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024:親書と魔法の触媒

 宿場は交易ルートの中継点。大きくひらけた円形状の広く明るい空間で、馬車を繋いでおく駐車スペースと、掘っ立て小屋みたいな簡易宿泊施設の他、水や食糧、飼葉などを売る出店もある。ようはサービスエリアだな。ウメチカから派遣された警備兵たちが常駐しているため、最低限の安全は確保されているようだ。

 この地下通路には、同じような宿場が他に三箇所設置されている。エルフの森へ辿り着くには、それらすべてを無事に通過し、さらにエルフ側の関所をパスしなければならない。まだまだ先は長いな。


 夕方。地下通路の天井に設置された魔法の照明光は、時刻にあわせて明度を変化させる。いまは薄暮といったところ。ウメチカの照明は常に一定で、こんな仕掛けはなかったんだがな。これも超古代の技術の名残りってことか。

 駐車スペースには大小あわせて六台の馬車が停まっていて、出店にもちらほらと客が訪れている。俺たちもここに馬車を繋ぎ、一晩休むことにした。俺はともかく、ルミエルはさすがに少々疲れてるようだ。


 ルミエルがいうには、ここの宿泊小屋はベッドが不潔で衛生上よろしくないうえ、部屋に鍵がかからないため、防犯上も問題があるという。

 俺達は出店でコーンスープと黒パンを買い込み、箱馬車の中で食事をとった。携帯食糧は持って来てるが、せっかく食い物を売ってるんだ。できたてのものが食えるなら、そのほうがいい。


 車内はそこそこ広くて、二人並んで寝られるくらいのスペースはじゅうぶんある。今夜はここに毛布を敷いて、ルミエルと抱き合って眠ることになるな。


「ところで、今回お届けする親書というのは、どのような内容なのですか?」


 天井に吊るしたランタンの明かりの下、黒パンをかじりつつ、ルミエルが尋ねてきた。


「知らん。呪力封緘がしてあるから、巻物をひらけない。王様も、内容については何も言わなかったしな」


 俺は、木彫りの器に盛られた温かいスープを啜りながら応えた。おお、なかなかいける。

 ウメチカ王宮もけっこうな秘密主義だ。勇者の存在も公表していない。どころか、魔王を倒せるのは勇者のみ――という勇者の伝説そのものを一般庶民には伝えず、王家に近しい連中だけが知る秘密事項としてきた。そもそも勇者とは何者か、という根本的な部分からして、ウメチカの庶民はまったく知らされていないわけだ。


 俺も覚醒後、ウメチカ王やケーフィルから、勇者の使命や目的を誰にも明かしてはならない、と釘を刺されている。隠密行動で魔王を討て、と。

 わざわざ勇者の存在を秘密にする理由は、勇者の出現や、その行動についての情報を魔族に掴ませないため――ということになっている。あくまで表面上の理由で、実際にはそう単純な話ではない。もっとドロドロした事情がある。権力の中枢というのは、どこもそういうものだろうがな。


「読めれば、それにこしたことはないが……」


 親書は関所で見せる必要があると思って持ってきただけで、実際に長老に渡してやるつもりなんぞない。俺はお使いに行くんじゃなくて、殴り込みが目的だし。とはいえ、中身に興味がないわけではない。


「そうだったんですか。でしたら封緘、外しましょうか?」

「え。外せんの?」

「はい。解除呪文は知っていますので」


 おお、それを早くいわんか! 俺はバッグの中から親書の巻物を取り出し、手渡した。

 ルミエルは、短く呪文を唱え、巻物を軽く撫でまわした。青白い光がふわっと巻物を包み込む。その光が消え去ると、ルミエルは巻物を縛りつけていた紐をするりと外し、シールをはがした。


「はい、できました」


 ルミエルは微笑みながら、俺に巻物を返してきた。

 呪力封緘というのは、このシールに魔力をかけて封印するもので、解除呪文を知らないと絶対にはがすことができない。あのチーのような超強力な魔術師なら、自力で解析してはがせるだろうが、今の俺にはそこまでの魔力も魔法知識もない。


 そういえば、勇者になった俺は、肉体的には間違いなく魔王時代をはるかに凌駕し、拳ひとつで世界制覇も夢じゃないレベルだが、魔力の方は凡人並だったりする。賢者の石で最大限にパワーアップしているにも関わらず、使えるのは簡単な攻撃魔法や回復魔法程度。それが勇者のスペック限界ということらしい。魔王と違って瞬間移動も巨大化もできないし、落雷で数万人を一発殲滅なんて派手な攻撃も不可能だ。

 唯一、魔法関係で魔王より優れている点は、蘇生魔法が使えること。自分自身の復活能力とはまた別に、死人を蘇生させる能力が勇者にはある。死亡直後の新鮮な死体でなければ効果はなく、少なくとも肉体の腐敗が始まるまでに使わないと間に合わない、という制限つきだが、それでも、かなりインチキくさい能力であることは間違いない。


 ――さて、巻物を開いてみよう。なんだ、それほど長いものじゃないな。


「んー、なになに。盛夏の候、エルフの皆々様方におかれましては、いっそうご隆昌のことと慶賀の至りに存じます……」


 ほとんど、たんなる時候の挨拶文で、特に重要な内容とも思えない。ただ、最後のほうの文章が少し気になった。


 ――ルーフラットの爪の追加注文分につきましては、まだじゅうぶんな数量を確保できておりませぬゆえ、しばしのご猶予をいただきたく。


 ルーフラットってのは、クマネズミのことだ。ドブネズミと違って身軽ですばしっこく、壁のぼりが得意技。ルーフ、すなわち屋根の周辺をドタドタ走り回るんで、こう呼ばれる。ウメチカにはけっこうな数が棲息しているようだ。


「これ、どういう意味だ? ネズミの爪なんぞを、わざわざエルフの長老が注文してきてたってのか」


 尋ねると、ルミエルは少々驚いた様子で訊き返してきた。


「本当に、そんなことが書いてあるんですか?」

「ああ」


 俺はルミエルに巻物を渡した。ルミエルはざっと内容を一瞥し、眉をひそめて呟いた。


「確かに書いてありますね……では、やはり、あの噂は本当だったようですね」

「何の話だ」

「ルーフラットの爪は、エルフの魔法の触媒なんです。……黒死病を引き起こす魔法の」

「なぬ? 黒死病だと?」


 黒死病といえばペストのことだ。それをエルフは人工的に引き起こせるというのか。


「エルフは、どんな病気も魔法で治せます。ということは、その逆もできるということです」

「その理屈はわかるが、いったい何のために……」


 と尋ねかけて、ふと思い当たった。エルフの不倶戴天の敵といえば。


「……そうか。エルフどもめ、翼人の国に黒死病を蔓延させる気か」


 他には考えられない。エルフは魔族とも敵対してるが、魔族は病気なんてかからないからな。ターゲットは間違いなく翼人だ。


「はい。最近、ウメチカの王宮でもそういう噂があったのです。エルフは近々、黒死病を使って翼人を攻撃するつもりではないか、と。ただ、エルフの森にはルーフラットはあまり生息していませんので、本当にそのつもりなら、ウメチカから触媒を取り寄せなければなりません。いままで、公式にはそういう商取引はありませんでしたから、あくまで噂だと思っていたのですが」

「裏でこっそり取引してたってことだな。情報が翼人側に洩れないよう、お互いに機密扱いにしてたんだろう」


 俺は鼻で笑った。せこい連中だ。そんな手段に頼らなきゃ勝てんのか。

 こりゃ本格的に、エルフどもの性根を叩き直してやる必要がありそうだな。魔王としての立場からも、臣下の危機を見過ごせん。なんだかんだつって、翼人は面白い連中だしな。あの天然馬鹿どもには、今後も珍しいお宝と、ひとときのお笑いを提供してもらうんだ。ペストなんぞ蔓延させてたまるか。


「追加分、ってことは、もう触媒は、いくらかあっちへ渡ってるんだろうな。こいつは、早く行って止めさせんと」

「……計画を止めさせるのですか?」

「そうだ。力ずくでな。エルフども、全員タコ殴りにしてくれるわ」


 俺はキリッと宣言した。もともと、力ずくでエルフどもを制圧するのがこの旅の目的だが、今までルミエルには言ってなかったからな。ちょうどいい機会だ。そのへんハッキリさせといたほうがいいだろう。


「翼人を救うため、あえてエルフと事を構えるのですね。わかりました。それでこそ勇者さまです」


 ルミエルはあっさりうなずいた。ツッコミ無しかよ。普通、突然こんなことをいわれりゃ、少しくらいびびったり、うろたえたりしそうなもんだがな。どんだけ肝が据わってるんだ。なんか微妙に勘違い入ってるし。勇者とか関係ないし。

 ルミエルは、まじまじと俺に深い信頼の眼差しを向けている。あれだ、大好きなご主人様を見つめる犬の目だ。


「もちろん、私もお手伝いします。頑張ります。ですから……」


 ふと、また例の上目遣いでモジモジしはじめた。

 なんか急にスイッチ入っちゃったみたいだな。頑張るから可愛がってくださいってか。このいじらしいワンちゃんめ。


 俺はルミエルをぐいと抱き寄せ、そっと頬をなでなでしてやった。もうそれだけで、ルミエルの目もとが、とろりんと緩んでいく。

「アークさまぁ……」


 甘い吐息とともに、ルミエルは、静かに俺に身体を預けてきた。



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