが言う。


「このリフトを上がった先には、地下通路の動力室があります。不思議な魔法の宝玉が浮かんでいて、リフトや照明に魔力を供給しているんですよ」

「ほう。それも超古代の遺産ってやつかな」

「おそらく、そうでしょうね。まん丸い大きな玉で、色はルビーみたいに紅く輝いていますが、材質は不明だそうです。無尽蔵の魔力を常時放出していて、それが地下通路の動力源になっているんです」

「無尽蔵の魔力か……なかなか興味深いな」


 手許のマップを見ると、動力室の位置は、少しばかり予定ルートから外れているが、そうややこしい場所ではないし、寄ってみても問題なさそうだ。別に宝玉をどうこうするつもりはない。下手にいじったりして、リフトや照明の動力に何か支障が出れば、困るのは他でもない俺らだしな。ただ、どんなお宝なのかは興味がある。


「面白そうだ。ちょっと寄ってみよう」

「わかりました」


 リフトで第五層へ上がり、少し北へ進むと、次第に通路の幅が広がり、視界が開けてきた。

 ほどなく馬車は広大なホール状の空間へとさしかかった。


 俺たちは馬車を降り、馬を繋いで、しばらく嘆息まじりに周囲を眺め渡していた。内壁は通路と違い、煉瓦造りのようだ。やたら広いだけでなく、いったい何層分ぶち抜いてるのか、天井が高すぎて見えない。

 大ホールの中央に、黒曜石か何かを積み上げたような黒い祭壇がしつらえられていて、その上にギラギラ赤く輝く、ちょうど人間の頭くらいの大きさの球体が、ふよんふよんと浮かんでいる。あれが宝玉か。


 祭壇の周りは柵で囲まれている。盗難に備えてのことだろうが、しかしこの宝玉、見るからとんでもなく強烈な魔力を発散してるし、こんなもん盗むどころか常人じゃ触れることもできんぞ。黒焦げになっちまう。

 それにしても、確かに珍しいお宝だ。無尽蔵の魔力ってのは、いったいどんなカラクリなんだろうな。


 俺は興味津々、ルミエルの手を引き、柵へ歩み寄ろうとした。

 声が響いた。


 ――来るな。


 俺は足を止めた。ルミエルが怪訝そうに俺を見る。


「どうなさったんです?」

「いや、声が……」

「声?」


 ――近づくな。


 またも同じ声。ルミエルには聴こえてないのか。

 ルミエルは、いきなりガクッと膝をついて、その場に倒れ込んでしまった。


「なに? おい、ルミエル」


 俺は慌てて助け起こそうとした。ルミエルの鼻から、くぴー……、と、息が洩れた。

 ……寝とる。気持ちよさそうに。なんだこりゃ。


 周囲を見渡すと、赤い薄もやのようなものが、あたりをゆるゆる漂っている。睡眠魔法か?


 ――出て行け。出ていかぬなら、殺す。


 声が響く。誰かが俺の脳に直接話しかけてきている。誰が?


 祭壇の手前の敷石のひとつが、ガコンっと浮きあがった。床下から、何者かが敷石を押しのけて、一生懸命、床上へ這いあがろうとしている。一瞬、上から敷石を踏んづけて邪魔してやろうかとも思ったが、さすがに大人げない気がしたので、自重して成り行きを見守ることにした。

 やがて床下から這い出てきたのは、赤い鎧甲で頭から爪先まで全身がっしりと固めた重厚な甲冑姿の戦士。ここへ出てくるまでによほど体力を使ったか、それとも面頬をおろしたフルフェイスの兜が息苦しいのか、肩でゼイゼイ息をしている。身長はさほどでもない。俺より少し小柄なくらいだ。腰には立派な長剣を佩いている。しばし呼吸をととのえてから、あらためて俺のほうへ向き直り、がしゃっ、がしゃっと、重い金属音とともに、こちらへ歩み寄ってきた。


「……死んでもらう」


 歩きつつ、甲冑が声を発した。先ほどと同じ声質だが、これは普通に喋っているようだ。若い……女の声。


「誰だ、おまえは」


 いちおう訊いてみたが、歩く甲冑は返答のかわりに、足を止め、身構えて、腰の長剣をジャキィィンと抜き放った。おお、なかなかサマになってるな。ヒーローっぽい。

 なんかよくわからんが、楽しいことになってきたぞ。こちとら、せっかく最強になったってのに、今までまともに戦う機会がなくて、ジリジリしてたところだ。


「来るか。ならば、我が腕のなかで息絶えるがよい!」


 うおっと。台詞間違った。これ魔王時代の決め台詞だ。いや、まあいいか。今でも一応魔王だしな。

 甲冑は無言のまま、長剣をかざして突っ込んできた。俺は素手。相手は完全武装。これくらいのハンデがあれば、少しはいい勝負になるかな?


 ……とか余裕ぶっこいてたら、いきなり、途方も無い速度の斬撃が俺の首筋めがけて飛んできた。おぉ速ぇ! これ人間のレベル超えてんぞ!

 それでも一応見えてるんで、さっとかわしてみせる。第二撃は斜め下から振り上げ、第三撃は袈裟懸けに振り下ろす。いずれも尋常じゃないスピードと鋭さ。動きにも無駄がない。物凄い手練れだ。あのハネリンと同等くらいの力はありそう。こんな重そうな甲冑を着込んで、これだけの動きをするなど、常人には不可能なはず。何か身体強化の魔法を使ってるか、もしくは人間ではないか、そのどちらかだろう。


 だが。どちらにせよ、俺の動体視力と反射神経の前では、こいつはコールタールを満たした水槽でもがくミドリガメのようなものだ。

 四度目の斬撃をひょいっとかわしながら、つと手を伸ばして、金属兜の額にデコピンをかます。たちまち兜ごと、豪快に首がもげて、後ろへ飛んでいってしまった。


 一瞬の間を置いて、首を失った甲冑は、盛大に鮮血を噴き上げ、そのままグワラガッシャーン! と仰向けにぶっ倒れた。

 しまった。加減を間違えた……。軽く突っついて脳震盪を起こさせるつもりだったんだが。つい指先に余計な力が。


 強すぎるのも、ちょっと考えもんだな。今後は、力をセーブする術を身につける必要がありそうだ。

 甲冑は大の字に倒れたまま、血をだらだらと床に垂れ流し続けている。女っぽい声だったし、殺すつもりはなかったが、まあ、こうなっちまったもんは仕方ねえやな。


 と思ったら、首無し甲冑が突如むくりと起きあがった。ちょっと焦った様子で立ち上がり、背を向けてあたふた走ってゆく。後方へ飛んでいった兜首を、よっこいしょと拾いあげ、かぽんっとはめ込んだ。

 カッシャンカッシャンと足音を響かせて戻ってきて、俺がただ呆然と見守る前で、おもむろに兜を脱ぐ。


「痛ッてぇじゃねえかァー! 殺す気かァァ!」


 血まみれの顔に涙目、キレ声で喚いてくる若い女。いや、おまえ、いま普通に死んでただろ。



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