195:地下都市攻略計画
シャダーンが言うには、黒死病計画はもう八割がた準備を終えており、あとは触媒を揃えるだけ、という状況らしい。これは星読みの力とは関わりなく、シャダーン自身が持つ諜報網によって収集された情報だそうだ。そういえば、オーガン暗殺の動きを事前に察して、いち早く西霊府に警告を送ったのもシャダーンだったな。
「アンタが持ってる竜の目玉を触媒に使うつもりなのさ。長老の名でアンタを呼び出して、理由をつけて触媒を取り上げ、あとは適当にアンタをあやして中央霊府から追い出す……そんな算段を立ててるようだね」
俺が集めた竜の目玉が黒死病魔法の触媒に使われる可能性──少し前、移民街の商人たちからも、そういう話を聞かされていた。たんなる杞憂でなく、事実だったようだな。俺を騙くらかそうなんざ、ずいぶん舐められたもんだ。
「長老自身は、べつにアンタを騙すつもりはないようだけどねえ。周りに陰険なのが揃ってるから、まずはそいつらを排除することだね」
言われんでもそうするつもりだ。真正面から問答無用でぶっ潰すのもいいが、相手の出方が既に判明している以上、ちょいとその裏をかいてみるのも面白いかもしれん。そこらへんは、また後で策を練ってみるとしようか。
シャダーンにはもうひとつ、確認しておかねばならないことがある。
「さっき、リューリスから聞いたが……」
「何をだい?」
「十年ほど前、ここを訪れた人間の魔術師のことだ」
「……ああ。何が聞きたいか、もうわかったよ」
シャダーンは、にぃぃっと頬を歪めた。その顔が、またいちだんと怖い。
「確かケーフィルとかいったかね。あれは、勇者を支える役割を持つ北天十六星、そのひとつを宿星として背負っている。ゆえに、己の運命と勇者の行く末を、アタシに訊ねに来たのさ。ただ、さっきも言ったとおり、ボイドの悪影響で、アタシにも星々の未来は不透明で、どうしても読みきれない状況になっている。そのへんの事情を聞かせて、帰ってもらったんだよ。ただし、アンタの宿星──天乱星と天兆星の異変については、一応、語って聞かせてある」
ほう。ケーフィルがそんな大層な宿星を負っていたとはな。十六星ってくらいだから、他にも同じような役割を持ってる連中がいるんだろう。ルミエルとかもそうなのかな?
「……ということは、ケーフィルは俺が魔王だということを知っているのか」
「いや。どうだろうね」
シャダーンは軽く首を振ってみせた。
「アタシが聞かせたのは、魔王と勇者の宿星に異変があって、両者がぴったり重なりあっている、ってことだけさ。なんせ当時は、アタシ自身、まさか魔王と勇者が同一人物だとは予測してなかったからねえ。他の星々、とくに魔王を支える側の八十八凶星が、まだこれといって動きを見せてなかったからね」
八十八凶星ってのが何なのかよくわからんが、多分それは魔族のことだろう。とすれば、当時、アークはまだ六歳で、スーさんの証言によれば、魔族の連中は神魂が映し出すアークの様子をひたすら観察しているだけだったはずだ。そりゃ動きがないのも当然だろう。
「だから少なくとも、アタシのところに来た時点では、アンタが魔王であり勇者でもある、という事実をハッキリとは把握していなかったはずだよ。ただ、乱兆と天兆、この両宿星の関係性から、それに近い推測は立てていたかもしれないね」
つまりケーフィルは、俺と魔王が同一人物かもしれないという疑念程度は薄々持ってるかもしれないが、確証までには至ってないってことか。
「そうか。その程度なら問題はないな。ケーフィルが俺の正体に確証を持っていなければ、それでいい」
俺がケーフィルのことについて気掛かりだったのは、もし奴が俺の正体をハッキリ知っていた場合、今後、俺がウメチカを掌握する際に大きな障害になりかねない、という点だった。中央霊府の次は、ウメチカを陥とすと決めているからな。
ウメチカ制圧の手順については、実はすでにかなり細かいところまで具体的に考えて計画を立てている。だがそれは、誰も俺の正体を知らないという大前提がなければ成立しない計画なのだ。もしケーフィルが俺が魔王だと知っていたなら、まず邪魔されてしまうだろう。そうなると計画の根本が崩壊してしまう。だからわざわざシャダーンに確認したわけだ。どうやら杞憂だったようだが、それでも少しはケーフィルの動向について警戒しておくべきかもしれない。スーさんに探りを入れてもらおうかな。
「……ホホホホ。なるべく流血を避け、ウメチカを無傷で手に入れようって算段かい。欲張りだねえ、アンタは」
俺の計画の断片を語って聞かせると、シャダーンはそう言ってカラカラと笑った。
俺は無傷でウメチカを陥落させるつもりでいる。人道がどうとか、そんなおためごかしではない。ウメチカの都市丸ごと、その人材も経済も施設も一切損なわず、完全な形で手に入れたいからだ。そう考えると、確かに欲張りな話かもな。
あ、でも王様だけは許さない。必ず捕らえて、変な名前に改名させてから処刑してやる。そんでその名前を墓碑に刻んでやるんだ。どんな名前がいいだろう。越中ふんどし、とか。




