194:同属嫌悪
シャダーンの部屋──宇宙を模した暗黒のなかに無数の星雲が連なる壮大な擬似空間──その真ん中に、俺とシャダーンは座して向き合う。
白い星雲の輝きに照らされ闇のなかに浮かび上がるシャダーンの顔は、やはりホラー映像そこのけに不気味に見える。ただ当人はあくまで真面目くさった表情で、あらためて様々な情報を俺にもたらしてくれた。
「そのお嬢ちゃんの宿星には、外部から異様な輝きが干渉してきてるよ。おそらく、もう正気ではないだろうね。フィンブルのぼうやは、そういうことを躊躇するタマではないからねえ」
これはフルルについての情報。残念ながら、俺やルミエルの予測どおり、フルルはすでにフィンブルの手で生体ゴーレムもしくはそれに類する強制魔法の餌食にされてしまったようだ。
だが、これについてはすでに対策を施してある。ティアックならば、きっちり仕事をやりとげてくれるはずだ。多分。
それにしても、フィンブルはなんで事ごとに俺の前に姿を現すのだろうか。当初は、本人の言葉どおり、ロックアームのテスト相手として俺にぶつけてきているのだと思っていた。だがそれだけだと、今回のルザリクでの騒ぎが説明できない。わざわざ街中で暴れたりフルルを誘拐したりなどせずとも、俺はいずれ中央霊府へ向かうことになっているのだから、そこで待ち伏せればいいだけのはずだ。
「はっきりいって、フィンブルのぼうやはアンタを嫌っているのさ。あれは子供の頃から、ちょいと性格がねじくれててねえ。アンタにイヤがらせしたくてたまらないんだよ」
「……なんだそりゃ。俺も生理的にあいつは好かんが、あいつのほうでも同じってことか?」
「ちょっと違うね。あのぼうやは、正義とか友情とか愛とか、そういう綺麗事が嫌いなのさ」
「……?」
俺が小首をかしげると、シャダーンはおかしそうにグフフっと笑った。だから怖いっちゅーねんその顔!
「わからないかい? アンタの正体が魔王だなんて知ってる者は、魔族以外ではそう多くない。エルフではアタシだけだろうさ。オーガンにもアンタの宿星のことは話してないからねえ。当然、フィンブルのぼうやだって知らないさ。あれは、アンタが正義の味方だと思ってるんだよ」
「……あー」
少々間抜け顔で俺はうなずいた。なるほど、フィンブルは俺を正真正銘、愛と正義の善人勇者だと信じ込んでて、それがいけ好かないと感じてるわけだ。確かに、俺はエルフの領域に入ってからこっち、そういう演技を意識的にやってるしな。
うん。そう聞かされると、ちょっとフィンブルの気持ちもわかるぞ。俺様だってそんな綺麗事ばかりの奴は好かん。もし偉そうに上から目線でお説教でもかまされようもんなら、即座に顔面に一発お見舞いするだろう。グーで。もしくは、徹底的にからかって、とことんコケにしてやるだろうな。
……あれ?
それって、フィンブルが今俺にやってることじゃねーか。
──ああ。そうか。今やっとわかった。
俺がフィンブルを直感的に嫌ってるのは、あいつが俺に似てるからなんだ。同属嫌悪ってやつか。
フィンブルの件はまた後で考えるとして。他にもまだまだ知りたいことがあるぞ。次は──。
「長老のことかい。あれが代々秘密主義なのは、ちゃんと相応の理由があるんだよ。今のアンタには、まだそれを教えるわけにはいかないね」
シャダーンは澄ました顔でそう告げてきた。
「どういうことだ?」
「ひとつだけ、ヒントをあげようかね。お互い、まだ相手の正体を知らない。そういう状況で、アンタと長老はもう出会っているのさ。これ以上のことはあえて言わないよ。あれこれ推測するのもいいけど、どうせ直接会ってみればわかることなんだ。その時のお楽しみに取っておいたらどうだい」
ようするに詳しく教える気はないってか。食い下がってもどうせ無駄だろうし、ここは、そのヒントを引き出せただけで良しとしとこう。既に俺と長老はどこかで出会っている──か。いったい誰のことやら。
ただ、これだけは確認しておかねばなるまい。
「いったい長老は、俺にとって敵なのか、そうでないのか。それだけは教えてくれんか」
「アンタの味方だよ。ほぼ全面的に」
あっさりシャダーンは答えた。え、そうなのか?
「ただし、長老本人はそうでも、周りにはそうでない奴もいる。どちらかといえば、そういう連中のほうが長老より実権を持っている。わかるかい」
「……傀儡ってことか」
これは他の種族でもよくある話だ。王様は飾り物で、摂政やら宰相やら将軍やらが実際の権力を行使する──権力の二重構造、三重構造なんてのは、そう珍しい例ではあるまい。なんせ俺ら魔族の現状にしてからが、俺様が長いこと城に不在だから、実質はスーさんやチーが魔族を統率してる状態だし。
「で? それはどういう連中だ」
「もうオーガンから聞いてるだろ。いわゆる長老支持派だと世間には思われてる連中……北霊府のハルバン、東霊府のボッサーン。二人とも、いまは中央霊府にとどまって好き勝手やってるよ。フィンブルのぼうやも、その与党ってことになるかね」
確かにそのへんは以前、オーガンから聞かされてるな。ハルバンについては、大体のことをリリカとジーナから聞いてるが、ボッサーンってのはよく知らん。だが、中央霊府における権力構造は、およそ理解できた。むろんシャダーンの情報が正確ならば、だが。
「……つまり、そいつらをまとめてぶっ潰せば、長老は俺の味方になるってことか?」
「そうなるねえ。ただし、もうあまり猶予はないよ」
「どういうことだ」
「アンタ、連中が何を企んでるのか忘れたのかい。翼人の国に黒死病魔法をバラ撒くっていう、例の計画さ。ぼちぼち本格的に動きはじめてるよ」
そう言って、シャダーンはまたグフフと笑ってみせた。いやそれ笑ってる場合じゃねえよ。




