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192:焼きソバとジャンボソーセージ


 いつの間にか雨はやんでいた。どうやら雷雲は去ったらしい。

 俺とハネリン、トブリンは、密林を離れて、雨あがりの空へと飛びあがった。


 ここでの用事は済んだが、ミレムダーマ部族の集落には、またいずれ赴かねばなるまい。あそこでしか精錬できないというヒヒイロカネには、色々と利用価値がありそうだ。なにより美人三姉妹が俺を待ってるしな。

 しばし、トブリンと並んで宙を駆けつつ彼方をのぞめば、雲も天地も一面紅蓮に染まる夕焼け空。もうそんな時間か。


 ──シャダーンの邸宅前まで帰りついた俺たちを待っていたのは、トレントの大樹を取り囲むように集う大勢の人々と、広場に整然と並ぶ屋台の賑わい。


「お、帰ってきたねぇ。待ってたよ」


 シャダーン邸の玄関先に舞い降りた俺たちのもとへ、紫の衣に金銀宝石をあしらったシャダーンが、のっそりのっそり歩いてきた。


「今日はうちでささやかな宴会をしようと思ってたんだけどねえ。なんだかんだで、せっかくだから近隣の者たちも集めて、お祭りをやろうということになったのさ。あの竜たちが退治されて、ここいらが平和になったことを祝ってね」


 それでこの賑わいか。ざっと見て、二十くらいの屋台が出ている。集まってるのは百人かそこらだろう。男も女も、さっきまでの粗末な野良着と違って、色とりどりの浴衣とか法被とかに着替え、団扇片手に夕暮れの広場を練り歩いている。規模としてはささやかなものだが、まるで縁日だ。

 ふと見れば、何人かのエルフたちが、飼葉を抱えて、トレントの大樹の下へ駆け寄ってきた。お目当てはトブリンだな。エルフたちがどっさり飼葉を積んでやると、トブリンは、とくに表情は変わらないが、コクコクとうなずきながら、ゆっくり飼葉を食べはじめた。一応喜んでるらしい。


「ま、楽しんどくれ。勇者どの、アンタには後で話があるから、日が暮れたらアタシの部屋へきておくれ」


 シャダーンはそう言い残して邸のほうへ立ち去っていった。


「うはー、どれもこれもおいしそー! ねーねー、あれ、全部食べていいんだよね?」


 ハネリンが目を輝かせて屋台の列に見入っている。お好み焼き、焼きソバ、綿あめ、タコ焼き、ジャンボソーセージ、鯛焼き、焼きとうもろこし、おでん。確かにどれも旨そうだ。例のリューリスがイチ押しの海鮮焼きソバもある。わざわざ「B-1グランプリ制覇!」とかノボリまで立ててるし。当然のように盛況で、けっこう行列ができてる。輪投げとか金魚すくいもあるな。ここが異世界だってことを忘れちまいそうな光景だ。


「……あれはタダじゃないぞ。銀貨を払って、買ってから食うんだ」

「えー? ハネリン、そんなの持ってないよ? じゃあじゃあ、お小遣い、ちょーだい!」


 そう言って、ぱっと両手を差し出してくるハネリン。小学生かお前は。まあいいや。たまにはこういうのも面白い。

 俺は懐から銀貨の詰まった小さな布袋を取り出し、そのままハネリンに渡してやった。


「俺のぶんも買ってこい。海鮮焼きソバとジャンボソーセージな」

「はーい!」


 ハネリンは大喜びで屋台の行列へと駆けていった。

 さて、他にはどんな屋台があるんだろう……と、しばし観察してみる。なぜかスシバーがある。ねじりハチマキの若いイケメンエルフが、やけに慣れた手つきでささっと鮨を握っては「へいお待ち!」とかやっている。どんな取り合わせだ。


「あれ? 勇者さま、ハネリンさまは……」


 リューリスが歩み寄ってきた。


「いま、焼きソバとジャンボソーセージを買いにいかせた」

「あ! もしかして、おカネを……」

「持たせてやったが」

「いえ、実はこういうチケットをつくりまして」


 見ると、カード大の薄い木片に、シャダーンのサイン入りで「全屋台フリーパス」とか署名してある。これを見せれば、どの屋台でもタダで買い物できるとか。


「まさか今日の主賓の方々におカネを払わせるわけにはと、用意しておいたんですが……ひと足遅かったですかね」


 なるほど、こりゃなかなか気の利いた趣向だ。だがもっと早く持ってきてくれよなー。


「すいません、お代のほうは後で……」

「これくらい気にするな。ハネリンが戻ったら、そいつを渡してやってくれ。それより、ちょいと聞きたいんだが」

「えっ、なんでしょう?」

「リューリス、おまえさんは十年前、アクシードに剣の手ほどきを受けたと言ってたな?」

「ええ。今でも日課として、剣の修練は欠かしていません」

「で、アクシードは、何の用事で、こんなところに来ていたんだ?」


 先程、リューリスから話を聞いたとき、この部分だけが少々頭にひっかかっていた。ウメチカ王に仕え、地下都市ウメチカを守護する重責を担う騎士団の最高峰、聖戦士アクシード。俺の知る限り、人間としては最強クラスの剣技と身体能力を備える騎士だ。それが、とくに高齢というわけでもないのに王家の剣術指南役を引退し、なおかつ何の理由もなくこんな辺鄙な場所まで一人でノコノコやってくるとは思えない。何か事情があったはずだ。それも、おそらくはシャダーンに絡む事柄が。

 リューリスは、ちょっと首をかしげた。


「アクシードさまご自身は、こんな田舎に用事はないって言っておられましたよ。ただ、お連れの方がいらして、その護衛としてついてきた、というお話でした。その方は、たしか……」

「……もしかして、ケーフィルか?」


 アクシード同様、俺の魔術の師匠だったケーフィル。他にも宮中作法だの政治学だの経済学だのと、割とどうでもいいことまで教わってるが。あれもウメチカ王家に仕える貴族で、まず人間レベルでは超一流といっていい魔術師だ。俺が師事していた当時から、アクシードとは妙に仲が良かった。


「あっ、そうそう! 魔術師のケーフィルさんです! シャダーンさまにお話を聞きに来られたとかで、しばらくここに逗留なさってました」


 そうか、あのケーフィルもここに来ていたのか。しかもシャダーンと会っていたと……。十年前、いったいケーフィルは何を聞きにここへ来たんだろう。そしてシャダーンはケーフィルに何を語ったのか。

 シャダーンは星読みであり、魔術師がわざわざシャダーンのもとを訪れたなら、当然それは星読みの未来予測を聞くためだろう。もしかして、それは俺の──つまり勇者の宿星にまつわる予測じゃないのか。だとすれば。


 ひょっとしてケーフィルは、俺が勇者であり、同時に魔王であることを、すでに知っている──?



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