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197:舌平目と金目鯛


 リューリスとハネリンが朝稽古を終えた頃には、もうすっかり夜も明けていた。

 朝日は眩く白い砂浜を照らし、目にも鮮やかなエメラルド色の海面は穏やかにうねりつつ、白い波を寄せては返す。


 秋の海岸というのも、思いのほか風情があるな。俺とハネリンは、昨日も同じように夜明けの海を見てるが、周りに焼死体がごろごろというあの状況じゃ、景色に見とれるどころではなかった。

 こう落ち着いて眺めてみると、やはり内陸のビワー湖とはひと味違う光景だ。見渡す限り明るく澄んだ空と海。視界はどこまでも広くひらけている。そして漂う潮の匂い。


「あ、私はこれから食材の買い付けに行ってきます。お二人はお邸のほうへ……」


 リューリスが言う。稽古のあとは買出しがリューリスの日課か。従者ってのも大変だ。しかし食材ってことは、新鮮な魚介類を買える場所が近くにあるってことだろうな。これはぜひ行ってみたい。


「俺も一緒に行っていいか? ルザリクへの土産に、何か買っておきたいんだが」

「え、お買い物? ハネリンも行きたいー!」

「ええ、かまいませんよ」


 リューリスは、そう応えると、また兜をがぽんっと被った。


「でしたら、いいところがありますよ。では一緒に参りましょう。ランニングで」


 また走るんかよ! 朝稽古はまだ終わってないってことか。





 海岸の一部に小さな内湾があり、木造の桟橋がかかっている。そこに手漕ぎボートが数十ほども集まりひしめいている。

 すべて地元漁師たちの漁船で、今朝の漁を終えて戻ってきたばかりだそうだ。一本釣り専門の漁師も何人かいるらしいが、ほとんどは網と火系・水系魔法を組み合わせた独特の漁法を用いるとか。水系はわかるが火系ってなんだ。


「水中に爆発を起こして魚の群れを驚かせ、網に追い込むんだそうです」


 とはリューリスの説明。本当にエルフは何でもかんでも魔法だな。

 市場も近くにあるそうだが、リューリスは桟橋で漁師たちに直接交渉して買い付けるそうだ。ボートの吃水の深さや漁師たちの顔つきを見れば、その日の漁の具合や、どんな魚が多く獲れたかなど、およそのことが一目でわかってしまうのだとか。リューリスと漁師たちはお互い顔馴染みらしく、やけに親しげだ。


「おや、リューリス。今日は一人じゃないんだな。友達かい?」

「いえ、お客様ですよ。噂の勇者さまご一行です。いま、シャダーンさまのお邸にご逗留なさっておられるんですよ」

「へええ! そりゃまた……! おお、だったらちょうどいい。勇者さま! 安くしときますから、こいつを持っていきなせえ!」


 ちょっと日焼けした中年エルフの漁師が、白い歯を見せながら高々と掲げてみせたのは、やけに平べったい褐色の魚。なんというか……靴底のお化けみたいな形だ。


「わ、舌平目じゃないですか。いいのが獲れましたね」

 リューリスが感心したように言う。おお、これが噂の高級魚、舌平目か。見ためは平目と似てるが、違う種類の魚なんだっけ。


「網のいちばん底に、いくつか引っかかっててなぁ。こいつは狙って獲れるようなもんじゃないんだ。きっとこいつら、勇者さまに食べてもらおうって、自分から飛び込んできたに違いないぜ」


 漁師はカラカラと豪快な笑顔を向けてきた。だがそうは言ってもタダでないあたりは、さすがに逞しいというか。提示してきた値段は三尾で大銀貨一枚。ダスクのミレドアの店でいえば、イモ二十個くらい買える金額だから、いわゆる卸値としてはけっして安くないと思うが、しかしそうそう味わえない代物だ。これはもう即決するしか。


「買った!」

「おお、そうこなくっちゃ! ついでだ、これも網に引っかかってたんで、オマケしときますぜ」


 中年漁師は、ぴちぴち跳ねる赤い金目鯛を二匹、木箱に放り込んだ。ちょっと目が大きくてグロい外見だが、これもなかなかの高級魚だ。もちろんすぐ食うんじゃなくて、舌平目ともども、土産としてルザリクに持ち帰るつもりだ。シャダーンの邸に戻ったらリューリスに頼んで氷漬けにしてもらおう。今日の昼ごろにはルザリクへ戻るつもりだから、なんとか新鮮な状態で持って帰れるはずだ。ルミエルもきっと喜ぶだろう。あの食堂の板前さんは、これらの高級魚をどう料理してくれるだろうか。楽しみだ。

 他にも、今日はサンマがよく獲れたということで、リューリスは他の漁師たちと交渉して新鮮なサンマをどっさり買い込んだ。買った魚はすぐに木箱に詰め、それに縄をゆわえて、甲冑姿のままよっこらしょと背負う。普通なら到底、一日で食いきれる量じゃないはずだが、リューリスが言うにはシャダーンも割と大喰らいで、サンマ四、五尾くらいは一人でぺろりと平らげてしまうのだとか。それに加えて、今日はハネリンもいるしな。


「サンマ、おいしそう……!」

 そのハネリンが、飢えた猫のような目つきでリューリスが背負った木箱に見入っている。朝稽古を終えて、ちょうど腹をすかした頃合か。いまにも木箱に食いつきそうな様子だ。


「帰ったら、すぐ朝食にしますから。今朝はサンマのお刺身と塩焼きで、サンマ尽くしです」


 リューリスはにっこり笑ってそう告げた。それは最高だ。塩焼きには、ぜひ大根おろしも付けてもらいたい。

 俺たちは漁師たちに別れを告げ、意気揚々と桟橋を離れて、シャダーンの邸へ向かった。もちろんランニングで。



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