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171:シスター・ルミエルの微笑


 ロックアーム退治とフルル誘拐の大混乱から一夜明け、ようやくルザリク市庁に正確な被害報告が届き始めた。

 野外音楽堂は、ほぼ全壊焼失。負傷者およそ三百名ほど。周囲の民家もいくつか半壊している。ロックアームが引き起こした被害は、こちらが思っていた以上に深刻なようだ。


 ルミエルは徹夜で役人どもを指揮し、市民の誘導、負傷者の救助にあたった。たんなる助役というにとどまらず、宗教指導者でもあるルミエルの動員力は凄まじいものがあり、数百人の信者集団がルミエルの一声でただちに現場に集結し、役人たちとともに夜通し献身的に働き続けたという。

 その間、俺は庁舎に帰って、きっちり寝た。実務は全部ルミエルに任せてあるから、俺は特にやることないし。


 ただし、現場に転がっていた死体──ほとんどがバックバンドやバックダンサーといった舞台スタッフたちで、逃げ遅れてロックアームに踏み潰されたり瓦礫の下敷きになっていた──については、その場でまとめて蘇生させてやった。別に被害者を憐れんだわけでなく、民心の動揺を抑えるための措置ってやつだ。このため、被害は大きいものの、公式には死者はゼロということになっている。

 ハネリンは──結局最後まで満腹で動けず、普通に庁舎で寝こけてたらしい。あの場にハネリンがいたところで、とくに状況が好転したとは思えんし、別にいいけど。


 フィンブルの瞬間移動については、実はとっくに対策を講じてある。だが今回はあまりに想定外の状況で、それを用いる暇もなく、さっさと逃げられてしまった。次はこうはいかん。すぐにでも中央霊府へ向かい、フィンブルの研究所とやらへ乗り込もう。

 ──と思ったんだが。


「アークさま、それはいけません。罠に決まってます」


 ルミエルが反対した。俺の考えや方針に滅多に口を差し挟まないルミエルにしては珍しいことだ。

 昼さがりの庁舎食堂。俺とルミエル、ハネリンの三人が揃って、ランチメニューの焼き魚定食など突っつきながらのひととき。


 ルミエルは徹夜明けで、そのまま午前中も激務に追われていたはずだが、見ためには、とくに疲労しているようには感じられない。しかしあまり機嫌はよろしくないようだ。仕事が忙しいからではなく、街の復旧にかかる費用を国庫から出さねばならないことに、少々苛立っているらしい。


「そんなことは百も承知だ。だが、相手は名うての変態マッドサイエンティストだぞ。フルルを人体実験の材料にでもされちゃ、たまったもんじゃないだろう」


「それはわかりますが、相手の仕掛けた罠に、考え無しに飛び込むのは、やはり危険です。あの銀宝冠の一件をお忘れですか?」


 銀宝冠──前市長エンゲランが、俺を意のまま操れるようにと、いわゆる生体ゴーレム化の強制魔法を仕込んでいたアイテム。エンゲランは、あれこれと手をつくして俺をその気にさせ、銀宝冠を俺に被せようと画策していた。たしかにあれは危なかった。この俺様としたことが、ギリギリまでエンゲランの意図に気付けなかったからな。もしリリカとジーナがエンゲランの真意を探りあててくれなければ、いまごろ俺は生体ゴーレムと化して、エンゲランの操り人形にされていたかもしれない。銀宝冠に仕込まれていた強制魔法、その術法をエンゲランにもたらした張本人が、他ならぬフィンブルだ。


「では、どうしろというんだ。俺がじきじきに市長代行に任命したフルルをおめおめとさらわれて、黙っているわけにはいかんぞ。市民とて納得すまい」


 ルミエルはうなずいた。


「もちろん、報復せねばなりません。アークさまのお顔に泥を塗るような所業、決して許されるものではありません。アークさまの敵は世界の敵、神の敵。フィンブルは天人ともに許さざるこの世の悪鬼です。必ず地獄の炎に投げ込み、二度とこの世へ転生できぬよう、その魂までも完璧に滅ぼし尽くさねばなりません」


 淡々と断罪宣告するルミエル。表情自体はやけに穏やかで、かすかに笑みすら浮かべてるが、目が笑ってない。いかん。こいつ、実はいま相当ムカついてるな。ひょっとしたら俺以上に。


「ただ、より確実に神罰を下すためにも、いきなり飛び込むのではなく、まずは情報を集め、冷静に策を練るべきです。いま、こちらの情報部から、何人か中央霊府へ向かわせていますから」


 情報部? ていうとあれか、シーアイエーとかカーゲーベーとかモサドとか、そういう。


「そんなもん、ルザリクにあったか?」

「私が創設したんです。アークさまが竜退治に出発なさった後、警備部隊から身体能力や隠密としての各種魔力に長けたエージェントを引き抜いて。おもに市民の言論や動向をひそかに探らせ、不満分子を摘発するための組織ですけれど。今回は思わぬ形で役に立ってくれそうですね」


 ルミエルはそう言ってにっこり笑った。いやそれ情報部っていうか秘密警察だ。俺の知らぬ間に、またそんな物騒なもんを。


「あー、まんぷくー。もう動けないー」


 ふと、ハネリンが、椅子にもたれかかって満足げに腹をさすった。見ると、一人で五尾もビワーマスの焼き魚をたいらげ、ごはん六杯もおかわりしていた。ちょっとは加減しろよ。


「んー。ハネリン、難しいことはわかんないけどー、まお……ゆーしゃさま、なーんか焦ってる? 落ち着いて、ちゃんと準備してから出発しようよー」


 む。ペットの分際で、俺様の心理状態を言い当てるなんて生意気だ。……いや、図星だがな。確かに、俺は少々焦っている。

 ここは、ルミエルとハネリンのほうが正しいようだ。今回だけは、おとなしく従っておくか。



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