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023:同情するなら金をくれ

 ウメチカの中心付近から東へ伸びる街道を進むと、次第に巨大な岩壁が見えてくる。地下空洞の東端だ。

 視界一面を覆う垂直の大岩壁は、ウメチカ住民の間ではロッククライミングの名所として人気らしい。その懐に、地下通路への出入口がぽっかりと開いている。


 俺とルミエルは馬車で地下通路を目指した。なんと二頭立ての立派な箱馬車だ。ルミエルが御者をつとめ、俺は天井つきの箱車で寝転がっているだけ。ま、自分で道案内を買って出たんだ。これくらいはしてもらわんとな。

 出入口は、およそ幅三十メートル、高さ二十メートルくらいのトンネルになっている。関所があり、複数の衛兵が通行者を止めて、荷物のチェックや身分の確認にあたっているようだ。


 ゲートの手前まで進んだところで、ルミエルも衛兵に呼び止められた。俺が車の窓から下賜品の戦士の剣を見せると、衛兵はあわてて敬礼し、ゲートを上げた。

 ようするに、戦士の剣ってのは貴族に与えられる身分証なんだな。ルミエルが言うには、関所でも貴族はフリーパスだから、いちいち正規の手続きを取るより、身分証を見せるのが一番手っ取り早いと。さすがに詳しいもんだ。


 関所から地下通路へ。路面はしっかりと石畳で舗装されている。壁は剥き出しの岩肌だが、掘削と補強の痕跡があり、ここが自然の洞窟などではなく、丁寧につくられた人工のトンネルだとわかる。天井には魔法の照明光が一定間隔ごとに設置され、十分な明るさが確保されていた。


「もともと、この通路は超古代文明の地下遺跡なんだそうです。それを補修し、若干の延長工事を施して、大空洞とエルフの森を繋げたんですね」


 そろそろと馬車を進めつつ、ルミエルが説明する。なるほど。構造が無駄に複雑なのはそのせいか。

 いちおうマップはあるんだが、一目で正しいルートを見分けられるほど親切なものにはなっていない。途中でやたらめったら分岐点があるうえ、エレベーターリフトを使って複数の階層を上下しなければならない箇所がいくつもある。


「標識や案内板は設置されてますが、アテにはできません。盗賊のたぐいが、旅行者を自分たちのテリトリーに誘い込もうと、本来の標識を外したり、デタラメな案内板を設置したりしていますので」


 ほう。盗賊も、無い知恵をしぼって稼ぎ方を考えてるんだなあ。


「ルミエルは、ここを通ったことがあるのか」

「ええ、何度か、教会の用事で」

「じゃあ、エルフの森にも入ったことがあるんだな。どんなところだ?」

「そうですね。エルフは、あまり石造りというものを好まない方々ですので、建物なんかはほとんど、木や藁でつくった簡単なものばかりです。だから見た目は未開の集落みたいな感じですけど、実際は違います」


 車の外で、複数の車輪と馬蹄の響きが近づき、すれ違い、遠ざかっていくのが聴こえる。これからウメチカへ入ろうとする商人たちの馬車だろう。さすがにウメチカの生命線だけあって、馬車の往来は頻繁だ。俺達の後ろにも、小さな荷馬車が何台か、列をなしてカタコト走っている。


「どう違う?」

「ひとことでいえば、魔法文化ですね。とにかくなんでも魔法で解決するのがエルフの流儀なんです。エルフの魔法技術は、私たち人間には想像もつかないほど進んでいますよ」

「ほう。例えば、どんな技術が?」

「布を織ったり、鉱物を精錬したり、武器を作ったり。そういうことを、呪文ひとつで簡単にやってしまいます。お料理なんかにも魔法を使うんですよ。農作物や家畜の成長を魔法でコントロールしたり、病気も全部魔法で治してしまうんです」


 なんか、寝ても覚めても魔法って感じだな。そういう具合に生活や産業に密着した呪文を独自に編み出し、使いこなしているのが、エルフの特徴というわけか。

 以前、スーさんから、エルフは個体としての魔力キャパシティが四種族のなかで最も大きい、と聞かされたことがある。魔王のような特殊な例外は別として、一般的には魔族よりエルフの方が個々の魔力は大きい。その天恵の魔力を最大限に活用し、利便性を追求してきた種族。けっこう面白い連中じゃないか。服従させれば、色々と使い道がありそうだ。


 それから二時間ほど、エルフについて講義を聞きながら、俺はひたすら、エルフどもをいかに屈服させ、いかに支配するか、脳内計画を練り続けた。ま、どう転んでも、最後は腕力でいくしかないという結論に落ち着いたが。

 馬車はいくつもの分岐点や三叉路、十字路を右へ左へ曲がりくねりながら進んでいく。マップなしでは現在向いている方角すら見失いかねない。通路というか、ほとんど迷路じゃねえかこれ。


「そろそろ、最初のリフトです」


 おもむろにルミエルが告げる。俺は窓から顔を出し、前方を眺め渡した。通路の先に、少しひらけた石造りの空間が見える。天井に大きな穴が開いていて、そこからちょうど、リフトがするすると降りてきたところだった。

 リフトと言っても、ばかでっかい鋼鉄の板の左右を、ぶっとい鉄鎖で吊っているだけの単純なものだ。ここの動力にも、何らかの魔法が使われているらしい。


 リフトの積載限界は馬車一台。鋼板の幅がちょうど大型馬車一台分くらいしかないためで、重量は無制限なんだとか。

 馬車をリフトに載っけて、しばし待機。やがて、キリキリっと鋭い金属音が響き、リフトが上昇を始めた。


「第四層で自動停止します。ここを抜ければ、宿場まであと少しですよ」


 手綱を離し、少々ほっとした様子でルミエルが言う。地下通路は全十層。俺達が進んできたウメチカ側通路は最下層で、ここからリフトで何度も昇り降りしながら最上層をめざすことになる。

 ほどなく第四層に到達し、リフトが停止した。ルミエルが手綱を握り直し、馬を進める。ここまでは予定どおり、何事もなく来られたが――不意に、異変を感じた。


 俺の気配察知能力が、何やらおだやかならぬ空気を知覚している。


「ルミエル。止めろ」

「えっ? は、はい!」


 俺の指図どおり、ルミエルが馬車を急停止させた。

 前方遠く、複数の人間の足音。四――いや、五人か。俺は車から通路へ降り立ち、来客たちの到着を待ち受けた。


「何か……来ますね」


 ルミエルも気付いたらしい。御者席を降り、俺と肩を並べて通路を見渡す。

 現れた人影は、垢と髭にまみれた汚らしい面相の男五人組。ぼろぼろの革鎧なんぞを着込んで、手に手に蛮刀やらナイフやらをたずさえ、身構えつつ歩み寄ってくる。


 これはもう、どこからどう見ても盗賊。これが盗賊じゃなかったら何が盗賊なのかというくらい、とことん正統派の古式ゆかしい盗賊スタイルだ。

 リフトはもう下層へと降りてしまっている。退路はない。なかなかうまいタイミングで仕掛けてくるもんだな。


「ほう。わざわざ馬車を降りて、待っててくれたんかい。殊勝なこった」


 リーダーっぽい大男が、ニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。


「おい、兄ちゃん。荷物とカネと、あと、女も置いていきな。そしたら、無傷でここを通してやるよ」


 俺は、そんなお決まりの口上をまったく無視して、ルミエルに尋ねた。


「こういう連中って、しょっちゅう出てくるのか?」

「ええ。ちゃんとガードのいる隊商などは狙ってこないんですが、いまの私たちみたいな少人数の旅行者は、割と頻繁に襲われますね」

「せこいな。男なら、一攫千金目指して大物を狙うべきだろうに」

「ああん? なんか言ったかぁ、兄ちゃんよぉ!」


 大男が喚く。俺が応える前に、ルミエルが大男に声をかけた。


「あなたたち、悪人ですね?」


 いきなりそんな確認を求めてどうする。見りゃわかるし。


「あぁ? ちっげーよ、俺らぁ単なる食い詰めもんの貧乏人だぜ。だから金持ち様のお慈悲にすがろうってのよ」

「まあ、そうだったんですか。貧しいんですね……それはお可哀そうに。同情いたします」


 心底哀れむような面持ちで呟きつつ、ルミエルはゆっくりと右手を前にかざした。なにやら呪文をとなえはじめる。おいおい、何するつもりだ?

 突如、ルミエルの右手から蒼い閃光がほとばしり、五人の男どもはポーズそのまま、一瞬で真っ白い氷像へと変貌した。


 凍結魔法。それもかなり高位の呪文のようだ。五人とも、白い冷気をもやもや漂わせつつ、鎧から何から完璧にカッキーンと凍りついている。間違いなく即死だろう。あっけないにも程があるぞ。ルミエルにこれほどの魔力があったとは。


「……同情したんじゃなかったのか」

「ええ。ですから、ひと思いに、楽にしてさしあげました」


 にっこり笑って応える。

 この女、魔族より怖ぇ。



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