180:魔王の宿星
シャダーンは、いきなり俺の素性をズバリ言い当てただけでなく、続けざまにハネリン、アエリアの素性まで語ってのけた。
「そこのお嬢ちゃんは、翼人の戦士、光の守護者の称号を継ぎし者ハネリン。いまは魔王の城から出張中……と。そして、魔王ああああ、アンタの腰にぶら下がってるのは、かつて魔族の蒼空輝翼と称された天魔将軍アエリアのなれの果て。どうだい、全部あってるだろ」
俺もハネリンも、一瞬、呆気に取られて返答すらできなかった。なんでそんな細かいことまでわかるんだ。アエリアなんて、死んで魔剣になってから、持ち主を転々とする間に名前すら変わってたってのに。
──アイエエエー? ニンジャナンデー?
おいアエリア、いくらビビったからって、それはアカン。
「ホホホ、なんて顔をしてるんだい。素性を知ってるからって、別にアンタらをどうこうしようなんて気はないよ。アタシはアンタらの敵じゃない。安心おし」
そう言って、またシャダーンは呵々と笑った。俺が魔王と知ったうえで、なおかつ俺の敵じゃないって、どういうことだ。ますますわけがわからん。どこから突っ込みを入れればいいんだ。
「……いったいどういうカラクリだ?」
「言ったろ? これが星読みの力さ」
やや表情をあらため、シャダーンは語りはじめた。
「アンタらに限らず、この世界に生けとし生けるもの全て、宿星というものを背負っている。ここに見える星々は、そのひとつひとつが、この世界のあらゆる生命の生成流転をあらわす宿星の群れなのさ。上にあるものは下にあるものと同じ──天体の運行は、それに相共鳴する事象を必ず地上にもたらす。これを形態共鳴という。透視魔力によって、あらゆる生命の宿星を把握し、同時にその運行を読み取ることで、過去、現在、未来の様々な事象を知りうる技術。それが星読みさ」
つまり、この暗室内に輝く膨大な星くずのひとつひとつが、この世界の生命をあらわす宿星であり、その動きを見ることで未来を予測できるということか。
「じゃあ、この星の中に、俺やハネリンの宿星とやらもあるのか」
「ああ。アンタのはひときわ大きいから、わかりやすいよ」
シャダーンは、すっと手を伸ばして、彼方の赤い星を指差した。確かに他のものより、やけに光が強い。爛々と燃えるような輝きを放っている。あれが……俺の宿星なのか。
「星読みは代々、あの星を乱兆星と呼ぶ。あれを宿星に背負う者こそ、すなわち魔王さ。ただややこしいのは、本来、あれと対になる青い星──天兆星が、アンタの乱兆星の影に入って、見えなくなっちまってるってことでね。ここを読み取って未来予測をするのは骨が折れたよ」
「どういうことだ?」
「天兆星ってのは、勇者の宿星なのさ。本来、乱兆星と天兆星は双子星でね。赤と青、両々相まって均衡を保ちつつ、並び輝く存在なんだよ。乱兆あるところに天兆も現れ、乱兆が消えれば天兆もともに消える。長いこと、両者はそういう関係性だったんだが、今回は様子が違う。乱兆が天兆を打ち消して、まるで魔王が勇者を食っちまったように見える。こりゃ何が起こってるんだろうってね。何かよほど大きな力がどこかで働いて、星の運行をかき乱したに違いないんだ」
ほう。魔王が勇者を食った、か。面白い表現だ。確かに間違ってはいないな。
大きな力ってのは、多分、神魂のことだろう。そもそもあれは一体なんなのか。超古代の遺産のひとつで、神様だか精霊のたぐいだかが封じ込められているとはいうが、それも仮説でしかない。スーさんやチーですら、完全には正体を把握していないのだ。シャダーンも、神魂のもたらす異常な力は察知できたようだが、さすがにその実態までは把握できていないようだ。
「……で、双子星の周囲の星々の動きを長いこと観察し続けて、色々と面白いものが見えてきた。もともと乱兆を支える働きを持つ八十八の凶星に加え、本来は天兆を支えるべき太白八星、北天十六星までもが乱兆の周囲に集い、その輝きと運行を助けはじめている。また、天兆自体も消えたわけではなく、あくまで乱兆の裏側に重なって、あたかも単一の星となったように見えるだけで、その輝きはけっして失われたわけじゃない。すなわち、魔王と勇者、その宿命を一身に担う、従来に例のない新しい存在の誕生をあらわす相だとわかったのさ。そもそも勇者が誕生する際には、必ず央天九十七星が青道十三星の軌跡に重なって……」
ははあ。
なるほど。
うん。
あー。
さっぱりわからん。
わからんが、ようは星の配置に異常があって、シャダーンはそこから俺様──魔王兼勇者という異常な存在の出現を予知した、と。
「それだけ色々わかるんなら、あんたは自分の寿命も知ってるのか?」
これは、別に必然のある質問ってわけじゃない。ふと思いついただけのことだ。もっとも、この質問の返しには常套句がある──インチキ占い師がよく言うやつだ。つまり、自分の運命は占ってはならないしきたりがあるとかなんとか。どうせシャダーンもその程度の返答をするだろう、と思いきや。
「いいや、わからない」
キッパリとシャダーンは答えた。なんだそりゃ。わからんって。星読みはなんでも知ってるんじゃないのかよ。
「アタシ自身はむろん、他人の寿命もわからないよ。それどころか、この世界全体の未来さえも、いまの星読みでは予測できない。何もかもが不確定になってるんだ」
「……どういうことだ? 星読みは過去、現在、未来の事象を知る技術だって、さっきあんたが言ったところだろうに」
俺が言うと、シャダーンは、さっと真上に右手を差しあげた。
「上をごらん」
いわれるまま、俺とハネリンは、顔を上に向けた。
「天頂の一角……そう、あのへん。あそこに、何もない空間が開いているのが見えるだろう」
確かに、上のほうに、星も何もない真っ黒な穴がぽっかり口を開けている。正確なスケールはよくわからんが、渦状星雲の十個やそこらは収まるくらいのスペースだ。そう考えると、相当でっかい穴ぼこってことになるな。
「あれは星が存在しない領域……宇宙の泡とでもいうか、とにかく光も何もない暗黒の空間さ。あたしら星読みはボイドと呼んでるがね。ボイドそれ自体は、そんな珍しいもんじゃない。だが、あの天頂方向にあるボイドは異常なんだ。アタシが星読みをはじめた頃には、ほんの小さな空間だったものが、ここ十何年かの間に急速に拡大して、もうあんな大きさになっちまった。あの天頂方向には、この世界の将来を司る重要な宿星がいくつも存在していた。それらの大半を、あのボイドは侵食し、呑み込んで、今もなお拡大を続けている」
「……もしかして、そのせいで未来が不確定になってる、ってことか?」
「理解が早くて助かるよ。そう、いまじゃ、アタシの力をもってしても未来が読めなくなってきている。あのボイドのおかげで」
「ほう……。で、もしそいつがさらに拡大を続けたら、この世界はどうなるんだ?」
「滅びるね」
さらりとシャダーンは言い切った。
「何もかも消えてなくなるだろう。それも、そう遠い未来のことではなさそうだ」
え。それが事実なら、ひょっとして凄くやばい状況なんじゃないのか。




