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200:砕けるオーロラ


 翌朝──身支度を整え、俺はひとり市庁舎を出た。玄関口の脇にはトブリンの巨体。そのそばに完全武装のハネリンが佇んでいる。


「ゆーしゃさまっ、いってらっしゃーい!」


 眩い朝日の下、笑顔でぱたぱた手を振ってくるハネリン。

 今回、中央霊府の攻略にあたり、俺とハネリンは別々に行動することになっている。


 昨夜、ティアックの研究所から戻った後、ハネリンと話し合って、ごく大雑把ながら作戦を立てておいた。俺は単身、真正面からフィンブルの研究所へ向かう。その間、ハネリンはトブリンに乗って、少し遅れて出発。中央霊府の外縁部を大きく迂回し、空中から霊府の北門へ奇襲を仕掛ける。また、霊府の西側にはエナーリアたちが待機していて、連中にはスーさんを介して俺の指示を伝達済み。俺が霊府に突入すると同時に、エナーリアたちも行動を開始し、物心両面から一気に霊府全体を混乱に陥れる算段だ。


 ルミエルも見送りに出てきた。とくに心配している様子はない。むしろ晴れやかな顔つきだ。昨夜、市の有力者たち五名を急いで招集し、電光石火のごとく全員を口説き落として信者にしてしまった。傍で見ている俺すら危うく引き込まれそうになるほど、その弁舌は巧緻を極め、わずか三十分後には、有力者たちはもはや歩くATMと化していた。もういつでもじゃんじゃん現金を引き出せる状態だ。恐るべし外道シスター。


「こちらは何も問題ありません。どうか存分に、やりたいことをなさいませ。フルルさんのこと、よろしくお願いいたします」


 ルミエルはそう言ってにっこり笑った。


「任せておけ」


 俺は短く応え、ルミエルに背を向けた。もはや後顧の憂いはない。……多分。

 さて、アエリアを起こさないと。いつぞやみたいに、また歩いて出発なんて、どうにも格好がつかんからな。


「おい、起きろ。飛ぶぞ」


 そうアエリアの柄をぽんぽん叩いてやると。


 ──クックー、ドゥルドゥードゥー。


 なんでニワトリ。しかもアメリカン風味。


 ──コケッ、コケー、コケコッコー。


 そうそう。やっぱニワトリの鳴き声はそうでないと……いや。そうでなく。起きたんなら真面目にやれ。


 ──オウ。イクデ、ワレ。


 おう。行ったれやワレ。なんで河内弁か知らんが。ともかくアエリアも気合は充分のようだ。

 アエリアが魔力を解放する。俺の全身を、綿毛のようなやさしい感触がふんわりと包み込んでいく。身体が軽い──。


 俺は地を蹴って、一気に天へ舞い上がった。

 高度およそ三百メートル。秋天縹渺、燦爛たる陽光を全身に浴び、一陣の風のごとく宙空を駆ける。目指すは北西──中央霊府。





 もとよりルザリクと中央霊府はさほど距離があるわけではない。馬車でのんびり進んで一週間ほどの行程だ。アエリアの飛行速度なら、ほんの数分でたどり着く。

 眼下、濃緑の森林の只中をまっすぐ流れる大運河。そのほとりに築かれた城塞都市。五角形の三重防壁、その周囲に満々と水をたたえた濠をめぐらせ、壁の内側には無数の茶褐色の尖塔がそそり立っている。あれこそ中央霊府だ。


 昨夜、ルミエル直属の情報部員らが持ち帰った情報によると──現在、霊府直上はフィンブルが作った防御結界に覆われており、上空からの侵入は困難だという。ただ、よくよく聞いてみると、それは単純な物理障壁魔法で、シャダーンが南霊府中枢の防衛に用いていた結界とほぼ同じものらしい。

 ──つまり。


 俺は霊府南側の外壁めがけ、降下を開始した。

 うっすらと、霊府一帯上空をオーロラのような輝きがドーム状に覆っている。


 その輝きをめがけて、風を切り裂き、急降下。

 おもむろに右の拳を握り締め──問答無用で、光の壁をぶっ叩く!


 ──手ごたえあり。

 おもむろに、光の亀裂がビシビシと四方へ走り広がり──パリィィィン! と、小気味よい澄んだ響きとともに、オーロラの障壁にぽっかりと巨大な風穴が開いた。


 この程度の物理障壁で俺を止められるはずもない。もっとも、フィンブルのほうでも、これくらいは想定の範囲内だろう。次は何を仕掛けてくるやら。

 障壁の穴を抜けて、まずは霊府南門の外壁上空に移動。すーっと高度を落としてゆく。壁上には十数人のエルフの弓兵がいて、空に浮かぶ俺の姿を視認するや、たちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎ。狼狽しながらも、懸命にこちらへ矢を射かけてくる。むろん当たるわけもないが。


 地上のほうも、南門の周辺に大勢の兵士たちが大慌てで駆けつけ、なんやかやと口々に喚きながら集結しつつある。すべてこちらの思惑どおりだ。もちろん、俺はまともに連中の相手などするつもりはない。ここに一時的に守備隊の注意を引いて、釘付けにしておく作戦だ。そのうちフィンブルのほうでも何らかの対応をしてくるだろう。


 ──コロセー。アイツラ、ブッタギレー。


 アエリアが煽ってくる。かなりテンション上がってるみたいだな。だが、ここで兵隊どもを斬っても意味はない。後々、俺様の奴隷となる連中だ。むしろ可能な限り生かしておかんと。ただでさえエルフは他の種族より数が少ないんだし。

 情報部がもたらした周辺地図によれば、霊府のど真ん中には長老の居館がそびえていて、フィンブルの研究所はそこからやや南西のほうにある。それはエルフには珍しい石造りの建物で、いかにも頑丈そうに見えるが警備は緩く、中に入り込むのは簡単だったという報告だ。内部には、ルザリクを襲ったものと同型のロックアームが五体、ずらっと並んでいたとか。


 ただ、おそらくそれは罠だ。フィンブルとて、こちらが探りを入れてくることぐらいは予測しているはず。このタイミングで警備がザルなんてのは、さすがに故意にやってるとしか思えん。そうやって情報部員どもをあえて内部に引き入れ、不正確な情報をこちらへ伝えさせようとしたのではないか。あいつなら、それくらいの策は弄してくるだろう。

 だとすれば、フィンブルが考えそうなシナリオは──早めにロックアーム五体を迎撃に出し、俺にそれをすべて撃破させる。もうロックアームは出てこないと判断した俺様は、単身で研究所へ突入。そこへ待ちかまえていたフィンブルが、何かとっておきの隠し戦力で、油断した俺様に不意打ちを仕掛けてくる──だいたい、そんなところかな。


 フィンブルの思惑に、こちらもあえて乗っかってやるつもりだ。面白いことになるだろう。

 ふと、空の一角。次第に黒い影のようなものが、ぽつぽつと見えはじめた。さっそく来たな。きっちり五体、飛行型ロックアーム。予想どおりだ。


 では、軽く準備体操といこうか。



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