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191:骨と魔剣


 二代目魔王と二代目勇者の戦いとなった前大戦──今からおよそ七百年前のことだ。

 当時、天空魔族最強を謳われた「蒼空輝翼」こと天魔将軍アエリアは、北方の魔族領へ侵攻してきた人間の王国軍主力二万八千騎を単独で迎え撃ち、その半数を壊滅させるという凄絶な奮迅ぶりを示して、魔族の実力を天下に見せつけた。だがそのアエリアも、大戦終盤、二代目勇者との一騎打ちで敗れ去り、かろうじて魔王城まで還りついたところで絶命した。


 死亡直後のアエリアの魂を、その愛剣「ミストルティン」に封じ込める作業を担当したのは、当時魔王城に残留していた五体の高位魔族たち。

 しかしその作業は難航した。アエリアの魂はあまりに強大で、かつ気まぐれすぎて、制御が困難だった。これを抑えつけ、ミストルティンの刀身に固定化させるには、それこそ魔王クラスの膨大な魔力が必要になる──。


 当時、すでに二代目魔王に仕えて魔族の宰相をつとめていた美貌のサキュバス──すなわちスーさんが、自ら申し出て、その魔力の供給源となった。スーさんは、自らにスケルトン化の禁呪をかけて、その美しい肉体を削ぎ落とし、これまで肉体の維持に用いてきた魔力をすべて、アエリアの魔剣化に注ぎ込んだのだ。


「もともと──私とアエリア様は、生死をともにと誓いあった間柄でございました。たとえ魔剣となっても、アエリア様には生き続けていただきたかったのです……」


 しみじみと述懐するスーさん。いま、俺がアエリアの柄を、スーさんがアエリアの鞘を掴んで、三人で会話が可能な状態になっている。

 ハネリンとトブリンは蚊帳の外だが、あっちはあっちで、なにやら楽しそうにじゃれあってるから、ほっといていいか。


 ──モー、スーチャンタラー。ミズクサインダカラー。


 アエリアが、ちょっと照れくさそうに呟く。アエリアとスーさんがそれほどの仲だったとはな。生死をともにって、またえらく古風な。今どきの魔族は、あまりそういうメンタリティーは持ち合わせてないからなあ。なんかドライっつうか。

 それにしても、アエリアの刀身がミストルティンだったとは初耳だ。魔族の古い記録にある、「神の心臓を貫く」といわれた名剣。どおりでやたら切れ味がいいわけだ。


 事情はだいたい把握した。スーさんもずいぶん苦労したんだな。しかも当のアエリアは、そんなスーさんの犠牲で魔剣となって生きながらえたくせに、近頃はしばしば生身の肉体に戻りたいとか言いだしている。その理由がまた。


 ──スーチャン。アエリア、ナマミ、モドレナイ? ネーネー。


 ええいまたそんな我儘を。


「そ、それは……難しいですな……。なにせ前例がありませんし、具体的な方法についても、私などには皆目見当が……」


 ──エー。アエリアモ、ダカレタイー。(ジシュキセイ)サセレー。


 こんな理由で生身に戻せってんだからな。困った奴だ。


「相変わらずでございますな、アエリア様は」


 なぜかちょっと嬉しそうに呟くスーさん。相変わらずって……。


「……なぁスーさん、もしかしてアエリアって、生前からこんなアホだったのか」


 スーさんは、カクンっとうなずいた。あえて無言だったのは、やはり、かつての親友を気遣ってのことだろうか。


 ──アホチャイマンネン、パーデンネン。


 やかましいわ。このひょうきん族め。





 トレントの枝を渡す以外にも、スーさんにはいくつか伝えておきたいことがある。

 あの忌々しい対魔族結界が消滅した今、スーさんはエルフの森全域を自在に移動できるようになった。スーさんには今後、俺の中央霊府攻略をちょっとばかしサポートしてもらうつもりだ。スーさん自身はあまり戦闘向きではないが、その瞬間移動能力は使い方次第で数万の軍勢に匹敵する戦力となる。


 当初、俺がウメチカから旅立ったばかりの頃は、なるべくスーさんの手をわずらわせることなく、俺ひとりでエルフの森を制圧するつもりでいた。そもそも魔族の援助自体、たいしてアテにしていなかったしな。だが、あまりそう悠長なことを言っていられない状況になりつつある。

 まずはフィンブルからフルルを救い出さねばならない。黒死病計画の阻止も喫緊の課題だ。長老との会見予定もある。その結果次第では、力ずくで中央霊府を抑えねばならない。さらにエルフの森やウメチカを我が物とした後には、異世界から侵攻してくるバハムートとの戦争も控えている。忙しくて猫の手でも骨の手でも借りたいくらいだ。ならば借りられる手は素直に借りて、ひとつずつ確実に課題を片付けていくべきだろう。


「承知しました。もとより私は陛下の手足。なんなりとお命じくだされ。なんでしたら夜伽のほうも」


 いやそれはまた別の機会で。


「ところでスーさん、水魔将軍のエナーリアというのを知っているか」


 訊ねると、またもスーさんの頚骨あたりがカコーン! と鳴った。


「そ、それはむろん……! もしや、あの者も?」

「ああ、生きている。ずっとビワー湖の地下に封印されていたんだ。人狼のグレイセス率いる黒狼部隊ともどもな」

「なんと、黒狼部隊……! クトニア様のお庭番衆でございますな。あの者たちも生きておったとは」

「ほう、グレイセスも知っているか。なら話は早い。いま連中は、中央霊府の近くに待機させている。あいつらに新たな指示を伝えてくれんか」


 言いつつ、俺はシャダーンからもらった地図を広げた。例の結界発生源の場所が記されているやつだが、結界が消えた今、もう俺には無用のものだ。連中の待機場所に、ペンできゅっと黒丸をつける。


「ここだ。エルフの女忍者どもも一緒にいるはずだが、そいつらには気付かれないようにして、グレイセスに接触してくれ。そうすれば、あとはグレイセスのほうからエナーリアに伝達してくれるだろう」

「かしこまりました。で、なんと……」


 俺は、地図の裏にささっと指示を走り書きし、俺の命令だとわかるように、念のためサインも記した。


「こいつを持っていけばいい。届け終えたら、スーさんはいったん城へ戻って、トレントの枝をチーに渡すんだ。以後しばらくは城で待機。何かあったら、いつでも連絡してくれ」

「ははっ! では陛下、お気をつけて……」


 スーさんは恭しく地図を受け取ると、カクンっと一礼して、さっそく瞬間移動を用い、この場から痕跡も残さず消え去った。


 ──スーチャン、イッチャッター。アエリア、ナマミ、モドセー。


 まだ言うか貴様。なんにせよ、そのへんは城に戻ってからだ。チーなら案外なんとかできるかもしれんが、こればっかりはどうともいえん。

 ともあれ、これで状況は動きだす。いまスーさんへ出した指示は、フィンブルへの対処に関連する事柄だ。俺の指示が順調にグレイセスたちへ伝われば、数日を待たず、フィンブルの地盤を揺るがせることができるだろう。


 リターンマッチの刻は近い。先日ルザリクで好き放題やられたぶんは、数百倍にして返してやろう。待っていやがれ変態メガネ!



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