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019:お嬢様が脱いだら

 時刻は昼前ごろ。

 俺は、教会に隣接する公園のベンチに腰かけ、ひとり広場の噴水を眺めていた。


 ウメチカの下層には、きわめて豊富な地下水脈が走っている。この水資源があればこそ、人間どもは、こんな地下空洞に都市を築くことができたのだ。

 人口十万の大都市。ここは魔族にも存在を知られていない、人間どもの安住の地。地上との出入口はエルフの結界の内側にあるため、仮に位置が特定されても、魔族はここに手出しできない。うまく隠れたもんだ。


 世界制覇を目指す以上、いずれはここを掌握しなきゃならんが、その前に、この貧弱な身体を何とかせねば。いくらすぐ復活できるからといって、そう何度も死にたくない。

 とりあえず、当初の目的どおり、剣を買いに街に戻ろうか……と思ったが、同じ場所に、のこのこ戻って、またアイツに襲われてはかなわん。他に武器を扱ってるとこ、どっかあったかな。


 公園の広場に、いくつか屋台が出ている。

 たいてい食い物屋か、アクセサリーなどを売る小物屋だが、稀に珍しい武器を置いてる場合もある。ついでだから覗いてみようか。

 ベンチを離れ、広場へ向かう。人通りはまばらだ。

 視線を感じる。少し離れた場所から、誰かが俺をじっと凝視しているようだ。幼馴染のものではない。というか、俺の見知った誰の気配とも異なる。知らないはずだが、妙に懐かしい感じもする。なんだ、この感覚は。


 視線の主は、噴水の脇に腰掛けていた。長い黒髪に麦藁帽子。白いワンピース。素足にサンダル。足元には小さな布袋を置いて。なんともサマーバケーション気分横溢のお嬢様だ。

 シンプルな服装ゆえに、ボディーラインはくっきり。ボンキュッボンと、しっかりメリハリ。見事なスタイルだ。


 目が合った。お嬢様が、けぶるような微笑みをこちらへ向けてくる。なんという運命の出会い。ここで声をかけないのは、失礼を通り越して無礼ですらある。

 俺は噴水へと歩み寄り、遠慮がちに声をかけた。


「やらないか」


 しまった。台詞間違えた。いやもう間違いとかいうレベルじゃない。問題がありすぎる。色々と。

 お嬢様はにっこり笑って応えた。


「デートのお誘いでしたら、喜んで」


 うわ、平然と返された。大物にもほどがある。それとも天然なのか。


「そ、そう、デートです。デートを、やりませんかと」


 今更慌ててフォローを入れてみる。無駄なのはわかってるけど、つい。

 俺の察知能力は、彼女が只者ではないことを、おぼろげながらに知覚している。ただ、今それを探るのは野暮というものだ。せっかくの機会、乗らねば男がすたるというもの。敵意は一切感じられないし、さすがに刺される心配はないだろう。


 お嬢様は、すっと右手を上げて、公園の池のほうを指さした。ボート乗り場だ。


「わたし、あれに乗ってみたいんです」


 デートの定番、二人乗りボートをご指名とは。うまく漕げればいいんだが。





 以前、チーに言われたことあったっけなあ。俺がまともに女をエスコートできるわけないって。魔王だからってんじゃなく、性格がアレだからと。

 いや本当にその通りだったわ。とにかくお嬢様の胸やら腰やらばっかり目がいくし、それでボートもまともに漕げなくて、何度も転覆しかけたし。


 その後、一緒に公園の屋台を見て回ったが、気の利いた話のひとつもできず。イカ焼き買って手渡そうとしたら転んで台無し。売り物のペンダントに触れたら鎖が外れて店主に怒られ。思わぬところで恥をかきっぱなしだ。

 でも、お嬢様はとても楽しそうだ。目に入るもの、なんでもいちいち珍しいようで、好奇心旺盛に動きまわり、眺めて、見つめて、無邪気に笑う。あまりの可愛らしさに、この数時間というもの、ドキドキしっぱなしだ。くうう。俺がまだ魔王だったなら、すぐにでもハーレムに持ち帰って三日三晩休まずくすぐり続けたいぐらい可愛い。


 いやいや、別に魔王でなくてもできることだな。とりあえず、人気のないところに連れ込めればいいんだ。

 俺は、なるべく驚かさないよう、やさしくお嬢様の手を引いて、池のほとりの林へと連れていった。お嬢様は、素直についてきてくれた。


 薄暗い木陰で、お嬢様は俺と向き合い、機嫌よさげに礼を述べてきた。


「今日は、ありがとうございました。ちゃんと、約束を果たしていただけましたね」


 約束? なんのことだ?

 いぶかしむ俺の前で、お嬢様は、ファサッとワンピースを脱ぎ捨てた。素っ裸。例の見事なスタイルがあらわになる。しかし――なんだろう、この裸体、違和感が。


「まだ、お気付きになりませんか?」


 お嬢様が微笑みながら言う。いったい何の話だ。

 つと、お嬢様は自分の背中に手を回した。


 ジィィィーっと、チャックを降ろす音。チャック?

 バサッ、と何かがずり落ちた。


 ――ゲェーッ! 肉襦袢!


 同時に、お嬢様が自分の顔面を一気にベリベリっと引っぺがす。現れた顔は。


「……!」


 俺は驚きのあまり、つい息を詰まらせた。

 肉襦袢と仮面を脱ぎ捨て、俺の前に立つ白い骸骨。


「スーさん……!」


 間違いない。スケルトンのスーさん。魔族の宰相、あのスーさんだ……。


「私めのこと、まだ憶えていてくださいましたか。お久しゅうございます。魔王陛下……」


 スーさんは、俺の前にそっとひざまずいた。



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