187:ジャングルの王者
決闘っていえば、だいたい殴り合いとか撃ち合いとか、そういう暴力的な方法を連想するもんだと思うが。
卓球で部族内の優劣が決まり、しかもそれで配偶者選び放題ってどんな掟だ。しかもそれが大昔からの伝統だとか。
しかし、血を見ずに済ませる方法としては、一応こういうのもアリかもしれない。ただでさえ数の少ない部族民、それを決闘でさらに減らすことのないようにという先人の知恵ってことだろうか。
リンが俺にラケットを手渡してきた。紅蓮のような深い色彩をたたえる金属製のラケット。普通、卓球のラケットといえば木製じゃないのか。ちょいと表面をはじいてみると、カーン、と、いかにも硬そうな音がした。しかし鉄製にしては妙に軽い。なにか特殊な合金だろうか? 見ると、卓球台のほうも、ラケットと同じ、紅い金属を成型したもののようだ。部族民どもが、やけに丹念に台を地面に固定している。プレーに支障がなきゃ、別にどうでもいいか。
「ルロイは部族はじまって以来の天才といわれています。お気をつけください……!」
リンはそっと俺の耳もとに囁いてきた。なーに、どんな野郎だろうと、俺様の相手がつとまるわけがない。
審判は族長。エルフには珍しい禿ジジイだ。白い頭がテカテカ光ってやがる。その族長が、掌を掲げて魔力球をつくった。この世界の卓球とは、ピンポン球ではなく、この魔力球を打ち合う競技だ。
先攻、サーブはルロイ。なぜかギャラリーの部族民も、審判の族長も、台からかなり離れたところから、遠巻きにこちらを見守っている。おいおい、そんなに離れてちゃんと審判できるのか? ハネリンもギャラリーにまじって観戦の構え。どこから取り出したのか、サンドイッチなんぞかじってやがる。
「──では、いきますよ」
穏やかな笑顔を俺に向けつつ、ルロイはさっとラケットを振った。
コツ、コツ、と軽快な音を立てながら、なんてことはないサーブが飛んでくる。なんだ、全然遅えよ。
俺は当然のように打ち返した。ごく軽く──といっても、かなりの速度だ。常人ではちょっと反応できまい。
次の瞬間、ルロイのラケットが唸りをあげて俺の球を完璧に打ち返した。先程までの穏やかな雰囲気からは想像もつかない、恐るべき反応速度で。
魔力球が弾丸のごとくすっ飛んでくる。なんじゃこりゃー! めっちゃくちゃ速ぇぞ!
俺は少々焦りつつ、それでもまだ余裕をもって打ち返した。さすがにちょっと油断しすぎていたようだ。ルロイもチャンピオンというだけあって、なかなかの反応だ。だが所詮、超音速の動体視力を持つ俺様の敵ではない。
ルロイがさらに猛然と打ち返してくる。突如、激しい衝撃波がズガガーッ! と周囲一帯を駆け抜けた。魔力球が一条の稲妻となってこちらへ迫ってくる──いやおいちょっと待てさっきより速ぇ! これ絶対音速超えてる! いまの衝撃波ってソニックブームじゃねーか!
ギャラリーが台からずいぶんと距離を取ってたのは、こういう理由だったのか。近くにいたらルロイのソニックブームに巻き込まれてぶっ飛ばされてしまうと。
いや、これはいかん! 適当に遊んでやるつもりだったが、もうそんなことは言っていられん。俺も本気を出さないと──負ける!
決着は案外早くついた。俺が勇者に覚醒して以来はじめて、一切手加減無し本気百パーセントの力を出し切ったことで、さしものチャンピオンも俺の攻撃を拾うことができず、あとはもう一方的な展開となったからだ。もちろん一ポイントも落とすことなく四セット完勝。それはいいが──。
俺とルロイ、双方が放ったソニックブームで周囲の木々が何本も薙ぎ倒され、竪穴式住居の二、三件ほど巻き添えをくってバラバラに吹っ飛んでいる。時間にすればわずか十分ほどだが、いかに激しい勝負であったか、集落の惨状がすべてを物語っている。
「試合終了! 勝者、勇者アーク!」
族長の宣告が響き渡ると、ギャラリーが一斉にどよめいた。彼らにとっては少々意外な結果だったようだ。チャンピオンは完膚なきまで敗れ去り、かわって俺がジャングルの王者となった。
「は、ははは、は……!」
ルロイは全身汗みずくになり、肩で息をしながら、それでもなお、穏やかな微笑みを向けてきた。
「さすがです……やはり、勇者さまには、かないませんでした……リンたち姉妹は……あなたのものです……!」
無理をして笑っているが、いまにもぶっ倒れそうな様子だ。こいつ、よほど強烈な身体強化魔法を使ってたらしい。もう見るからに魔力も体力も限界を超えている。そうまでして三姉妹が欲しかったのか。それともチャンピオンのプライドか。俺には事情はよくわからんが、こいつなりに必死だったのはプレーを通じて伝わってきた。
いっぽう、俺はまだまだ余裕だ。さすがに本気を出せば、無限のスタミナを誇る俺にかなう奴なんぞいない。それでもルロイの瞬発力は賞賛すべきだろう。この俺を本気にさせたというだけでもたいしたものだ。こんなところで卓球なんぞやらせておくのは惜しいな。その才能、何か別のところで活かせる道を考えてやろうか。
ルロイはほどなく気を失い、数人の部族民どもに担がれていった。リン、シャン、ホーの三姉妹と族長が俺のもとへ駆け寄ってくる。
「勇者さまぁー!」
三姉妹が一斉に歓声をあげ、嬉しそうに俺に抱きついてきた。部族の掟により、俺はこの三姉妹を正式に妻にできるわけだが……別にそんなつもりはない。そもそも俺はよそ者だしな。この決闘は、たんにルロイと三姉妹の婚約を解消させるためにやっただけ。今後こいつらには、従来どおり、ここで暮らしてもらう。俺がここにいる間は、メカケとして俺のそばに侍らせる。ただそれだけのことだ。
族長のジジイがニヤリと笑った。
「あなたがそれでよいとおっしゃるのなら、我々に異存はありません。他にも、よい娘がたくさんおりますぞ。あなたが望めば、みな喜んでお相手をつとめましょう」
ほほう……。そういえば、チャンピオンは何人でも配偶者を選べるんだっけか。メカケでも同様というわけだ。だが今はちょっと忙しくて、そこまで手が回らんな。
「そのへんは、後々のお楽しみにさせてもらおう」
言いつつ、卓球台にラケットを置き──ふと気付いた。
卓球台の周囲は、俺たちの試合の余波で、木々は倒れ建物も崩れ、地面には深々と溝が穿たれている。なにせお互いに超音速で打ち合ってたわけだからな。
ところが、これほど周囲に被害が出ている割に、ラケットと卓球台はまったく無事だ。卓球台の脚が少々地面にめり込んでしまっているが。台もラケットも、つやつやと紅蓮に輝く表面は鏡のようで、毛ほどの傷も付いていない。軽い割に、よほど頑丈な素材でできてるようだ。
「ああ、これですか」
族長が俺の疑問に答えてくれた。
「ヒヒイロカネといいましてな。エルフのなかでも、我が部族にしか扱えない特別な金属です。あなたが探しておられる碑も、これと同じヒヒイロカネでつくられたものですよ」
ヒヒイロカネって、たしかオリハルコンと同等とかいわれる伝説の金属じゃないか。なんでそんなもんがここにあるんだ?




