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177:潮風


 南霊府の長シャダーンの従者を名乗るリューリス。主人の命で、俺たちを迎えに出てきたという。


「……シャダーンは、俺たちが来るのを知っていたのか?」


 訊ねると、リューリスはおだやかに微笑んだ。


「ええ。シャダーン様は、なんでも知っておられます。今日、あなたが大きな空飛ぶケモノを引き連れ、ここへ来られることも。また、そちらのお連れさまが翼人でいらっしゃることも」

「ええっ、そうなの?」


 ハネリンが、ちょっと驚いたように声をあげた。いまハネリンは背中の羽を折りたたんで甲冑の下に隠している。ぱっと見ただけでは、人間とそう区別はつかないはずだが。シャダーンにはなんか妙な予知能力とか透視能力でもあるのか? ……あるいは、よほど優れた情報網を持っているか、だな。


「ああ、ご心配には及びません。よその地域はともかく、この南霊府では、翼人であろうと魔族であろうと、来訪者は分け隔てなく受け入れるのが昔からの慣習です」


 ごく当然のようにリューリスは言う。俺は首をかしげた。


「そいつはまた、エルフらしからぬ話じゃないか?」

「いえ、まあ、そういう土地柄なのです。ここはエルフの森の南端。魔族、人間、翼人のいずれとも境を接しておらず、したがってそれらと直接争った経験もない、きわめて平和な奥地ですので。……いえ、平和だった、というべきかもしれません。竜が現れるまでは」

「そういえば、ここいらは随分しつこく襲われてたようだな。ついさっき、全滅した集落を見たぞ」

「ラインドの集落ですね……。あそこの住民の方々は、我々の避難勧告に応じなかったのです。代々の土地を離れるのは嫌だといって……死んでしまっては何もならないのに」


 ちょっぴり感傷的な顔つきを浮かべるリューリス。


「ですが、あなたがたが、このあたりの竜をすべて退治してくださったので、この霊府も再び平和になるでしょう。きっとラインドの方々も浮かばれるはずです。霊府の皆にかわって、心よりお礼を申しあげます……!」


 そう述べるうちに、次第に感情が昂ぶってきたのか、リューリスは、いまにも泣き出しそうな表情で一礼してみせた。その様子から察するに、なんだかこっちはこっちで色々大変だったようだが、そんなん俺の知ったこっちゃねえし。どうにも、こういう話は辛気くさくていかん。さっさとシャダーンのところへ案内してもらおう。





 シャダーンの居館はすぐ近くだという。リューリスが乗ってきた白馬に俺たちの荷物を乗せ、全員徒歩で移動することに。その後ろから、トブリンがゆっくりとついてくる。

 時刻はまだ早朝。住民たちは、ぼちぼちと家から出てきて、遠くから俺たち一行を珍しげに眺めたり、ひそひそ何か囁きあったりしている。その視線は俺やハネリンより、むしろトブリンに集中しているようだ。連中にしてみれば初めて目にする生き物だろうしな。そりゃ珍しかろう。しかも、巨体ながらも全体として丸っこい愛らしいフォルム、つぶらな瞳にキュートな仕草、のそのそ地面を歩くその姿まで無駄に愛嬌たっぷり。これで注目されないほうがおかしい。


 道中、何度か強い風が吹き付けて、潮の匂いを運んできた。ここからはまだ見えないが、海が近いようだ。空は青々とよく晴れて、晩秋とは思えないほど日差しが強く眩しい。まさに南国風情だ。


「ところで、さっきから聞きたかったんだが」


 先導役のリューリスに、ふと声をかけてみる。


「はい、なんでしょう?」

「ぶひん?」


 当人と一緒に、リューリスに手綱を引かれている白馬も、なぜかこちらを振り向いた。いや馬、おまえにゃ聞いてねえ。


「……なんでそんな格好を?」


 リューリスは頑丈そうな鉄製の騎士甲冑に手甲、脛当てまでがっちり装備し、肩から真紅のマントを羽織っている。兜だけは馬の鞍に繋いでぶら下げてるが。しかも、まるでそれが普段着でもあるかのように、ごく自然に着こなしている。格好だけは実に立派な騎士に見える。だがそもそもエルフに騎士階級なんてものはないはずだ。リューリスが、わざわざこんな人間の騎士風の姿で、剣まで帯びているのは、どういうわけだろう。エルフつったら弓じゃないのか。なんとなくイメージ的に。


「ははは。まあ聞かれるだろうなと思ってました」


 リューリスは笑って応えた。


「私は生まれつき、あまり魔力が高くないんですが、身体だけは妙に頑丈でしてね。エルフとしては珍しい体質らしいですが、それで魔法より弓を学ぶことにしたんですよ。ところが、これが全然上達しませんで。以前ここを訪れた、ある人間の騎士様に、おまえは弓より剣のほうが向いてる、といわれたので、それならばと、しばらく騎士様にご逗留いただいて、剣術を教わったのです」


 ほう。エルフにも、いろんな奴がいるもんだな。しかし、こんな辺鄙なところに、その人間の騎士とやらは、どんな用があったんだろう。


「その騎士様は、もとはウメチカ王家の剣術指南役だったそうです。当時はもう引退されて、ウメチカの街で剣術道場を開いているとおっしゃってましたけど。もう十年ほど前になりますかね。アクシードという方ですが。この甲冑と剣も、アクシードさまから賜ったのですよ。危急の際は、これを纏って、霊府の騎士として戦え、と」


 ……アクシード?

 聖戦士アクシードか! そりゃ俺のっつうかアークの剣の師匠じゃねーか! あの熊髭のおっさん、もとは王家の指南役かよ。確かに、人間レベルではほぼ最強といっていいくらい滅法強い騎士だったけどな。むろん今の俺様にはかなうべくもないが。


 てことは、このリューリス、俺とは同門ってことになるわけだ。あとでちょっと、腕前とか見せてもらおうかな?



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