202:とある魔術のビーム砲
ハングライダーっぽい何かにぶら下がって空を飛ぶ魔術師たち。人数はちょうど十。
風に煽られるのか、ときおり右へ左へ危なっかしくふらつきながらも、かろうじて横列に並んで、こちらへ近寄ってくる。一応、最低限の訓練くらいはしてるようだな。あんなものに乗って姿勢を保ちつつ、呪文を詠唱し、なおかつ、きちんと狙いを定めて攻撃魔法を撃つなんて、凡人には至難の業のはずだ。エルフの中でも相当に優秀な魔術師たちを選抜したんだろう。
とはいえ、むろん俺の相手じゃない。
俺はおもむろにアエリアを抜き、連中めがけ急加速した。
「伸びろ、アエリア!」
──ビョーン。
たちまちググンッとアエリアの刀身が伸びてゆき、刃渡り一丈余りという特大剣へと変化する。
魔術師たちは、相変わらずぽんぽんと散発的に火球を放ってくる。あんな態勢から、そこそこ正確に狙ってくるんだから大したもんだ。俺はそれらをかわしつつ、ぐっとアエリアの柄を握り、その巨大な刀身を振りかぶって中空へ旋斬一閃、横一文字に振りぬいた。剣先がぐおんッと唸りをあげるや、見えざる猛烈な衝撃波が風を裂いて、空飛ぶ魔術師たちの隊列を直撃する。狙いは、彼らをぶら下げてる人工翼。
たちまち十個のハングライダーのようなものはまったく同時にバラバラと分解し、十人の魔術師たちは、揃って手足をばたばた宙に泳がせつつ、一斉に地上へと堕っこちていった。
けっこうな高度だからなあ。ありゃ助からんだろうな。俺に牙を剥いた以上は自業自得だ。
あっけなく空中魔術師たちを片付け、さらに高空から霊府中央部へ向かう──はるか遠く、西のほうに、木々に囲まれた灰色の角塔が見えはじめている。見取り図によれば、ちょうどあのへんがフィンブルの研究所のはず。
不意に、地上で何かキラリと光ったかと思うと、突如、強い閃光が俺の視界を真っ白に染めあげた。同時に、胸もとを太い棒でドンッと突かれたような鈍い衝撃。なんか攻撃が当たったみたいだ。いったい何が起こってる?
視力のほうはすぐに回復したが、さすがの俺も少々驚いて、やや高度を落とし、地上をざっと眺め渡した。
フィンブルの研究所とおぼしき角塔の脇に、木で組まれた櫓のようなものがずらりと並んでいる。望楼のようだが、よく見てみると、それらのてっぺんに銀色の丸い皿のような形状の物体がしつらえられている。なんかどっかで見たような──。
そうだ。パラボラアンテナ。あれにそっくりだ。
石造りの角塔、その脇に並ぶ木造の櫓。そんな中世っぽい風景のなかに、やけに近代的なパラボラっぽいものがずらっと並んでいる。またえらく場違いな。
もしかして、さっきの光は、あれか? あのパラボラから撃ってきたのか?
そう思った瞬間──またも、強烈な閃光が俺の視界を灼いた。続いて、俺の全身を同時に何箇所もドンドンと棒で突きまくられる感覚。別に痛くもなんともないが、こう眩しいと、ちょっとやりづらい。なんなんだこれは。
ひょっとすると、あれはアンテナじゃなくて──ビーム砲台……か?
いやしかしちょっと待て。この世界にそんなものあるわけない。
あれもフィンブルの発明品か?
リリカとジーナの情報では、以前あいつは落雷のエネルギーを攻撃に転用する兵器を試作していたと聞く。失敗作だったはずだが、それを原型として作りあげた新兵器ってところか。パラボラの背後に、砲手とおぼしき黒ずくめの人影があり、なにやら両手を掲げて呪文を詠唱している。一瞬、その手許から、バチバチっと電光が弾け──またパラボラから閃光が走って、俺の腹を直撃した。くそ、いくら超音速の動体視力を持つ俺様でも、さすがにビーム光線はかわせん。
どうもあれは、魔術師の雷撃魔法をエネルギー源とする、一種の荷電粒子砲っぽい代物らしい。なんちゅうもんを作ってやがるんだ。
さいわい、威力はたいしたことないようで、まったくダメージはない。眩しくてちょっと鬱陶しい程度だ。そもそも、わざわざビームなんぞに変換せずとも、普通に魔術師どもに雷撃魔法を使わせたほうが早いと思うんだがな。技術に溺れて肝心なところが見えなくなってるんじゃないか? ある意味、マッドサイエンティストの名にふさわしい迷発明といえそうだ。
複数並んだ櫓の上から、さらに何十発というビーム砲が次から次へと撃ち込まれてくる。ええい、だから効かんというに。チカチカと眩しくてかなわん。
とりあえず。
一瞬、攻撃が途切れるタイミングを待って、ひょいとアエリアを振り上げ──地上めがけ、ぶんぶんっと振り下ろす。
激しい衝撃波が旋風を巻いて地上へ襲いかかり、たちまちすべての櫓がメキメキ音を立てて派手に倒壊した。あとに残るは、へし折れバラバラになった櫓の残骸と、その下敷きになった魔術師ども。まだ何人かは息があるようだ。なかなかしぶとい。後で邪魔しに来られたりすると面倒だから、トドメを刺しとくか。
空中から、さらにアエリアを振るって、もう一発、衝撃波を地上へ叩き込む。おびただしい土砂と無数の木片がぶわっと宙へ巻き上がった。
俺はおもむろに高度を落とし、まだ砂塵濛々たる地上へ、ゆっくりと舞い降りた。
ざっと周囲を見回してみる。自分でやっといてなんだが、ひどい有様だ。櫓の残骸とともに、例のパラボラっぽいブツがそこらに転がっている。形状は本当にパラボラアンテナそのものだな。直径一メートルくらいか。フィンブルめ、よくこんなもんを思いついたもんだ。俺には通用しなかったが。
足もとを見ると、ズタボロの黒衣を纏った魔術師がひとり、地面に転がって、ぜいぜいと虫の息で俺を見上げている。おや、まだ生きてたのか。
「……ばかな……あれだけ食らって、無傷だと……?」
驚愕と畏怖にわなわな震えつつ、魔術師が呟く。
「あれは……一撃で……竜を殺すほどの威力が……あるんだぞ……そ、それを……化け物めぇ……グフッ」
あ、死んだ。わざわざ解説ご苦労さん。