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175:焦土と結界


 常夏のまばゆい日差し。

 濃緑の松林を抜けると、どこまでも続く白い砂浜。


 波打ち際にたわむれる水着の美少女たち。

 青く澄み切った空の下、無限に広がるプルシャン・ブルーの輝く海面。見渡せば、はるかな水平線の彼方に白い入道雲……。


 出発前、ルミエルやルザリクの役人たちから聞かされた南霊府のイメージは、だいたいこんな感じだった。五大霊府で唯一海沿いに位置する、松林と砂浜と蒼い海が織り成す風光明媚な南国パラダイス──。

 ──とは到底思えないような光景が、いま俺たちの眼前に広がっている。


 早暁。俺とハネリン、トブリンは、ほぼ一晩かかって、南霊府の統治領域まで辿りついた。俺一人なら夜中のうちに南霊府まで着いてるだろうが、トブリンのペースにあわせると、そう速くは移動できない。それでも霊府中枢まではあともう一息。海岸線沿いに飛んでいけば、小一時間ほどで到着できるはずだ。

 ともあれ、昨夜ルザリクを出発してから夜通し飛び続けてきたので、トブリンも少々くたびれた様子。ちょうど海が見えてきたあたりで、いったん小休止しようということになり、まだ薄暗いうちに、地上へ降りてみたわけだ。


 夜があけ、日が昇るにつれて、次第に周囲の状況がはっきり見えてきた。

 かつて緑の松並木が整然と風になびいていたであろう海岸沿いの一帯は、煤臭い焼け野原になっていた。付近にはエルフどもの焼死体がごろごろと野ざらしに。パラダイスどころか地獄じゃねーか。


 砂浜にはぼこぼこと大穴が穿たれ、原型をとどめぬ無残な地形に変わりはてている。たぶんナーガどもの足跡だろう。

 そこらに転がる死体は、いずれもまだ腐乱こそしていないが、それでも死後数日は経過している。蘇生は無理だ。


「これ……あの竜たちがやったの?」


 ハネリンが眉をひそめつつ呟く。


「他に考えられんな。この様子じゃ、霊府の中枢も無事かどうか」


 おそらく、この一帯は小さな集落か何かだったんだろう。きれいさっぱり焼き払われて、もはや黒焦げの地面と松の消し炭ぐらいしか残っていない。

 おもむろに、トブリンが前肢を動かし、もっさもっさと焼けた地面を掘りはじめた。

 何やってんだ──と、しばらく見ていると、土の下に、茶色い藁がのぞきはじめた。さらにトブリンが掘り進めると、それは藁の蓆に包まれたエルフの死体だった。しかも複数。いずれもこれまた焼死体で、損傷と腐敗が酷く、地面に転がってる死体より、いくぶん前に死亡しているようだ。


 つまり、この一帯は、これ以前にもナーガの襲撃を受け、多くの死人が出ていたんだろう。で、生き残りの住人たちが、その遺骸をまとめてここに埋めたと。その生き残りも、どうやらここで全滅したものとみえる。

 ここいら一帯、どうも想像以上に厳しい状況のようだ。そりゃマナ一家もわざわざ西霊府へ避難してくるわ。


「ゆーしゃさま。あれ……」


 ハネリンが、ふと上を指差した。つられて見やれば、紫色に染まる明けの空。その一角に、小さな複数の影が、ゆっくり移動していくのが見える。かなり距離があって判別しにくいが──おそらくナーガの群れだ。十匹くらいかな。方角からいって、霊府中枢をめざしているのは、ほぼ間違いない。


 ──コロセ。コロセ。コロッセオー。


 腰のアエリアが騒ぎはじめる。いわれるまでもない。


「行くぞ、ハネリン」

「まっかせてー」


 元気よくハネリンが応える。トブリンも、コクコクとうなずいた。

 では行くとしよう。うまくすれば、シャダーンに恩を売ることができるかもしれん。むろんシャダーンが生きて健在であれば、だがな。





 トブリンはナーガよりだいぶ小柄ながら、飛行速度ではナーガを凌駕する。現時点での彼我の距離と速度差を考慮すると、ちょうど霊府中枢の上空やや手前くらいでナーガの群れに追いつけるはずだ。

 俺がひとりで先行して、さっさと全部ぶった斬ってもいいんだが、それもワンパターンで芸がない。


 せっかく俺もハネリンもエルフ伝来の魔力武装を背負ってきているんだ。ここはひとつ、霊府中枢の上空を舞台に、弓矢の腕前を競ってみようじゃないか。

 俺とトブリンは、上空およそ三百メートルほどまで一気に駆け上がり、ナーガどもの追跡を開始した。


 トブリンのそばへ寄って、ハネリンに声をかける。


「武器のパワーは同等のはずだ。どちらが多く射落とせるか、勝負してみよう」

「あはっ、それ面白そう! ハネリン、負けないよ!」


 風に髪をバサバサなびかせながら、ハネリンは同意した。

 速度を増し、次第にナーガどもとの距離を詰めていく──。まだ、あちらは俺たちの存在に気付いていないようだ。


 眼下を眺めやれば、左手に蒼く輝く海岸線、右手に濃緑の松の森林。森のほうは、あちらこちら、虫食いのように黒く焼けただれた痕跡が点々と見えている。

 魔王の俺様があまり言えた義理でもないが、自然破壊はよくないな。ナショナルトラストにかわってお仕置きだ。この世界にそんなもんがあるかどうか知らんけど。


 森の向こうに、淡く輝くオーロラの壁のようなものが天高くそそり立っているのが見えてきた。なんだ?


「あー……ひょっとして、あれ、結界じゃないかな? チーさんがお城の周りに張ってるのとそっくりだよ」


 ハネリンが呟く。


「結界? ……そうか、なるほど」


 以前、スーさんがウメチカで俺に説明してくれたことがある。チーが魔王城の周囲に結界を張って、竜の襲撃を防いでいると。つまり、あそこの一帯も、何者かが同様の結界を張って守っているわけだな。すると、あのへんが霊府の中枢と見て間違いなさそうだ。

 目的地はもはや指呼のうち。さっさと障害物を片付け、用事を済ませてしまおう。


 俺とハネリンは、互いにうなずきあうと、ナーガどもの群れめがけて同時に矢をつがえ、ぐっと弓を引き絞った。

 ふたつの閃光が、斜めに空を走り、伸びてゆく──。



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