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022:愛と青春の旅立ち

 地下都市ウメチカから地上へ出るルートは二通り。

 ひとつは旧王都へと通じる洞窟ルート。こちらは現在は使われていない。なにせ旧王都は過去、俺の軍勢の蹂躙攻撃で潰滅し、いまやゴブリンやコボルドといった低級魔族が徘徊するだけの廃墟になっている。魔族の侵入を防ぐため、洞窟の出入口は巨大な岩で塞がれて隠蔽され、この数十年、人跡は途絶えている。


 いまひとつが、エルフの森へと通じる地下道ルート。おもにエルフとの交易に用いられるが、一本道ではなく、構造は複雑だ。道案内なしでここを抜けるのは難しい。

 世界制覇の手始めとして、まず考えたのが、エルフの森の制圧。ウメチカのほうは、とくに考慮する必要はない。ウメチカはエルフの交易物資に依存しきっている。先にエルフを屈服させてしまえば、ウメチカは嫌でも俺に降らざるをえないのだ。


 で、その具体的な方法だが。別になんでもいい。

 群がるエルフどもをまとめてタコ殴りにして無理やり服従させるのが一番手っとり早い。よしそうしよう。ちょうどエルフの森へ行く口実もあることだし。


 俺はウメチカ王から預かった親書を携え、地下通路へ出発することを決めた。

 が、その前にひとつ、やっておかなきゃならん事があるな。


 ――朝。俺は家を出ると、メインストリートへ向かった。

 雑踏をかきわけ、昨日と同じように、武器屋のある脇道へ入る。


 ふと、背後から感じる凄絶な殺意。やはり出てきたか。

 振り向くと、ナイフを手にたたずむ幼馴染。


「アァークぅ……あんた……なんで……生きてんのよぉ……!」


 顔つきが昨日よりヤバい。

 普通なら、昨日、俺を刺した時点で、自分の凶行を悔いて官憲に自首でもするところだろうが、こいつにはそういう発想はないらしい。いまも、俺が生きてることを喜ぶより、仕留めそこなった、という気持ちのほうが強いようだ。今のうちにコイツをなんとかしておかんと、ルミエルや母親にも危害が及びかねん。だからわざわざ会いに来たんだ。


 幼馴染の唇が、もぞもぞと動く。例の身体強化の呪文をつぶやいたんだろう。どこで習ったんだそんなもん。ケーフィルは教えてくれなかったぞ。


「アァークゥゥッ! 今度こそォォォ!」


 叫びつつ、ナイフを手に全力で駆け出してくる。すげぇ、昨日よりさらに速い。こりゃアークの剣の師匠だったアクシードでも刺し殺されかねん勢いだ。

 だが。今の俺には通じない。


 突き出されるナイフの切っ先を、右手の人差し指と中指だけでピタリと受け止める。ちょいと指先をひねると、パキンッと小気味良い音が響き、ナイフの刃がへし折れた。


「え……!」


 幼馴染の顔に驚愕の色が浮かぶ。何が起こったか、とっさには理解できなかったようだ。

 俺は、ひょいっと左手を伸ばし、幼馴染の右手首を掴んで、後ろ手に捻りあげた。あまり力を入れると脱臼してしまうからな。あくまで優しく、丁寧に。


「はっ、離して! 離してよォ!」


 幼馴染が金切り声で叫ぶ。あーもう、うるさい。さっさと黙らせてしまおう。

 腕をつかんだまま、無理やり路地まで幼馴染を引きずっていき、そのまま押し倒した。


(以下しばらくあんなシーンやこんなシーンが続きますが自主規制により省略いたします)


 ……事後。


「アーク、あ。あたし、本当は……あなたのこと……」

「もう、危ない真似はするな。もしやったら、もう二度と相手してやらないぞ?」

「わ、わかった……もう危ないこと、しないから……」


 幼馴染はしおらしくうなずいてみせた。これで彼女も少しはおとなしくなるだろう。多分。





 翌日朝。エルフの森への出立の期限だ。俺は荷物をバッグに詰め込んで、家を出た。


 母親はまだ寝ている。無理もない。昨夜はことのほか丁寧にサービスしてやったからな。出発すれば、当面会えなくなる。戻ってくるまで、いい子で待っていろよ。


「アークさまぁ!」


 門の外から、甘ったるい声が響く。ルミエルだ。俺が出てくるのを待っていたらしい。尼僧服ではなく、長い黒髪をうしろで束ね、がっしりした革の外套を着込んで、腰には短剣を帯びている。まるで戦場にでも出るような格好だ。


「出発するのでしょう? 私も連れていってください」


 この女、本気でシスターやめて俺の下僕になるつもりか? いや、ひょっとしたら王様から目付けを言い渡されたのかもしれんな。どっちにしろ、足手まといだ。


「無用だ」


 俺は仏頂面でその場を通りすぎようとした。ルミエルは、慌てる様子もなく、こう告げた。


「道案内なしでは、とうていエルフの森へは辿りつけませんよ。私、地下通路には詳しいんです」


 むむ。ガイドを雇うつもりだったが……あれは、けっこう高くつくらしいんだよな。これはちょっと魅力的な提案だと思ったり。


「……馬車のアテはあるか?」


 俺は尋ねた。地下通路といっても、交易路であるからには、馬車での往来が可能な程度には整備されている。中継点となる宿場もある。ただ、辻馬車のような便利なものは通ってないし、自前で馬車を用意するとなると、かなり高価で、ちょっと今の懐具合では手が出ない。どこかでレンタルできれば、と思っていたんだが。さすがに徒歩は嫌だし。


「教会の馬車を無断で拝借してきました。公園の前に繋いでいますよ」


 にっこり笑ってルミエルは応えた。


「無断って。大丈夫なのか?」

「大丈夫です。誰にも見られてませんから。バレなければ問題ありません」


 屈託ない笑顔で平然と言う。とんだシスターもいたもんだ。

 考えてみりゃ、こいつは聖堂でも教え子に手を出したり、もともと大して信仰心やモラルはないのかもな。俺がいえた義理じゃないが。一瞬、目付けかとも思ったが、どうもこいつは天然っぽい。これくらい図太い奴のほうが、こちらも何かと気楽でいいや。


「いいだろう。しばらく旅に付き合ってもらうぞ、……ルミエル」

「はいっ、どこまでもお伴します! アークさま!」


 元気な返事がこだまする。俺はルミエルと二人、薄暗い地下都市の道を歩き出した。

 長い旅になりそうだ。



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