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199:ムニエルと黒ネズミ


 南霊府から戻った俺たちを出迎えたのは、えらくご機嫌斜めなルミエルだった。


「こんな時期に、租税を減免しろだなんて。まったく冗談じゃありません」


 いきなり不満をぶちまけてくるルミエル。いったい何事だ。

 夕方。ルザリクの庁舎食堂。俺とハネリン、ルミエルは、三人揃ってテーブルにつき、夕食が運ばれてくるのを待っていた。その間、ルミエルは腹立たしげにぷーっと頬を膨らませつつ、事情を訴えてきた。


 それによれば、ちょうど今朝がた、市の有力者たちが連れだって、庁舎へ陳情に訪れて来たらしい。ようするに、税金が高すぎると文句を言いに来たわけだ。


「おカネはいくらあっても足りないんです。野外音楽堂の再建費用だけでも、いったいいくらかかると……」


 前市長エンゲランが引き起こした騒動の後、彼ら有力者たちは、この俺をかつぎあげ、市長擁立へ向けて各方面へ積極的に働きかけを行っている。つまり俺の後援者ということになる。さすがのルミエルも彼らを粗略には扱えず、その場では言を左右に即答を避け、丁重にお帰り願ったという次第らしい。


「アークさま。この件、いかがいたしましょうか?」


 さすがの外道シスターも、俺の不在中にこう突き上げを食っては、如何ともしがたかったようだな。では、さくっと解決してやろう。


「──なに。俺の後援者だからとて、遠慮することはない。正しい道を説き、彼らを導いてやればいい。おまえのやり方でな」


 ぴくっ、とルミエルの眉が動いた。おまえのやり方──というところに反応したようだ。


「なるほど」


 ルミエルは大きくうなずいてみせた。


「わかりました。では今日中にも彼らを呼び集め、じっくり説得いたしましょう」


 そう言って、ルミエルは穏やかに微笑んだ。表情も先程までのふくれっ面から一転、晴れ晴れと爽やかに。どうやらご機嫌よろしくなったようで。

 ルミエルの「説得」とは、すなわち俺様を教祖とする例の新宗教へと引き入れる洗脳説法のことだ。その弁舌は、まるで魔法のように聞く者の心を蕩かせ、しまいには感涙にむせびつつルミエルへ財布を差し出させているという凶悪なもの。ルミエルは俺に遠慮して、あえて今回はそれをやらなかったようだが、その俺が許可を出した以上、容赦なく有力者たちの財産をむしり尽くすだろう。宗教って怖い。


 ──そうこうするうち、俺たちが持ち帰った三枚の舌平目は、板前さんの手で定番のムニエルに。金目鯛も、これまた定番の煮付けになって、テーブルへ運ばれてきた。舌平目にもいくつか種類があるそうで、俺が持ち帰ったものは赤舌平目というらしい。ちょっと身が薄く、あまり刺身などには向いてないんだとか。そのかわり、サンマのほうを刺身にしてもらった。

 まず、三人揃って、一斉にムニエルに箸を入れ──。


 三人同時に賛嘆の声をあげた。


「お、おいしい……! こんなの初めてですよ!」

「う、うわ……なにこれー! おいしー!」


 ムニエルの味に、ルミエルが驚いている。ハネリンもびっくりしている。俺も驚いた。いや実は舌平目って初めて食うもんで。

 身は淡白だが脂が乗ってて、じんわりと舌に染み込むような旨さ。ほどよく焦げたムニエルは香ばしく軽い食感。旨みがぎゅっと内側に凝縮され封じ込められている感じだ。


 金目鯛の煮付けも、これまた素晴らしい。白身からあふれんばかりの、ぱああっと広がる甘み。この料理はこっちの世界に転生する前、日本人だった頃に何度か食べたことがあるが、その思い出補正も加わってか、なんとも懐かしい味覚だ。


「ところで、ルミエル。中央へ派遣していた情報部員とやらは、何か連絡をよこしてきたのか」


 サンマの刺身を口に放り込みつつ俺は訊ねた。これも実に美味。まだ鮮度は落ちてなかったようだ。


「ええ。今朝、全員が無事に戻ってきました。フィンブルの研究所と、その周辺の見取り図、例の空を飛ぶ巨人の詳細など、かなりきわどいところまで情報を集めてくれています。ですが、フルルさんは……」

「もう洗脳済みなんだな?」

「……ええ。残念ながら」


 ルミエルはこっくりとうなずいた。昨夜シャダーンに聞いた話と、その報告は合致している。やはり星読みの力というのは侮れんな。


「心配するな。対策は施してある」

「対策……フルルさんを正気に戻す方法が?」

「そうだ。ティアック・アンプルに、そのへんは依頼してある。フィンブルの強制魔法を無効化する手段をな。うまくすれば、今夜中には全ての準備が整うはずだ」

「それでは……!」


 ぱぁっと目を輝かせるルミエル。俺は力強くうなずいてみせた。


「明日にも中央霊府へ突入する。反撃開始だ」





 夕食後。俺はひとりでルザリク市立魔法工学研究所を訪れた。ドアノッカーを叩くと、憔悴しきった顔つきのティアック・アンプルが出迎えに現れた。


「あー……アァークさま……ど、どうぞ……!」


 顔色が悪い。目の下に黒々とクマができている。表情もげっそりと。おそらく、あれから不眠不休で作業していたんだろう。だが口もとには、かすかな笑みが浮かんでいる。どうやら成果はあがったようだな。


「どうだ、いけそうか?」

「うふふふふ……! そりゃもぉ……バッチリですよぉ……!」


 地獄の底から這い上がってきた魔女みたいな凄惨な微笑み。疲労の極みにありながらテンションだけ異様に高い状態だな。いわゆる入稿前の修羅場をくぐりぬけた直後の作家とか漫画家とかのあれだ。

 よろめきつつ研究室へ入るティアック。後に続いて室内に踏み込むと、床に二つの小さな金属檻が並んでいた。それぞれの檻に一匹ずつ、黒いネズミが入れられている。マウスかモルモットかわからんが。一方はおとなしくうずくまってるが、もう一方は檻の中でキーキー暴れている。


「この子達は普通のネズミではありません。魔法実験用の特殊なマウスで、ごく弱いものながら、先天的な魔力を持っているのです」


 つまりネズミの魔法使いってとこか。黒いマウスで魔法というと、なんかこう、ちょっと思い出すものがあるな。それは、やたら甲高い声で話す、自称魔法の国とやらのマスコットで、名前は……ミッ……。


「ええと。それで、こっちの子には、例の生体ゴーレムの烙印を押してあります。正常な精神状態ではありません。そこで……」


 ティアックは、おとなしいほうのネズミを檻から取り出し、暴れているネズミの檻へ、無造作に放り込んだ。

 眩い光が閃き、俺は思わず目をつむってしまった。あわてて瞼を開けると──。


 二匹の黒ネズミは、お互いに鼻をつんつんと付き合わせ、ちょっと不思議そうな様子で、きょとんと見つめあっている。どっちがどっちだか見分けがつかんが、二匹とも、とりあえずおとなしくなったようだ。


「いま放り込んだ子のお腹に、反転術式の紋章を彫り込んでおいたのです。どうです、ちゃんと効いてるでしょう」


 おお。そういうことか。動物実験は見事成功ってわけだな。


「さすがだ。よくやったな、ティアック」


 そう優しく褒めてやると、ティアックは、たちまち、ほにゃああーと表情を崩し、いきなりその場にぶっ倒れてしまった。

 慌てて助け起こすと……眠っている。やけに満足げな顔して。仕事をやり遂げ、緊張の糸が切れたか。


 実験は成功でも、まだ肝心な部分が終わってない。俺の身体にその反転術式を彫ってもらわねばならん。だがこの様子じゃ、当分目を覚ましそうにないな。

 やむを得ん。二、三時間ほど寝かせてやるか。


「ふひぇ……うふふふぅ……」


 ふにゃふにゃと寝言を口走るティアック。


「やあ……ボク、ミッチーマウしゅぅぅ……」


 どこから苦情が来るかわからんから、そういう際どい寝言はやめれ。



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