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178:ご神木と魚介類


 霊府中枢のさらにど真ん中。見るからばかでっかい広葉樹が高々とそそり立ち、空を覆わんばかりに枝葉を広げている。高さは三十メートルくらいあるだろうか。


「あれは、わが霊府を守護するといわれる梨の神木です。言い伝えでは、樹齢一万歳を超えるとか」


 リューリスが説明する。あれが梨の木? 背丈も、幹の太さも、俺が知ってる梨の木の三倍以上はあるぞ。それに梨は落葉樹のはず。いくら南国でも、この晩秋にああも青々と葉を茂らせてるとは。いったいどういうカラクリなんだろう。


「私も、あまり詳しいことは知らないのです。シャダーンさまがおっしゃるには、もとは普通の梨の木だったものが、はるか昔のご先祖さまがたの特殊な魔法を浴びて、このような神木になったのだとか。毎年、春にはそれはそれは見事な白い花が咲くのですよ」


 特殊な魔法ねえ。樹齢一万歳ってことは、こいつはいわゆる超古代からの生き証人ってことじゃないか。ちょいと興味深いな。


「ゆーしゃさまー、ハネリンおなかすいたよー」


 ぽてぽて歩きながらハネリンが訴えてくる。いやおまえ、こんな凄いもん見て何も感じんのか。


「ご安心ください。館のほうに、お食事を用意してありますので」


 そうリューリスがハネリンに微笑みかけると、ハネリンは「ほんと? やったぁー!」と、無邪気に大はしゃぎ。超古代の遺物より胃袋が優先か。こいつらしいが。

 ……そういえば、ふと思い出した。ハネリンが言ってた、ルードからの伝言ってやつだ。南霊府の古木の枝を切って、耳栓を作れとかいう話だった。その古木って、多分これのことだろうな。





 梨の巨木の太い幹に寄り添うように、瓦屋根の木造平屋が一軒。周囲に塀や柵などはなく、門もない。ただ造りはかなりしっかりしていて、いかにも頑丈そうだ。


「ここです。さ、お入りください」


 リューリスは、玄関先に白馬を繋ぐと、俺たちの荷物を鞍からおろして軽々と抱え上げ、そのまま中へ入っていく。出入口の引き戸は開きっぱなしだ。俺たちはトブリンを巨木の下に待たせておいて、リューリスの後に続いた。

 玄関で靴を脱いで廊下を歩く。内部は床といい壁といい、ワックスでもかけたようにつやつやと綺麗に磨かれている。天井が高く、外見よりは広々とした印象だ。造りは日本家屋に近い。あちこちの窓から巧みに外光を採り入れてるようで、照明がなくても充分明るい。


 リューリスの案内で通されたのは、十畳の和室。客間だという。大きめの卓の上には、すでに色とりどりの料理がところ狭しとひしめいて俺たちを待っていた。

 刺身や焼き魚など海鮮が主体だが、それ以外でも竜肉の煮物、山菜のお浸し、栗ごはん、芋、茄子の天麩羅などが盛りだくさん。まさに山海の美味薫醸。ハネリンなど、もういまにも涎を垂らさんばかりの顔になっている。


「お疲れでしょう。まずは食事などなさって、ごゆっくりなさってください。後ほど、主がご挨拶に窺いますので」


 リューリスは、俺たちの荷物を部屋の隅におろすと、そう言い残して退出していった。


「ひゃっほー! いっただきまぁーす!」


 ハネリンがさっそく料理に飛びついた。


「うへほぉーぅ! おいひいぃー! ねえねえ、ゆーしゃさまっ、これはなんていう魚?」


 でっかい焼き魚にかじりつきながら訊いてくる。


「それは真鯛だ。そっちのはメジナかな。内陸じゃなかなか食えない貴重な魚だ。じっくり味わって食えよ」

「ふほーい。おいひーっ!」


 心から幸せそうにがっついてるハネリン。食われる魚も、これほど喜ばれたらいっそ本望だろう。

 焼き魚のほか、イカやハマチなどの刺身もどっさり盛られている。つい昨日ルザリクで食べた刺身定食とは、やはり食感から何から随分と違う。あちらのも、そう不味かったわけじゃないが、やはり鮮度の差は大きいようだな。さすがに海が近いだけのことはある。


 そうだ。後でリューリスに港なりなんなり案内してもらって、直接魚を買い付けて、ルザリクに持って帰ろう。ルミエルへのいい土産になるだろう。それに、この新鮮な魚介類を、あの板前さんにさばいてもらえば、きっと凄い料理ができるに違いない。


「……あーっ、まんぷくー!」


 豪華料理の大半を一人で片付け、ハネリンは満足げに腹をさすった。俺も充分満腹になったが、ハネリンの半分ほども食ってない。

 ハネリンに限らず、翼人ってのはよく食う種族のようで、魔王城のハーレムでも、食糧消費量の五分の三を翼人の娘どもが占めている。しかも、いくら食っても太らない体質らしい。ブラックホールみたいな連中だ。


 二人して満足の吐息をつきながらお茶などすすっていると、廊下のほうから足音が響いてきた。

 そっと引き戸が開き、姿を現したのは──。


 でっぷり太った、化粧の濃い中年のおばはん。に見える。

 紫色の布を身体に巻きつけるように着込んで、両腕に金や銀のブレスレットをいくつもじゃらりと重ね、胸もとにも淡い紫のブローチが輝いている。アメジストか何かだろう。


 耳の形状から、エルフには間違いないが、なんというか、こう。エルフの森では、今まであまりお目にかからなかったタイプだ。

 まさか……こいつが?


「ようこそ、客人。アタシがこの南霊府の長、シャダーンさ。ま、アンタらの用向きはもう知ってるけど、一応、話を伺おうじゃないかね」


 おばはんは、やけに艶かしい声でそう言うや、肥えた腹をゆすりながら、ニッと笑みを向けてきた。

 この中年肥満おばはんが、南霊府の長シャダーンだと? なんか、信じられん……。



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