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183:古木を斬る


 ちょいと手を伸ばせば届くぐらいの高さに、いかにも手ごろな太さの枝がある。べつにわざわざ斬るまでもない。手でへし折っちまえばいいだろう。

 と、右手を差し上げると。


 枝が、ささっとかわした。


「……?」


 最初は目の錯覚かと思った。あるいは、たまたま風が吹いて枝が動いたとか。

 ところが、もう一度枝を掴もうとすると、やはりカサカサと葉を鳴らしながら、ひらりと俺の手をかわした。さらに同じことを二度、三度と繰り返す。どうやっても枝を掴めない。なんだ? 枝の分際で俺様に挑戦してんのか?


「ホホホ、横着だねえ。木だって、無理矢理折られたら痛いだろうさ。嫌がるのも道理だよ。ひと思いにスパッとやってやりなよ」


 シャダーンが笑いながら言う。嫌がって逃げてるのか? 木が?

 ……まあ、樹齢一万年の神秘の古木、何があっても不思議ではない……か。なんか微妙に納得いかんが。


 ならばと、腰のアエリアを抜き放つ。周囲を取り巻く百姓どもが、おおっ、とざわめいた。


 ──エエーイ、ヨルナヨルナ、ヨラバキル!


 誰に向かって見得きりしてんだおまえは。

 見れば、俺の頭上で、枝がぷるぷると震えている。まるで怯えた子供のように──。


 いやいや、そんなわけあるか。目の錯覚だ。多分。

 俺は剣をかざし、枝の真ん中あたりをめがけ、ちょうっと一颯、斜め上に刃を振りぬいた。


 バサッ!と枝が一本、地に落ちた。同時に──ウキョエゲレゲヘエェー! とかいう何とも形容しがたい絶叫だか何だかがどこからか響き渡った。あれだ、ゴブリンが巨人に頭から踏み潰されたときの断末魔に似ている。我ながら無茶な例えだが。

 百姓どもが騒ぎはじめた。


「たたっ、祟りじゃー!」

「神木さまがお怒りじゃああー!」

「ひいいっ、お、おゆるしをー!」


 とか喚きつつ、潮が引くように、一斉に四方へ逃げ散っていく。さっきの謎の絶叫によほど度肝を抜かれたらしい。田舎もんは迷信深くて困る。とはいえ、あの絶叫はなんだったんだ? まさか本当に木が悲鳴をあげたのか?

 梨の幹がブルルルッと小刻みに振動し、それが枝々に伝わって、ザザザザ……と、激しく葉をざわつかせている。なんだ?


「木が泣いてるのさ。スパッとやっても、やっぱり痛いもんは痛いのかねえ」


 シャダーンはニヤニヤ笑みを浮かべて呟いた。木の挙動も不気味だが、あんたの顔のほうが怖いわ。なんか妙な含みを感じるし。


 ──エー、ウッソー! ホントォー? ヤッダァー!


 いきなりアエリアが俺の脳内に素っ頓狂な声を響かせる。ええい、なんやねんもう。


 ──アエリア、ワカッタ。コレ……マゾク。トレント。

「なに? この木が……魔族だと?」


 俺は思わず声をあげていた。何がどうなってんだ。





 ひとくちに魔族といっても、それはもう多種多様な分類系統がバラエティー豊かに存在している。

 まずはゴブリン、オーク、コボルドなどの小型亜人系。雑魚モンスターとしておなじみの方々だ。


 サイクロプス、ヘカトンケイル、オーガなどの巨人系。

 スライム、ブロッブ、ウーズなど不定形生物系。見ためはアレだが、実はかなり強い。


 ゾンビやスケルトン、リッチーなどの不死系。基本的に殺しても死なない連中だ。

 ミノタウロスや人狼などの獣人系。


 リヴァイアサンや半魚人などの水棲系。これにはさらに細かい分類があるが、ここでは省く。

 バンパイア、サキュバスなどの吸血・吸精系。


 そして──ドリアード、マンドラゴラといった植物系の魔族。

 マンドラゴラは有名だな。無理に引き抜くと根っこが悲鳴をあげ、それを聞いた者は必ず死ぬといわれる魔の植物。ドリアードは木に憑りつく妖精で、木と一体化しているが、植物そのものではない。植物系の魔族で代表的なのはこの二つ。トレントとかいう魔族には聞き覚えがない。魔王たる俺が知らない魔族? そんなものがあるのか?


「やっと気付いたのかい。魔王のくせにトレントを知らないとはねぇ。ま、無理もないけど」


 シャダーンは相変わらず不気味に微笑みながら言う。


「……あんたは知ってたのか」

「ああ。トレントはアンデッドの一種……超古代の強制進化技術の産物のひとつさ」


 シャダーンが言うには──超古代、いわゆる初代魔王に率いられた最古の魔族たちは、自らの勢力をより拡大するため、様々な生物に特殊な魔法をほどこして魔族の眷属へ強制進化させるという実験を行っていた。人間や動物、むろん植物もその対象となった。そうして誕生したのが、ゾンビ、リッチーなど、もと人間やエルフから魔力によって魔族に強制進化した連中。ということは、アンデッドの製造技術ってのは超古代の遺産ってことになるのか。そんなん今はじめて知ったぞ。チーやスーさんは知ってたんだろうか。

 そして普通の木から魔族に強制進化させられ、アンデッド植物と化したものがトレントだという。


「ほぼ絶滅種で、もう今では、この一本だけになっちまったけどね。花は咲いても、実を結ばないから増えないのさ。こいつは」


 大昔はそんな実験をやってたのか。やはり恐るべし超古代。しかし、なんでアエリアはそんなもん知ってるんだ。


 ──ムカシ、イッパイ、ハエテタ。ニンゲン、ゼンブ、モヤシタ。


 ほう、人間が燃やした……。アンデッド化しても火には弱かったってことか。

 トレントは魔族といっても、別にこれといって害はないそうだ。動けないし。ただ、さっきみたいに、何かあると悲鳴をあげたりして、不気味だからって理由で、ほとんど燃やされ、始末されちまったらしい。


「このトレントには、超古代から連綿と蓄積されてきた膨大な記憶がある。この枝一本からでも、色々とわかることがあるだろう。あんたの部下たちなら、こいつから情報を引き出せるはずだよ。他にも、魔族には様々な効能がある品さ。ほら、持っておいき」


 シャダーンは、落ちた枝をひょいと拾いあげ、微笑みながら俺に差し出してきた。



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