176:白馬の騎士
俺とハネリンの第一射目は、朝空に虹色の軌跡を描いて、まっすぐ同時に二匹のナーガを貫いた。
二匹は一瞬、全身まばゆい輝きに包み込まれたかと見えるや、ぱぁっと四方に光芒を放って消滅した。さすがはエルフ伝来の魔力武装。たいした威力だ。
異変に気付いた他のナーガどもが一斉にこちらへ向き直った。キョケェェェとかクェェェェとか金切り声をあげながら、巨大な翼を激しくばたつかせている。ずいぶん腹を立ててるようだ。
俺とトブリンは、さっと左右に分かれて、ナーガどもを挟撃する態勢をとった。すぐ真下には、そこそこ大きな集落らしきものが見えている。その周囲をオーロラのようにぼやーっと輝く半透明の防壁がとりまいている。物理的なものでなく、膨大な魔力で形成された防御結界だ。ただ、あちらこちらと、その輝きにムラがあって、あまり安定していない様子。もしナーガどもが魔力の薄い部分を狙って攻撃を集中させれば、この結界はそう長くもたないだろう。むろんそうなる前に俺たちがナーガどもを片付けてしまえばいいだけの話だ。
こちらが左右に離れたと見ると、ナーガどもも二手に別れてこちらへ向かってきた。俺のほうへ二匹、五匹がハネリンのほうへ。そりゃトブリンのほうが図体も大きくて目立つし、手強そうに見えるんだろう。だがその判断は誤りだ。残る一匹は、ゆっくりと地上へむかって別行動を取っている。あれもなんとかしないとな。
牙を剥き出し、火炎を吐きながら、こちらへ飛んでくる二匹。俺は新たな矢をつがえつつ、火炎をかわし、右へ右へ回り込むように移動する。二匹を同一射線上に捕捉し、一本の矢で両方仕留めてやろうという作戦だ。
しばし空中をぐるりと回り込み続け、ちょうど二匹が前後に並んだところで、ぐっと弦を引き、慎重に狙いを定め──ピシッ! と射放つ。
矢は細い光条となって空を裂き、見事に前後二匹の腹を串刺し状に貫いた。断末魔すらあげる暇もなく、たちまち二匹のナーガが光に包まれ雲散霧消する。作戦成功だな。
いっぽうハネリンのほうは、律儀に一匹ずつ相手をしているようだ。すでに三匹まで消滅させ、残るは二匹。俺のほうからだと、やや距離はあるが、うまい具合に二匹が一直線上に並んでいる。俺は素早く矢をつがえ、ひょうと射放した。ほぼ同時にハネリンも矢を放っている。
前後から俺とハネリンの攻撃を受け、二匹は空中に閃光を散らして消滅した。どちらも間違いなく命中しているが、ハネリンのほうが一匹余計に落としてるから、今の時点ではハネリンのリードだな。
残るは地上へ向かった一匹のみ──。
見おろすと、最後のナーガは、ゆるゆると降下しつつ、さかんに地上へ向けて火炎を放ち、集落を焼き払おうとしている。今はまだ防御結界が火炎を阻んでいるが、次第にその魔力の輝きは衰えてきている。こいつは急がないと。
俺とトブリンは、薄雲を突っ切りながら、めざす集落へまっしぐらに急降下を始めた。最後のナーガはすでに地上へ降り立ち、前肢を振り回して、虹の光彩に輝く防御結界を直接ガンガンぶっ叩いている。なんとかして結界を壊そうとしているようだ。だがそれに夢中になりすぎて、背中がまったく無防備。
こいつは楽勝──とばかり、俺とハネリンは上空から一斉に矢をつがえ、狙いを定め──ている間に、突如、パリィィィィン! と、小気味の良い音が響いて、結界の一部があっさり割れ砕けた。どっかの研究所の名物バリアかよ!
俺とハネリンは同時にナーガの背中めがけて射放った。二本の光条が音もなく地上へ伸びて、最後のナーガを撃ち貫き、跡形もなく消滅させた。
集落を取り巻いていた結界が、急速にぼやけ、薄まって消えていく。さすがにもう限界か。危機一髪だったが、どうやら間に合ったみたいだな。
「よーっし、ハネリンの勝ちぃ!」
ハネリンが満面の笑みを向けてきた。むぅ、まさかペットに遅れを取るとは。だがハネリンも楽しんでたみたいだし、別にいいか。何か賭けてたわけでもないし。
「そうだな。今回は勝利を譲ってやろう。褒美として、うちに来てスーさんをファックしていいぞ」
「……遠慮しとくー」
スーさん本人が聞いたら泣きそうなやりとりを交わしつつ、俺たちは結界の消えた集落へと降下した。
まず俺が着地し、続いてトブリンがばっさばっさと翼をはばたかせながら地面に降り立つ。ハネリンが、甲冑をカチャカチャいわせながらトブリンの背から飛び降りる。
あたりを見渡せば、そこは集落のど真ん中……のはず。森の中にぽっかり空いた広場のような空間で、舗装もされていない赤土の地面に、貧相な木造の建物が、まばらに建ち並んでいる。
周囲には、少々驚いたような顔つきで、やや遠巻きにこちらを眺めている農民っぽいエルフどもが数人。
もっとこう、ワーッと大歓迎されるかと思ったが、そういう様子ではなさそうだ。無関心ってわけでもないが、あまり状況を把握していないらしいな。
いずれの建物も切妻屋根の同じような様式。それらの脇には小さな畑があって、なにやら栽培しているのが見える。道端にはニワトリどもがとてとて歩き、雀どもがちょこちょこ跳ね回り、どこか遠くからンモーゥゥとかいう牛の声がきこえてくる。見渡せば、少々離れた場所に、やたら大きな広葉樹の巨木が一本、わさわさと枝を広げているのが見える。
これは……田舎だ。どこからどう見ても田舎だ。
なんとなく、妙なデジャビュを感じる。あれだ、西霊府の中枢あたりとよく似ている。
俺とハネリンは、しばし呆けたように口を開けて、この平和すぎる呑気な光景を眺めていた。トブリンはそこらの草を勝手にもさもさ食いはじめている。
やがて馬蹄の響きとともに、土煙をあげて駆け寄ってくる白馬の騎士ひとり。きらびやかな銀の甲冑に真紅のマント、腰には黄金の剣を帯び、この田舎くさい風景のなかでは、やや場違いとも思える派手ないでたち。
白馬の騎士は、俺たちの前で馬を止め、ひらりと地面に降りるや、丁寧に一礼してみせた。見れば、ごく若い──というか、幼い顔つきの少年エルフ。
「あの、わたくし、西霊府の長シャダーンの従者でリューリスと申します。勇者AAAさまとお見受けいたしますが、相違ございませんか」
いえ相違ございます。だからその名で呼ぶなっちゅーに。




