186:部族の掟
「ご、ごめんなさい……わたしたち、このへんで狩りをしてたんですけど……あんな大きな生き物が突然森に降りてきたから、びっくりして……」
エルフの美女三人──いまや半裸でなく、みな全裸──は、俺の前に並んで非礼を詫びた。先に武器を向けてきたのはこいつらの方だからな。みんなキリっとした結構な美人だから命だけは勘弁してやったが、これが男とか、女でもシャダーン級の不細工なら、迷わず全員手討ちにしてるところだ。
大きな生き物ってのはトブリンのことだろう。気持ちはわかるけどな。この巨体じゃどうしても目立つし、それが突然空から降りてきたら驚くのも無理はない。
事情を訊くと、三人は姉妹で、長女から順にリン、シャン、ホーという名前らしい。この近辺の少数部族の一員だというが、そのネーミングセンスはちょっとどうなのか。
「ここはミレムダーマ保護区といって、シャダーンさまから部族自治を許されているんです。勇者さまのことは、族長から聞いていました」
長女のリンが説明する。先端が大きい娘だ。この森では、とある理由により、南霊府の庇護のもと、ここに住む少数部族の昔ながらの生活、伝統、風俗習慣といったものが保存されているのだという。だから保護区か。結界魔法のオベリスクは、この保護区の外れにあるという話だ。
「あの碑は、シャダーン様ご自身が置かれたものだと聞いています。どういう効果があるものなのかは知りませんが……ただ、いずれ伝説の勇者さまが碑を訪れるから、そのときは邪魔をしてはいけない、とシャダーン様は予言なさっていたそうです」
ほう。オベリスクを設置した時点から、俺がいずれそこへ行くことをシャダーンは予知してたってのか。シャダーンの能力はもう充分見せてもらっているが、それでも、こんな話をあらためて聞かされると、やはり少々薄気味悪いものを感じるな。だいたい、俺の行動すべてがシャダーンにあらかじめ見透かされてるなんてのは、なーんか気に食わん。みんなお釈迦様の掌の上ってか。
とはいえ、ここまで来て引き返すわけにもいかん。今はそのへん、あまり深く考えないほうがよさそうだ。
「お詫びに、わたしたちが碑までご案内します。そ、それと……」
リンが、ちょっとモジモジしながら言う。
「なんだ?」
「わ、わたしたち、婚約者がいるんですが……その……」
チィッ、すでにお手つきだったか。やっぱ三人とも手討ちにしとくべきだったか?
そう後悔しかけたところへ、二女のシャンが、顔を真っ赤にして声をあげた。
「わ、わたしたちを、奪ってください!」
は? ……奪う? なんのことだ?
三女のホーが説明した。
「ずっと昔からの部族の伝統で……部族で一番強い者が、何人でも、好き勝手に配偶者を選べるようになっているんです。それでわたしたち姉妹は、部族のチャンピオンのルロイに選ばれて……あと三ヶ月したら、三人とも正式にルロイの妻にされてしまうんです」
ほう。またえらく原始的な伝統だな。何人でも好き勝手にってのが凄い。強い奴がハーレムを築いて、より強い子孫を残していくって寸法か。猿じゃあるまいし。エルフにもこんな野蛮な習俗を残す連中がいるんだな……と、ハーレム持ちの俺がいっても説得力ゼロだが。
ホーの口ぶりからすると、どうも三姉妹は、そのルロイとやらを、あまり好いてないんだろうか。
「いえ……ルロイは優れた魔術師で、わたしたち、嫌いではなかったのですが……そ、その、あの」
リンが、恥ずかしげにモジモジと腰をうごめかす。大きな先端もふるふる震えている。
「さ、さっきので……わたしたち、あ、あなたに……」
三人とも、頬を赤らめつつ、陶然と俺を見つめている。
ああ、そういうことか。俺が一度でも手をつけた女は、もはや俺以外の異性には興味を持てなくなる。こいつらも例外ではないってことか。
仕方ない。では望みどおり、三人まとめて奪ってしんぜよう。
部族といっても、現時点で百人に満たないらしい。本当に少数だな。俺とハネリン、トブリンは、三姉妹の案内で部族民どもの集落へ入った。
森の一部を切り拓いた広場に、おそろしく原始的な竪穴式住居がぽつぽつと。あとは樹上に鳥小屋みたいな住まいもいくつか見える。ぞろぞろ姿をあらわす部族民どもは、いずれも粗末な布きれを身体にひっかけてるだけの半裸で、頭に鳥の羽の飾り物をつけている。腕や胸もとにペインティングを施してるような手合いもいる。
三姉妹が部族民どもにあれやこれやと事情を説明する間、俺はざっと周囲の様子を観察してみた。
このミレムダーマ部族とやら。なんというか、格好や生活様式だけ見てると野蛮人そのものだが、それでもやっぱりエルフなので、顔つきは皆スッキリと洗練された美形揃いだし、透明感のある白い肌、全体にすらりとした半裸スタイルには、むしろ芸術的な優美さすら漂っている。なんとも興味深い連中だ。そもそもこいつら、霊府の中枢からほんの数キロしか離れてないこんな場所で、何を好きこのんで、こうも原始的な暮らしをしてるのやら。
「うはー……! みんな、ほとんどハダカだよ……恥ずかしくないのかな……!」
ハネリンはなぜか目を輝かせてこの奇妙な情景に見入っている。おまえだって素っ裸でおっぴろげーで寝るじゃねーか。他人のことはいえんだろ。
トブリンはここでも部族民どもの注目の的になっているが、例によって、われ関せずという顔して雑草をもしゃもしゃやっている。
やがて、三姉妹と部族民どもの間で、何か話がまとまったらしい。
俺の前に、若い男のエルフがひとり、悠然と進み出てきた。背は高いが細身で、柳の枝を思わせるしなやかな印象。顔立ちはいかにも温雅で、ちょっと頼りない雰囲気だが、むしろこういう奴ほど、腹のうちで何を考えてるのかわかりづらい。
「事情はリンたちから聞きました。私がルロイです。私と決闘なさりたいそうですね。お受けいたしましょう」
若い男は穏やかに微笑みながら告げた。こいつが噂のチャンピオン、ルロイだな。この俺様を前に、ずいぶん余裕かましてくれるじゃねーか。
「で、ルールとかあるのか?」
決闘というからには、何か紳士的ルールみたいなもんがあるんだろう……と思って、一応そう確認してみたんだが。
ふと見ると、部族民どもが数人、えっちらおっちらと大きなテーブルのようなものをこちらへ運んでくる。
ルロイは、どこから取り出したのか、小さな赤いラケットを手に握り、高々と天へかざしてみせた。
「ルールは公式。十一点先取の七セット制です」
決闘って卓球かよ!




