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002:その名を呼ぶな


 昔は、勇者ってのがいたらしい。

 勇者は、魔王退治のために、神から色々とインチキな力を授かってる奴のことだ。勇者は少なくとも魔王を倒すまでは、殺しても死なない。何度でも復活して、レベルを上げて、仲間を増やして、すげえ武器とか手に入れて、じっくりと魔王を追い詰めていく。魔王にしてみりゃ、真綿で首をじわじわ締めつけられてるようなもんだ。もしこんなタチの悪い奴に付け狙われたら、俺は魔王やめて逃げ出すね。


 さいわい、いま、この世界に勇者はいない。おかげで俺の魔王ライフも安泰ってわけだ。

 勇者とはいかないが、逆らう奴はまだけっこういる。そういう連中をプチっと潰してやるのが最近一番の娯楽だな。平穏な日常にも、たまにはこういう、ちょっとした刺激がないと。


 俺は玉座の間から、城の前庭にテレポートした。南の城門の内側だ。魔王たるもの、瞬間移動くらいは当然の嗜み。俺にかかれば女子寮に忍び込んで下着を盗むなんて朝飯前だ。しないけど。

 人間どもは、この城門の近くまで軍勢を進めてきている。なんかもう喊声とか馬蹄の響きとかドカドカワイワイ聴こえてきてるし。しかし、ここの城門は頑丈な鉄の扉がガッチリ閉まってて、ちょっとやそっとじゃ開けられないはずだ。城壁は高さ二十メートルくらいの石造り。取り付いてハシゴとか使えば、人間どもでもなんとか乗り越えて、この前庭に入ってこられるだろう。だが、俺は人間どもを城の中まで招待するつもりはさらさらない。


 俺は頭の角を撫でながら、さてどうしてくれよう、と思案した。

 俺の頭には二本のでっかい立派な角が生えてる。寝るときとか、邪魔なんだよなこれ。頭髪はない……いや、てっぺんに三本くらいはあったかな。だからハゲではない。多分。

 普段の身長は二メートルくらいだから、それほどデカくはないが、顔が怖いことでは定評がある。肌は赤黒く、目はルビーみたいに赤くギラギラ輝いている。黒目がないんで、傍には相当不気味に見えてるはずだ。口からは牙なんかはみ出てて、顔つきも死ぬほどいかつくて怖い。はじめて鏡で自分の顔見たとき、うわ怖ッ! なにこの地獄の魔王! って心底ビビったし。こんな俺が黒マントなんか着込んで仁王立ちすると、どこに出しても恥ずかしくない、いやもうどっから見ても魔王! って感じの魔王様の出来上がりってわけだな。


「陛下、いかがなさいますか?」


 一緒に移動してきたスケルトンのスーさんが俺にたずねる。どうでもいいけどあんた骨しかないのに、どこからどうやって声出してんだ? いやほんとにどうでもいいか。

 ちょっと見渡すと、魔族の部下ども、オークとかコボルドとかヴァンパイアとか、ざっと二千匹ほどが広い前庭に出てきていた。いつでも戦えるよう準備して、俺様の命令を待ってるわけだ。可愛いやつらよのう。キモいけど。あ、ヴァンパイアは帰って棺桶入ってろよ。いま昼間だぞ。とか思うそばから太陽の光を浴びて、さらさらーっと灰になってしまった。だからいわんこっちゃない。


「俺にまかせとけ。おまえたちは、さがってろ」


 俺はスーさんに言って、部下どもを周りから遠ざけさせた。とりあえず、人間どもが城壁に取り付く前に、プチっとやっとかないとな。部下どもが見てるし、ここはいっぱつ、魔王の威厳というものを示しておかんと。


「ぬおおぉぉん!」


 と、気合一発、俺はその場で巨大化した。俺は魔力で身長体重をある程度自由に変えられる。最大百メートルくらいまでいけるが、さすがにちょっと大きいので、身長五十七メートルくらいで。体重五百五十トン……は重すぎるな。五十トンくらいでいいや。

 おお、見える見えるぞ、城壁の向こう側。うじゃうじゃいやがる。もう人間どもは城門の少し手前まで来てて、まさに城攻めの準備中って感じだ。その目指す城に突如巨大化した俺様が出現したってんだから、人間ども、ビビッて凍りついてやがる。ただでさえ怖い俺の顔が、さらにでっかくなってるし、そりゃ迫力とか威圧感とか半端ねェだろうな。とりあえず、定番のご挨拶でもしとこうか。


「よくぞここまで来た。心弱き者どもよ……」


 俺の声はかなり低くて渋い。まさに地獄の底から涌き上がってくるような、超おどろおどろしい声だ。しかも勝手にエコーまでかかる。気の弱い人間なら、この声聞いただけで失神する。むしろ俺自身が失神しそうなぐらい怖い。

 人間どもの軍勢も、俺のご挨拶で、すっかり混乱してる。そんななか、例の騎士のボクちゃんが馬を進めて前のほうに出てきた。


 剣を抜いて、ビシッ! と切っ先をこっちに向ける。おーおー、張り切っちゃって。どうせこいつ、魔王を倒して英雄になって、ついでに婚約者のお姫さまも救い出してハッピーエンド、とか甘い夢見てんだろうなあ。まあそのお姫さまは、ゆうべも俺と色々お楽しみだったけどな。残念だよな。現実って厳しいよ。

 で、その残念なボクちゃんがなんか言ってる。


「我が名は王国騎士ライル・エルグラード! 貴様の悪の野望もこれまでだっ! 覚悟しろッ! 魔王ああああ!」


 その名前を言うなあああああ!

 俺の――俺の唯一最大の弱点を突くなァァッ! ああああ言うな! ていうか誰だ! 俺にこんなフザけた名前付けた奴! 神か? 神なんだな? そうなんだな? 勇者ああああってのはまだわかる! 魔王ああああはねーだろ! 適当にも程があるだろ!


 ……いかん。少し取り乱してしまった。しかし魔王たるもの、そんな内心を見透かされるわけにはいかん。さらりと聞き流して話を続ける。


「愚かな。無力な汝らに、いったい何ができる?」


 俺の声が、うゎんうゎんとエコー全開で響き渡る。しっかし、ライル・エルグラードって、また大層な名前だなぁ。オマエその名前俺によこせよ。それに王国騎士って、もう王国なんて形骸すら残ってないだろ。王都は前の戦争で俺ら魔族が徹底的に蹂躙して、すっかり廃墟になってるし、王族も貴族も男どもは処刑済み、女どもは俺のハーレムにいるしな。

 その大層なボクちゃんがキリッ! と応える。


「戦うことができる! 僕たち一人一人は無力でも! 仲間たちがいる! みんなが力をあわせれば、大きな力になるんだッ!」


 無力ってのはさー、つまりゼロなわけでさ。ゼロにどんな数を掛け合わせても、答えはやっぱゼロなんだけどな。わかってないんだろうなあ。そこんとこ。後ろの人間ども、そうだそうだー! うおおおおー! とかいって気勢あげてやがるし。

 じゃ、お手並み拝見といこうか。



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