184:おもひでぼろぼろ
トレントの幹の震えが止まった。
見上げてみると、俺がすっぱり斬った部分、その切り口から、みょみょみょみょーんと、新たな枝が生えてきている。もう再生が始まったのか。さすがアンデッド植物。
一方、斬り落とした枝先のほうも、まだかすかにぴくぴく動いている。ちょっと気色悪い。
シャダーンは、これを半分に切って耳栓に加工し、残る半分を魔王城に持ち帰って分析しろという。
「アンタの城にチーってのがいるだろ。あのババアに渡せば、なにか役に立つ情報を引き出してくれるだろうさ」
「……チーを知ってるのか?」
「知ってるなんてもんじゃないね。あのバアさんのおかげで、アタシゃひどい目にあったんだ」
チーは、見ためは人間の幼女だが、自力で不老不死の能力を獲得した地上最強クラスの魔術師かつアンデッドの最高峰。年齢は六百歳を超えるという超絶ロリババアだ。
シャダーンがまだ星読みになる以前の若かりし頃──当時のシャダーンは花も羞じらう美貌の少女だったというが、ちょっと想像できん──あるとき、幼い人間の女の子が、ふらりと南霊府を訪れてきた。貴重な魔術書を探しているという。シャダーンはエルフであり、エルフの大半がそうであるように真性のアレであり、しかもかなり年下好みという、相当アレな性癖の持ち主であり、しかもその人間の女の子はいかにも天真爛漫そうな美幼女であったから、たちまちシャダーンは彼女に惚れこんでしまった。
「アタシゃ騙されたんだよ。実はアタシより二百歳も年上のババアだったなんてねぇ……」
後になって、シャダーンは幼女にこっぴどく振られたあげく、家伝の魔術書を持ち逃げされてしまった。この謎の幼女というのが、実はすでにリッチー化していたチーだったのだ。
以後、シャダーンは、他人は外見ではわからないと悟り、透視魔術と星の運行によって他人の本質と運命を知ることができる星読みの修行に没頭することになる……。
人に歴史ありというが、正直どっちもどっちという感想しか出てこんな。ただ、チーにおちょくられたのがキッカケになってシャダーンが星読みになったというのなら、それはそれで結果オーライというべきなのかもしれん。人生、何が転機になるやらわかったもんじゃないな。
──そんな感慨にふける俺のそばで、トブリンは相変わらず悠然と、雑草をはむはむし続けている。ほっとくと、このへんの草を全部食っちまいそうだ。
シャダーンは近所の農家に用事があるとかいって、そのままぷいっと邸から立ち去っていった。
俺はトレントの枝を抱えて一人で邸内へ戻った。客間に入ると、ハネリンがあぐらをかいて、どんぶりメシを夢中でかきこんでいた。なぜかリューリスが脇で給仕というか飯盛りをつとめている。おかずはアジの開きと焼き茄子。うまそうだ。いや確かにうまそうだが。
「んふぉっ、ゆーひゃひゃまっ、おかへりー! あっ、リューひゃんっ、おかわりぃー」
オマエついさっきメシ食ったとこだろーが! トブリンといい、こいつといい、どんだけ食うんだよ。
「あ、勇者さまもお食べになりますか?」
リューリスが、しゃもじ片手に穏やかな微笑みを向けてきた。甲冑はさすがにもう脱いでる。麻のシャツと足通しのシンプルな平服姿。やや細身だが、筋肉質で、しっかりした身体つきだ。確かに魔法使いより騎士とか戦士とかのほうが向いてそうな体格だな。
「いや、俺はいい。ハネリン、それ食ったら、出かけるぞ」
「んー? どこにー?」
「届け物をしに、な」
俺はトレントの枝をわさわさ振ってみせた。
「ふぇ……?」
口にめいっぱいメシを詰め込んだまま、ハネリンは不思議そうにまばたきした。なんたる間抜け顔。
「後でわかる。とにかく、そういうことだから、おかわりはそれで最後にしとけ」
「ふぉーい」
「あのー、勇者さま。今夜はぜひ、ここに泊まっていってください。シャダーン様が祝宴の準備をしておられますので」
ほう、祝宴。そりゃ気が利いてるな。農家に用事ってそういうことか。
「では遠慮なく泊まらせてもらおう。夕方には戻ってくる」
言われんでも泊まっていく気だったけどな。シャダーンにはまだ聞きたいことがいくつか残ってるし。フィンブルの動静やフルルの安否、長老についての詳細、黒死病計画の進捗などなど。俺に協力すると明言した以上、可能な限りの情報は提供してもらわんと。
「ふへー、宴会? またおいしいお魚が食べられる?」
ハネリンが嬌声をあげた。いま食ってるだろアジの開き!
「ええ、もちろん。そのほかにも、わが南霊府の誇る名物B級グルメの数々を用意してますので、楽しみにしててください。とくにエルフの森B-1グランプリに輝いた海鮮焼きそばは絶品ですよ!」
妙に誇らしげに語るリューリス。エルフの森B-1グランプリって何だ。五大霊府がご当地B級グルメを競うのか。というか、なんでご当地グルメっていうとたいてい焼きそばが出てくるんだろうか。焼きビーフンじゃいかんのか。




